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免田系荘園と寄進地系荘園

メールでの質問への応答です(2002.12.12,少し修正してあります)。

> 授業のなかで“延喜の荘園整理令は墾田地系荘園を抑制するため
> に発令された”と説明されていましたが、輸租田である墾田地系
> 荘園を整理しなければならない理由が見えてこないのですが…墾
> 田永年私財法で土地の私有自体は認めてしまったのだし、税が取
> れれば朝廷にとっては問題無いような気がするのですが。
>  次に、“免田系荘園は摂関期に成立し、延久の荘園整理令はこ
> の類型の荘園を抑制するために発令された。寄進地系荘園は11世
> 紀半ば以降に成立した。”と説明されましたが、では、延久の荘
> 園整理令で整理の対象となった藤原氏の荘園は免田系荘園なので
> しょうか。寄進地系荘園で寄進を受け本家となったのは摂関家や
> 院・皇室なわけで、そうなると、院政期に院や皇室に寄進が集中
> したように、摂関期には摂関家をはじめとする藤原氏に寄進が集
> 中し寄進地系荘園が成立したと考えるのが自然なように思われる
> のですが…それに、免田系荘園と寄進地系荘園の決定的な違いも
> 今一つ分かりづらいです。

まず,10世紀初め,墾田地系荘園(初期荘園)を整理する必要がなぜあったのか,について。
史料集で延喜の荘園整理令を確認してみてください。そこに次のような文章が含まれています。

 諸国の奸濫の百姓、課役を遁(のが)れんが為に、動(やや)もすれば京師に赴きて好みて豪家に属し、或は田地を以て詐りて寄進と称し、或は舎宅を以て巧みに売与と号し、遂に使に請ひて牒を取り封を加へ[ぼう]を立つ。国吏矯[しょく]の計と知ると雖も、而も権貴の勢を憚りて口を鉗み舌を巻き敢て禁制せず。茲に因りて、出挙の日、事を権門に託して正税を請けず。収納の時穀を私宅に蓄へて官倉に運ばず。賦税の済し難き、斯に由らざるは莫し。
ここに,墾田地系荘園(初期荘園)成立の契機の一つと,そのもとでの弊害が説明されています。
墾田地系荘園(初期荘園)には,皇族・貴族や寺社が自ら開墾したタイプと,既墾地の寄進を受けたり,買得したりして集積したタイプがあることは知っていますよね?
そのうち,ここで問題とされているのは2つめのタイプです。つまり,諸国に成長してきた富豪層(有力農民)が荘園集積を進める中央の皇族・有力貴族(院宮王臣家)との私的なコネクションを結ぼうとする動き(国司の徴税に対抗するのが目的)のなかで2つめのタイプの荘園が増加してくるわけですが−1つめのタイプの荘園形成という形での中央の院宮王臣家の地方進出が2つめのタイプの荘園増加を促進する−,それを抑制して,富豪層(有力農民)に対する朝廷−国司の統制を確保しながら,班田励行を軸として律令制の原則に基づいた民衆支配のシステムを再建しようとしたのが延喜初年の国政改革です。

次に,延久の荘園整理令で整理の対象となった荘園について。
この荘園整理令で整理の対象となった藤原氏の荘園は,免田系荘園です。そして,それらの荘園が成立した経緯といえば,寄進によって成立したものなどさまざま存在することは授業で説明した通りです。
ここで注意しておいて欲しいのは,延久の荘園整理令が整理対象としたのは「中世の本格的な荘園につながるものとしての寄進地系荘園」ではない,という点です。逆に,延久の荘園整理令があってはじめて「中世の本格的な荘園」が形成されたと言っても過言ではありません。

なお,墾田地系荘園も免田系荘園も,荘園成立の契機に注目した言葉ではなく,荘園がどのように構成されているのかに注目した言葉です。つまり,墾田地系荘園とは「墾田」の集積という形で成り立っている荘園であり,免田系荘園とは「免田(租税免除の特権をもつ田地)」の集積という形で成り立っている荘園であると表現しているだけのことなのです。だから,それらの荘園が,荘園領主自らの開発を契機として成立したのか,あるいは開発者からの寄進や売却という行為を媒介しているのか,さらには朝廷や国司からのいわばプレゼント として成立したのか(国免荘はこういうタイプで出来上がっているものが多い),といった成立の契機については,それらの表現からは何ら推測しえません。

ところが,寄進地系荘園という言葉は成立の契機についての内容を含んでいます。文字どおり,寄進という行為を媒介として成立した荘園というのであれば,10世紀以前から寄進地系荘園は存在しており,それは先に延喜の荘園整理令で確認した通りです。しかし,いわゆる「寄進地系荘園」は一般的に,中世の本格的な荘園につながるものとして考えられ,教科書では君が指摘しているように,11世紀半ばに各地に広がる(そして,12世紀の鳥羽院政期に急速に拡大する)と,書かれています。つまり,一般に用いられている寄進地系荘園とは,「寄進」地系荘園という表現を用いていながら,「寄進」を契機として成立した荘園すべてを時代性抜きに指し示す言葉ではないのです。言ってみれば,“いい加減な”表現なんです。

では,「中世の本格的な荘園につながるものとしての寄進地系荘園」とは何か。
それは「領域型荘園」とでも表現できる荘園です。
それは,まだ教科書レベルでは登場していない言葉ですが,「耕地や村落,周辺の山野河海などひとまとまりの領域をもつ荘園」「村落や耕地だけでなく,山野河海をも含めた領域を単位とする荘園」(ともに三省堂『詳解日本史』より)という本格的な荘園をあらわす言葉です。延久の荘園整理令以降,特に12世紀前半の鳥羽院政期に全国各地で急増していく本格的な荘園とは,それ以前の耕地(墾田か免田かは問わず)の集まりでしかないそれ以前の荘園とは異なって,そういったひとまとまりの領域をもった,いわば公領の郡・郷・保と並び称される支配単位(行政単位)としての荘園なのです。
[2002.12.12]