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123 江戸時代の流通・農業

[1] 近世の大坂は,全国最大の米の集散地であった。とりわけ17世紀の間には,諸国からの廻米量が急速に増加した。17世紀末,堂島に設けられた米市場は,18世紀前半になると幕府によって公認され,蔵米を中心とする数千石,数万石単位の米が日常的に取引きされて,連日大変な活況を呈した。
 近世前期から中期にかけてのこの時期,米の商品化がこのように進展したのはなぜか。幕藩体制のしくみや生産面・流通面で生じた変化について触れながら,150字以内で説明せよ。(1995東大)

[2] 近世は,農業のめざましい発展がみられた時代であった。中世後期以来の先進的農業技術が発展・普及し,生産力が高まっていった。また,都市との交流や他産業の発展との関係など,自給自足の農業ではなく,開かれた農業としての発展がみられたのも,近世の特徴であった。
 このような近世の農業の具体的な発展の様子について,下記の語句を全て使用して,350字以内で述べよ。なお,使用した語句には必ず下線をひくこと。(1997新潟大)
 本百姓  金肥  集約化  備中鍬  商品作物  小農民  新田開発


[1]
石高制のもと,武士は米納を原則とする年貢を経済基盤としたが,兵農分離や参勤交代により城下町や江戸での消費生活を余儀なくされたため,年貢米の換金が不可欠だった。新田開発などにより米の生産量が増大し,東西廻り航路が整備されて全国的流通網が確立すると,中央市場に大量の年貢米が廻送され,米の商品化が進んだ。
[2]
近世農業の発展は,新田開発による耕地の拡大と労働の集約化による生産性向上の成果だった。近世前期,幕府・大名によって新田開発が活発に行われて耕地が急速に拡大し,本百姓体制が確立したが,本百姓は狭い耕地と小規模な家族労働力に依拠した小農民が多く,農具の改良により労働の集約化が進んで生産性が向上した。農具では深耕用の備中鍬,脱穀用の千歯扱,選別用の唐箕や千石どおし,揚水用の踏車などが考案され,さらに肥料として刈敷・草木灰などの自給肥料以外に,干鰯・油粕などの金肥が使用され,これらの技術や知識は農書により各地に広がった。その結果,四木三草や綿花,菜種などの商品作物栽培が盛んとなり,各地で特産品が成立し,農村は都市中心の商品流通網のなかに組み込まれていった。