12 人は、子供の頃に決めたことをくり返して生きる
        (人生脚本の分析)


人生脚本という考え方
  人の生き方を見てみると、子供の頃の、
  “いつも見たり聞いたりしていて慣れ親しんだこと”、
  “両親から、期待されたり、認められたり誉められたりして、喜んでやったこと”、
  “躾られたり、教え込まれたりして、いつの間にか身につけたこと”、
  “それをするのが好きで、得意だったこと”、
  これらのことは、大人になっても、子供の時と同じように、やっていたり、好きであったりするものだとい
  うことがよく判ります。
  また、子供の頃に強烈な体験をしながら抱いた強い思いは、その後の生き方の中でも、その人の中で
  強い力となって方向づけをする、ということもよく判ります。
  このように、人生の生き方は、いろいろな力やエネルギーによって、いつの間にか方向づけられている
  のです。

  TAでは、その人が自分の人生をどう生きるかという“生き方”は、子供の頃の両親からの影響や、自
  分の経験、体験から、いつの間にか方向づけられたり、自分自身で方向づけたりして、決まって(決
  めて)いくと言っています。
  これをTAでは、“早期決断”、“幼児決断”で、“人生脚本を書く”と言います。
  つまり『人は、子供の頃、“自分の人生をどう生きるか”の方向づけをして(人生脚本を書いて)、その
  脚本に沿って、自分の人生を生きていく』と考えているのです。しかし、このことは、読者の皆さんに
  は、なかなか納得しがたいことではないかと思います。

人生脚本のテーマ
  よく人の一生は、一遍の“ドラマ”であると言われています。TAでも同じように言います。ドラマだとす
  ると、当然、脚本が書かれており、その脚本に書かれている人間の動きや役割を演じる俳優がおり、
  そして、その俳優がその役を演じるにふさわしい舞台があるというわけです。
  TAの特徴の一つは、人間の生き方を、ドラマの脚本にたとえて分析をしている点です。それは“人生
  の早期に、人生脚本という脚本が既に書かれていて、人はその脚本に沿って、人生を演じ生きてい
  る”ということを強調しています。

  確かに、そういう見方で、人の生き方、つまり人生を見てみると、何か一つのテーマとかモットーのよ
  うなものがあり、それを繰り返し繰り返し演じているように見える人が多いのに気づきます。
  ある人は、何事に置いても新しいものに飛びつき、しばらくの間はそれに熱中するのですが、何か一
  つのことに徹底することができないので、何事も中途半端に終わってしまい、そうしたことを何度も繰
  り返すといったことをやっています。
  これとは対照的に、何事においても徹底的にやらないと気がすまないといった人もいます。そうした人
  は、一つの仕事に打ち込み、他の仕事に目を向けるといったことがありません。仕事ばかりでなく、他
  のことにも同じような姿勢や態度が見えるものです。

  私たちの周囲にいる色々な人を見ると、その人なりの独特の生き方を持っているように見えます。
  そうした生き方は、次のような、短い言葉や文章で言い表されることがあります。
  ・七転び八起き
  ・石橋を叩いて渡る
  ・何事も一番にならないと気がすまない
  ・倒れて後止む
  ・負け犬
  ・じっと我慢の子
  ・目標を達成するまでは……
  ・一生懸命にやる
  ・喜びに生きる

  他にもさまざまありますが、人はこれらの言葉に表されるよう行動を、知らず知らずのうちに繰り返して
  生きているのです。もし人生が一遍のドラマだとすると、これらの言葉は、そのドラマの“テーマ”という
  ことになります。

人の生き方を決める力は
  人生の生き方を方向づけしたり、決める力、または決め方(人生脚本の書き方)は、次のようなもので
  あろうと考えられます。
  @両親のやることを見たり聞いたりしているうちに、それをモデルとして取り込んで、見習って、いつの
    間にか自分の生き方として身につけてしまう。
  A両親の持つ、価値観、考え方、生活習慣、身につけている態度や心理的姿勢や行動の仕方、さら
    にはその時代の文化、伝統、などによって、ある枠組みにはめ込まれて、生き方が方向づけられて
    しまう。
  B両親(周囲の大人の人たち)が、自分に対して、言ったり、やったりすることに対して、強い反発を感
    じて、反対の方へ方向づけをする
  C強烈な体験をして、強い感情を伴って、強い思いを持って方向づけをする


人生脚本の書かれるプロセス      








指示、禁止命令を理解する
  親からの「……しなさい!」という指示は、ある場合、子供にとっては、親の言いたかったこととは全く
  別の、「……してはダメ!」という言葉に聞こえてしまいます。これを禁止命令といいます。親の思い
  が強ければ強いほど、子供の行動への“しばり”も強いものになります。

  禁止命令は、親の無意識的な言動の影響なので、なかなか理解が難しいといわざるをえません。そ
  こで、テイビー・ケイラーの提唱した「ミニ・スクリプト」をもちいて、指示(ケイラーは“ドライバー”と
  言っている)が、受け手の子供のCにとって、どのように受け止められるか、どのような禁止命令にな
  りうるか、それが、その人のどのような生き方・態度行動の傾向性になるのかを、次の表にまとめて
  みたので、これを参照して、ご理解いただきたい。

ミニ・スクリプト解説
働いている指示
(ドライバー)
Cの内心のつぶやき
(禁止命令の受け止め方)
受け取られる可能
性がある禁止命令
   問題のある生き方、
   態度、行動の現れ
A「完全であれ!」 「何かしたら、しかられそうだ!
 何もしないのが、一番良さそうだ」
「表面だけでも取り繕って、綺麗に
 見せるしかない」
「ここで終わったら、ちゃんとしたも
 のが出来ないから、後で続きを
 しよう」
「ここで終わったら、ちゃんとしたも
 のが出来ない。まだ不十分だ」
何もしてはダメ!

ありのままではダメ

やり遂げてはダメ


満足してはダメ
石橋を叩いても渡らない

格好を付けるが中身が
  伴わない
片付けが出来ない
始末が悪い

約束の時間に遅れる
引き延ばしをする
B「強くあれ!」 「これくらいは痛くない、感じていな
 いことにする」
「何か感じて、それを言ったら叱ら
 れるから、我慢をして言わないの
 がいいんだ」
「弱みを見せたらバカにされる。だ
 から絶対に見せないぞ」
感情感じてはダメ

感じたことを口に
  出してはダメ

人に弱みを
  見せてはダメ
情感のない人、何を感じて
  いるのかわからない人
やせ我慢をする人、
人の親切をむげに断る

心開いて人と係わろうとしない
友達の出来ない人
C「努力せよ!」 「最高のものを作り上げるのだった
 ら、いい加 減なところで終わって
 はいけない」
「努力こそが価値がある。努力して
 苦しんでこそ、意味がある」
「力を抜いてしまったら、止まってし
 まったらそこで終わってしまう。
 頑張り続けよう」
満足してはダメ


楽しんではダメ

体の力を
  抜いてはダメ
高い基準を要求して、自分も
  人も苦しめる

何事も歯を食いしばって、
  困難に耐える

肩こりがひどい、歯ぎしりを
  する
D「人様の
   ために!」
「何よりも人が先、自分のことは
 後の後」
「自分の要求より、他人様の
 ご要望が先だ」
「人の要望が先、自分のことなど、
 もっての他だ」
自分を人より
  優先してはダメ
自分の要求を
  言ってはダメ
自分を大切に
  してはダメ
出来ないとか、無理だとか
  は絶対に言わない
自己犠牲的
自分を卑下する、八方美人、
自分の欲求にすら気が
  つかない
E「急げ!」
(要領よく、
 てきぱきと!)
「これが終わったら、これをやっ
 て、その次 の次にはこれを
 やって、その後は………」
「早く食事を終えて、あのことを
 しよう」
「休んでいる間に次のことをして
 おけば、後が楽だ」
ゆっくりしてはダメ


味わってはダメ

休んではダメ
何もしないのはダメ
何かしていないと落ち
  着かない
かまずに飲み込む
(早や飯みこみで)
  そそっかしい
これが終わったら、あれを
  やって……,



問題のある禁止命令は、とんでもない生き方を強いる
  多くの人の中には、強烈な、問題のある“禁止命令”を、繰り返し繰り返し与えられて、とうとう、それに
  よって自分の人生の生き方の方向づけをする人生脚本を書き、その結果として、破壊的な生き方をし
  てしまう人もいます。
  TAの理論の構築のプロセスで“人生脚本”の理論を確立し、その問題点の治療法として心理療法の
  “ゲシュタルト・セラピー”
を導入して“再決断療法”を生み出し、TAの発展に寄与したのが、グール
  ディング博士夫妻
です。

  博士夫妻によれば、特に人生脚本の形成に、大きな問題となる禁止令の例としては、次のようなもの
  があると言っています。

  『存在していてはダメ!』『生きていてはダメ!』
  『まともな人であってはだめ!』
  『感じるように感じてはダメ!』
  『自分で考えてはダメ!』
  『成長してはダメ!』『大人になってはダメ!』
  『重要な存在であってはダメ!』『自分を大切にしてはダメ!』
  『私に近づいてはダメ!』『人に親しんではダメ!』
  『子供らしくてはダメ!』
  『健康であってはダメ!』
  『楽しんではダメ!』

  禁止的な言葉で言い表されていて、ちょっと理解しにくいので、いくつかを、例で説明しましょう

  @『存在していてはダメ!』『生きていてはダメ!』
    たとえば、『存在してはダメ!』の例としては、幼い頃に両親と死に別れたため、親戚や知人や施
    設を、転々とたらい回しされて育った人がいます。言葉では「早くしっかりと自立をして、弟や妹の
    面倒を見てやらなければだめだよ」言われながらも、ある場合には態度や表情や行動で、また、
    ある場合には露骨に言葉で、「全く迷惑なことだ」とか、「全くいやになるよ!」、「この家がいやな
    ら、いくらでも好きなとこへ行きなさい!」、「お前さえいなければ」というメッセージを与えられ続け
    ることがあります。
    すると、子供のCは「僕は(私は)邪魔者なんだ、ここに(この世に)いないほうがいいんだ、生きて
    いてはいけないんだ!」と感じとり、与えられた言葉とは全く違った生き方をするようになってしまう
    のです。
    このような強烈な問題のある禁止令を受け続けて、それを自分の人生脚本の中に組み込んでしま
    った人は、時として、“自殺”といった破壊的な結末の人生脚本を書いてしまう場合もあります。

 A『健康であってはダメ!』
    この禁止命令の例は、子供時代に“喘息”などで病弱だった人によく見られます。
    親は、言葉では「あなたはからだが弱いんだから、早く元気にならなくては……」とは言うものの、
    子供がからだの調子が良く、何かをやろうとすると、「あなたはからだが弱いんだから、……なんか
    してはダメ!」と抑制されてしまいます。そうするといつの間にか、子供の心の中には「自分は病気
    でからだが弱いんだ!」という思いが大きくなります。しかも、いつもは仕事で忙しく十分時間を取れ
    ない両親も、子供に発作が出ると、仕事を休んで一生懸命看病してくれるのです。
    その結果、プレッシャーを感じ、ストロークが欲しくなると、必ず発作が出る、こうした例が、この禁止
    命令の例です。

 B『感じるように感じてはダメ!』
    この例としては、厳しい両親に、絶えず「男の子だろう、それくらいの怪我で泣くな! それくらい痛
    くない!」、「お兄ちゃんでしょう! 泣いてはダメ! 我慢しなさい」、「少しぐらいの頭痛で、学校を
    休むなんてとんでもない! 来なさい、お父さんが連れていってやる!」などと言われ続けて育った
    人がいます。
    こういう禁止命令によって、「自分が感じたことを、口に出して言ってはいけないんだ!、このように
    感じてはいけないんだ!」と、場合によっては、感じること自体を抑圧してしまうのです。

 C『自分で考えてはダメ!』、『成長してはダメ!』、『大人になってはダメ!』
    最近、過保護の親が子供を育てる時によく見られる禁止命令です。「さあ、……しましょうね!」、
    「ああしなさい!、こうしなさい!」に始まり、「まあ、こんなやりかたをして、お母さんに貸しなさい、
    やってあげるから!」、「あなたは子供で、こうしたことは、まだお母さんのようには十分に考えられ
    ないのよ」などと言いながら、親としての役割を嬉しそうにやっているのです。
    そして子供のほうも、そういう親の顔を見ながら、これらの言葉に反撥せずに、素直にそれに従っ
    ているような時には、こうした禁止命令が与えられている時です。

  私たちも、親に育てられる過程において、多かれ少なかれ、何らかの禁止命令を受けているので、点
  検してみる必要があります。


人生脚本の書き換え
  『成長とは、好ましい方向への変化である』
  “物事の見方、とらえ方、考え方、感じ方、感情の持ち方、反応の仕方、表現の仕方、行動の仕方”を、
  今までの、問題のあるものから、より望ましい、新しいものに切り替えていこうというものです。
   TAが教えてくれる大切なことの一つは、『自分の生き方、あり方は、子供の頃に、自分で決心して自
  分で決めたものなので、自分の決心次第で、いくらでも変えていくことが可能である。』ということです。

  人は、誰もが、その人柄の中に、問題のある、歪んだ部分を持っています。なぜなら、ディスカウントを
  受けずに子供時代を過ごした人など、誰一人としていないからです。人生脚本は、まだ充分にAが発達
  していない時期に、CやPによって書かれてしまったのです。
  その後、充分に成長して、いろいろな人と出会い、いろいろな経験を積み、考える力も増し、考える材
  料も多くなった今、改めて人生脚本を眺めてみると、「自分はもっとこういう生き方をしたい」、「自分は
  もっとこんな生き方をしたら幸せになれる」という点が見えてきているのではないでしょうか。
  もしそう思うところがあるとしたら、人生脚本のその部分は、書き換える必要があります。
  たった一回だけの大切な自分の人生なのですから、自分の理想とするような生き方をして、人生最後
  の時に、「喜びの多い、良い人生を過ごすことができた、多くの人に感謝だなぁ」と言えるようにしたい
  ものです。
  しかし、人生脚本の書き換えは、熟練した専門家の助けを借りないと出来ない、難しいことなのです。