エピソード

ここでは、https://www.facebook.com/shoichiro.kato.18で日々つづっているコンテンツを再掲しています。

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エピソード338

知人に小さいときコロちゃんという犬と半ば兄弟のように一緒に育った人がいる。コロちゃんが亡くなった後も心はコロちゃんと共にあり、たとえば大人になって買った車のナンバーは・・56(コロ)だった。彼がいかにコロちゃんを愛しているかがうかがい知れる。私がもし犬に生まれ変わるなら彼のような人の犬になりたいと思っている。

エピソード337

いつだったか、夕飯に山菜天ぷらを出してくれた。その前に妻は自分の昼食にも天ぷらをあげていて「天ぷらあげすぎて気分がよくないのでもう明朝はやめるね」と言った。幾つかの会話やりとりの後、私は了解したが、翌朝食卓には山菜天ぷらがあり、私は喜々としてそれを食べ、足取り軽く会社に出かけた。頑張り屋さんの妻には感謝している。

エピソード336

昨日「Good morning, my beautiful friend.」との外国人男性から日本人女性へのコメントに遭遇し、心底すげーって思った。イメトレしてみたが、やっぱ無理、真似できない。私は結構お調子者だがそれでも「おはよう私の美しい友達」なんてお酒が入ってても言えそうにない。そして、その男性に負けた気がしてしまうのも小生の特徴の一つである。

エピソード335

独身のときのある日の昼、家の近くにこじんまりしたお店をみつけて入るとメニューはそこそこで寿司もあった。確か1000円くらいのお任せのにぎりを頼んだらお皿に3貫くらいでてきた。少ないなと思ったが、少ししてまた寿司が食べたくなって懲りずに行ったら今度は4貫くらいでてきた。気を良くしてリピートして行ってたら。。。最終的にはお皿からはみ出るくらいの6貫以上が出てきた。最初に少なかったことへの憤りより、いま有り得ないくらい出てきていることへの喜びの方が大きかった。

エピソード334

今日久しぶりに時計の数字の3が並ぶのを見た。息子が小さいときは家の時計の数字が並びそうになると大声で「見て!」と言って時計の方への注目をよく促したものだった。妻も含めて3人で一緒に数字が並ぶのを見るとなんだかみんな幸せに思えた。最初は私が先導していたが、次第に声をかけるのは息子であったり、妻であったりするようになったものだった。

エピソード333

今日、明日は幸いにもお休みをいただけたが腰痛のため家にいて暇を持て余している。そんな中、20年くらい前に当時の上司から聞いたたわいもない話を思い出した。「ある会社の飲み会で調子に乗ってはだかになってた若手社員を正座させて説教していた上司もはだかで正座していたんだってよ」と言った上司は笑いながらも「やっぱりそうでなくちゃいけないよな!」とわけのわからないことを言ってたが今は共感する部分もある(笑)

エピソード332

一昨日110歳になった祖母の動画が姉からLineで送られてきた。姉が会いに行くと聞いていたので頼んでおいたのだ。以前からお義父さんが私の祖母に会いたがっていて、でも遠く離れているため簡単には実現できず、でもでも元気な姿をお伝えしたいと思い、動画が届いたのち義弟を通じて今度の機会に義父に見せてもらえるよう頼んで快諾をいただいた。私も元気な姿をみてとっても嬉しかった^^

エピソード331【328の続編】

先日息子がマスタードを携帯していると申し上げたが、今日「加藤」と名前を書いたとのこと。というのも、今日学食でマスタード貸してと言われて貸して友達の友達かなんかだろうと思っていたが後で確かめたら実は知らない学生だったとのこと。その子はきっと学食備え付けのものだと勘違いしたのだろう。これには息子も笑ったらしいが再発防止のために名前を書いたようだ。

エピソード330

昨日、高校英語の授業で当番の息子は30秒英語スピーチをした。私はとても親切だから・・・と言った内容にクラス中が爆笑の渦につつまれたようだ。英語の先生に評価していただき、またその後どこから聞きつけたのか数学の先生からもコメントをいただくありさまだった。かくしてうちのよしとはちょっとの間だけ学内で時の人になったようだ(笑)

エピソード329

確か大学4年の終わりごろ教授を含め研究室の皆で韓国の大学等を訪問する機会があった。その際私ははじめて英語で研究発表することになったのだが、発表を終えて英語で質問されてもよくわからず、助けを求めるように先生の方を見た。そのとき先生は目をつぶっていてただ口元には微笑を携えていた。それを見た私は自分でなんとかするしかないと悟り、必死に答えた。ちゃんとした対応はできなかったと思うが、先生が助けてくれなかったおかげで今の私があると思っており、いつか機会があれば私も先生と同じ行動をとりたいと思っている(笑)

エピソード328

先ほど妻から聞いた話、息子は最近外出時にマスタードを携帯しているらしい。先日は病院行くのにマスタードは持ってるのに傘を持ってくのを忘れて戻ってきたとか。今月に入って友達と遊びに行って途中マックで昼食をとったときマスタードの旨さに目覚めたようだ。以来学校にも持って行って適宜利用しているらしい(笑)

エピソード327

最近、息子の部屋を素早く2回ノックしてすぐドアを開けて中をチェックする妻をしばしばみかける。「勉強してんの!?」とはお決まりのセリフ。「やってるよ〜(orやってたよ〜)」はこれもまたお決まりの返事。でも妻が言うにはほとんどの場合やってないらしい。「それならほっておいた方がかえってやるかもよ」っと私が言ったら「そしたらもっとやらないよ!」と妻は即答。まっ、きっと妻の生きがいでもあるからそっとしておこうっと^^)

エピソード326

妻は手や腕に血管が浮き出ているひとに魅力を感じるようだ(出ていればなんでもいいというわけでもないようだが)。私は手の甲に多少血管がでている程度なのだが、ふとしたときに「ポチっ」と指で押され、「やめてよ!、気分悪くなるじゃない〜!」と言ったもんだ(笑)。最近はやられなくなったが。。。^^

エピソード325

先週末、散髪にいったら目当てのおばさんにやってもらえた。その店は2人のおばさんと1人のおじさんがいて、私は髪質が固いためどうしても角ばるのだがそのおばさんだとうまくやってくれる。最初に行ったときにそのおばさんにあたり、他の店よりいいと思って通うようになった。でもそのおばさんに当たる確率は1/3。その意味でこの前はラッキーで嬉しかった。

エピソード324

先日妻と外を散歩していると「日下部」という表札の家があり、妻はそれを指さし「あれなんて読むかわかる?」と無邪気に言った。「くさかべでしょ」と返答したら「あっ、読めるんだ」と意外な表情。「それくらい俺だって読めるよ!」と言いつつちょっと悔しくて地団駄を踏みたくなったのであった(笑)

エピソード323

Canon rockのギター演奏が素晴らしく再生回数がもの凄い動画を以前息子に知らせた。先日再びその話になったとき、「でもあの動画に対するコメントひどいのいっぱいあるよ。おれだったらメンタル弱いから無理」と息子は言った。が、私は「有名人に対するバッシングは必ずと言っていいほどあるもんでしょ。あの演奏は素晴らしい。それが本質だよ!」と返し、息子がバッシングなどに臆することなく、自分の望む方向に進んでいって欲しいと思ったのであった。

エピソード322

うちではカキフライを食べれるのは私だけ。妻も息子もカキ料理は好きだったが、妻は昔、息子は数年前にあたって大変だったので食べられなくなってしまったのだ。妻はたまにカキフライを買って来て私だけに出してくれる。しばらく食べてないあるとき、どうしても食べたくなって近くのスーパーに行ってカキフライを買っておやつのように食べながら帰ってきた。が、その直後の私のお昼はなんとカキフライがメインだった。外で食べたものより少しいいやつで美味しかったのだが、せっかく用意してくれた妻に感動した様子を見せることができなかったのはちょっと申し訳なかった。

エピソード321

少し前にうちの郵便ポストに手の平に収まるくらい小さな紙が入っていた。そこにはコピーだが10行程度の手書きのメモがあった。メガネを外して目をこらして見てみると、プチコンサートの案内だった。料金は500円とのことで、月4000円の楽器演奏教室の案内もあった。すごく小さい紙に素人っぽく書かれていたのが新鮮だった。時間があればコンサート行っちゃると思ったくらいで、もうじきそのときは訪れる。

エピソード320

前回のガラスを割ってしまった話で別のことを思い出した。それもやっぱり小学1年生くらいのとき1個上の階のお宅にお邪魔して年下の男の子とよく遊んだ。あるときその子が一人でガラス扉につっこんでガラスをわってしまった。そのとき、母を通じて私も一緒に遊んでいたからとガラス代の半分を請求された。子供心にありえないと思った。私の離れたところでおきたのだから。それを母に伝え、理解してもらったものの結局母はお金を払った。非常に悔しい思い出であるが、今ではそのとき母がお金を払ったのは致し方なかったかもしれないと思っている。

エピソード319

あれは小学1年生だったと思うが当時団地住まいでよく野球をして遊んだ。普段は柔らかいボールをバットで打っていたがそのときはたまたまボールがなく小さな石を投げてもらって打った。結果、人んちのガラスを割ってしまい、一旦は逃げてしまった。が、母が帰ってくるのを近くのバス停で2時間くらい待ち、母が帰ってくるなりついてきてもらってその人の家に謝りにいった。おばさんは私がちゃんときたのですぐに許してくれた(無論ガラス代は弁償)。

エピソード318

連休中日午後、妻を誘って近所の散歩に出かけた。途中、コーヒー&ケーキのブレイクを含め、3時間程度だったが、帰ってきたら花粉症が少々重症化した。それを見た妻は、マスクして行けば良かったのに、と言った。が、私は、いろいろちゃんと話したかったからわざとマスク外して行ったんだよ、と即座に返答した。その後、妻はコーヒーを入れてくれたりと、いろいろサービスがよくなった^_^

エピソード317

先日ある男性にFB友達を申請しようとして、そのときは珍しく友達関係をのぞかせてもらった。そしたらビックリ、95%以上の人が女性だった、それも容姿端麗な方ばかり。それを見て申請するのを見送った。多分わたしなどおよびでないと思ったからだ(笑)

エピソード316

エピソードをはじめて2年以上が経つ。何度かやめよかと思いつつもこれまで続けてこれたのは皆さんのフォローがあったおかげだ。最近エピソードを書き続けてきてほんと良かったと思っており、皆さんには感謝している(おります)。とりわけお会いしたことのないある方が私の心の迷いもよそにずーとフォローしてくださっているのも励みになっており、大変感謝している(おります)。

エピソード315

最初の会社で配布資料を受け取るとすぐ自分の名前を書く上司がいた。その人は結構偉い人だったが、最初は心の中で一笑した。小学生のときは持ち物に名前を書くよう言われてよくやったものだが、その後しばらくそういう習慣が薄れていた。が、その人の行動をみていろいろ考え、今はまた小学生のときのように私も結構なんにでも名前を書くようになった。

エピソード314

小学何年生だっただろうか、バレンタインデーにチョコをもらったことがある。登校して席につくやいなや、ないだろうな〜と思いつつ、一応机の中を手さぐりに探しみたら、「ん〜?。。。あったー!」とは心の叫び。内緒にするタイプだったせいもありしばらくそわそわした。あの喜びは学校のテスト全ての教科で100点とるよりも上だと思う。

エピソード313

7、8年くらい前だったと思うが、私は息子と一緒にサッカーをしに近くの公園によくいった。そこには息子の知り合いの子がたくさんいて一緒にやるようになった。最初その子達のお母さんたちは私を変質者だと思ったらしい。が、あるタイミングで誰かが「よしとのとうちゃんだよ!」って説明してくれたらしく、その後は街中で会うと親子から挨拶されるようになった。

エピソード312

ハスカップというお菓子との出会いも妻と結婚してからのこと。当時義弟が北海道の大学に行っており、帰省時のお土産に買ってきてくれたものを食べさせてもらったが、「こんな美味しいものがあったのかー」と驚くくらい美味しかった。

エピソード311

コシアブラとタラの芽に出会ったのは妻と結婚してからのこと。妻の実家ではお義父さんが山でそれら山菜をとってきてくれ、お義母さんが天ぷらにしてくれた。これがうまいのなんの。山菜天ぷらに目覚めた瞬間だった。ちなみに、しその葉の天ぷらも大好きだ。

エピソード310

少し前、総武線に駆け込んで乗ろうとしたとき、ドアに手をあててこちらをにこやかに見ている男性がいた。15mくらい離れていたときは気づかなかったが前の会社の知人だった。彼は外国人男性で当時仲が良かった。一駅だけだったが意気投合して春になったらまた会っていろいろ話しましょうということになった。

エピソード309

昨日朝の息子の第一声は「夢の中で胸を銃で打たれてすごく痛かった!」だった。深刻かつ不機嫌そうな顔でそれを訴えるように言う息子を見て、笑ったらいかんと自分を律し、「そうかー、大変だったな。その分、今日何かいいことあるといいね!」と言った。 ところで、最近、私のホームページの写真をエピソードとからめてご紹介してましたが、思うところあって、やっぱりエピソードは以前のように基本文字だけにすることにしました。よろしくお願いします^^

エピソード308

妻は少し前まで毎年梅酒をたんまり用意した。樽を何個も用意して、半年分くらいの梅酒を用意した。半年かけて用意して半年くらいで消費するルーチンであったがもうここ数年はやっていない。当時味見させてもらったら結構いけていた。

エピソード307

昨日の朝、バスに乗るとき、青年男子がカードで入ろうとしたら残金不足で引っかかった。その後ろから「じゃー2人分」と言ってカードを当てたお母さんも「ピピピ」と鳴った。結局、「じゃー現金で」と言って払っていた。私は定期だったのでその隙間をぬって乗車することができたので良かったが後ろで待つ人は少々いらいらされたかもしれない。

エピソード306

息子は小学校の工作で木のきれはしを幾つか組み合わせてあるものを作った。それはただ置いてあってもまず何かわからないものだ。周りの人からは、なんだ〜適当に組み合わせて意味ないもの作ったんでしょ?っと思われたかもしれない。だが、息子には最初から作品のイメージがあったようで、ガンダムに関係しているようだ。

エピソード305

うちの週末の晩御飯はやきうどんになることが比較的多い。それは息子と私の好物だからだ。前回のとき息子が言った。「今日の肉はいつもより少しいい肉じゃない?」っと。実際にそうだったのだが、にしても息子は普段から結構めざといところがある。妻が髪を切ったら即「今日髪切ったでしょ?」と言い当てる。逆に私は気づかないことが多く、昔はよく気まずい雰囲気になったものだ。これはまずいとケアするようにして「今日髪切ったよね?」と言ったら今度は「もう一週間も前には切りました」と言われてしまい「・・・」息子がめざといというよりは私に問題があるようなのでだんだんにでも改善せねばなるまい。

エピソード304

自分のよく使うゴミ箱に仕切りを設けた。材料は紙とテープ。ゴミ箱の真ん中に紙を設置し(端っこをテープで貼り)、片方はティッシュなどの紙、またもう片方は「粒チョコの包み紙」と分けて捨てれるようにした。ゴミの分別がこれで楽になった。最近チョコを毎日のように食べるのだが後から分別するのが大変で、一年でみたら結構な時間を浪費するなと思ってやったことだ。

エピソード303

200本入っている綿棒のフタを誤って開けてしまい、文房具など雑多なものが入っている引き出しの中にちらかしてしまった。全部が出たわけでないが、まだほとんど未使用なものの約2/3が出てしまった。それを拾ってケースの中に入れようとするがうまく入らない。まっすぐ整列させて入れるのは至難のわざ。また、落ちている綿棒を拾おうとすると文房具の間に入っていってしまうものもあり、引き出しの中はキレイではないので綿棒の先が汚れてしまうことが気になり、なにもかにもうまくいかなくなり、自分を見失いそうになった。お恥ずかしい話、あのときはほんとに困った。そんなもんで新しく買った綿棒のフタには最初からガムテープを貼ってこぼれ出ないようにしたのだ。

エピソード302

昨日、フットサルコートでシュート連をしていると、昼食のため帰る子供の一人が 「そこの青いボールとってください」と私に言った。まー近くにあったので蹴り返して やると、今度は「後そっちの星のマークのついたやつも!」っと当たり前のように言った。 これには私もさすがに苦笑してしまったが、相手が小学校低学年くらいの子供とあっては しょうがないと少し離れたところにあるそのボールもとりにいって蹴り返してあげた。 心の中で思ったことは「おれパシリにされているよー」ということ。近くにいた上級生 はまずいと思ったらしく「お前自分でとりに行けよー」とフォローしてはくれていたが(笑)

エピソード301

一昨日、会社帰りに最寄り駅からバスに飛び乗った瞬間、盲導犬(ラブラドール)の尻尾が私の脚にあたった。たまたま目の不自由な方が私の前に乗車したのだ。振ってた尻尾があたり私は嬉しくなり、にまーっとしながら運転席のすぐ後ろの席にあがった。その直後、丁度小雨が降り始めていたこともあって、その犬は体をブルブルブルっとふって体についている水分をあたりにまき散らした。その影響は私にはなかったが周囲の人には多少あっただろう。この一件を妻に話したら笑って「周りの人はかわいそうだけど、それはある程度しょーがないよねー、犬の本質みたいなもんだからね〜、道を歩いていて車がはねた水にかかるようなもんだよ」と言ったが私も同感である。まっ、訓練すべきなのかもしれないが、犬のストレスがたまってかわいそうにも思うし。。。

エピソード300

皆さん、いつもエピソードをお読みいただき、ありがとうございます^^ 300の節目に書こうと思っていたことは、100や200と同様、やっぱり息子のことである。息子には「よしと」と名付けたが、一つには皆に呼ばれやすい名前を意識した。息子は中学まで概ね埼玉の川口で育った。幼稚園ではサッカークラブに入り、小学校では柔道の道場に通い、また高学年では町内会のソフトボールクラブにも入れてもらった。中学では中2の途中までバスケ部に所属した。その他、小さいときから英会話教室に通ったり、スイミングクラブに通ったりした。町で知り合いに会うと「あっ、よしとだ」、「おう、よしと」と気軽に声をかけられ、クラブなどではみんなによしと、よしと、と呼ばれていた。同級生はもちろん、先輩からもよしとと呼ばれ、さらには後輩からもよしとと呼ばれていた。息子はしっかりものというよりは皆の後からついていくような感じだったが、それでも中学のバスケ部では背が大きかったため上級生に混ざって試合に出させてもらっていた。そんなとき、顧問の先生を含めて、みんなからいろんな声がかかっていた。 「よしと、ボールもらえ」 「よしと、リバウンド」 「よしと、打て打て」 「よしと、あがれ」 「よしと、戻れ」 「よしと、いけー」 「よしと、ハンズアップ」 「よしと、頑張れー」 「よしと、もっと・・・しろー」 「よしとー(怒)」 試合だけでなく練習風景をみても息子が一番名前を呼ばれていたと思う。どういう風な感じで呼ばれていたかはおいといて私はそれが何より嬉しかった。いい思い出である。都内に移った今もたまーに友達が遊びにくるが、彼らはやっぱりよしとと呼ぶ。私は子供の頃カトウと呼ばれることが多かったが、息子のことをカトウと呼ぶものはほとんどいない(今の高校生活ではどうかわからないが)。名付けたときの狙いの一つでもあるが、よしとという漢字を実際に見てもまずだれも正しく読めない。よしとの知人は漢字自体知らないかもしれないが、また時間の経過とともにともすればカトウも忘れてしまうかもしれないが、比較的容易によしとという名を思い出すだろう。逆に見知らぬ人は名前を呼べない。例えば勧誘の電話とかではよしとさんいますか?と言わずにきっと間違った名前で呼ぶだろう。息子にはいい友達をたくさん作ってもらってすばらしい人生を歩んでいって欲しいと思っている。

エピソード299

先日京浜東北線でドアがしまった直後に「車両移動のための乗り降りはお控えください」とアナウンスがあった。あっ、誰かが怒られているんだと思った。そして、次の駅に止まる直前に念を押すように同じアナウンスが流れた(少し強い調子で)。ドアが開いた後、私はなんだかワクワクした。だが、ドアが閉まった後にもうそのアナウンスはなく、多分駅につくたびに何度か繰り返し車両移動をしていた人は注意を受けてやめたのだ。次もやるのかとちょっと期待していたおバカな私はガックシ(笑)

エピソード298

毎朝私のバッグはチャックが開いたまま玄関においてある。妻が弁当と水筒をバッグにつめておいてくれるが、チャックは閉じないままにする。その理由は家を出るとき私が必ず水筒のふたの閉まり具合をチェックするからだ。通勤電車に乗って棚の上にバッグを置いたときに水筒からお茶がこぼれ出ないか心配なのだ。いつぞやのエピソードで書いたが私は心配性で家の戸締りを何度かチェックしてしまうことがあり、妻からは地球防衛軍と呼ばれている(笑)。なので水筒の件では妻はとやかく言わない(半ばあきらめている)。

エピソード297

今年うちのMVPのストーブは安物だがもう20年くらい頑張っている。下の熱源が壊れてしまったので、今は上一本で頑張っている。「弱」で下一本がつき、「強」で上下がつく仕組み。今は強で上一本がついていて、下も通電しかけている状態なのだ。倒れると自動的に消える仕組みにはなってはいるが、安全上問題ないかちょっと心配しつつ注意しながら使っている。

エピソード296

ちょっと前に息子のスマホは2、3日動かなくなった。お風呂で使ったからだ。防水対策はしていたようだがだめだったのだ。乾かしておいたら結局動くようになったが一時期うちは大騒ぎになった。また、先日息子はメガネをベッドの上でふんづけてフレームの片方の付け根が切断した。もう片方も曲がったので、両方の修理が必要になった。このときも大騒ぎになったが、まだ購入後1年未満でその部分のパーツを取り替えれば済むことになったのは不幸中の幸いだった。

エピソード295

うちにある私の所有物の中で多分妻が捨てたいと思っているものは2つ。1つは確実でたまにぼやく。それはエレキギター。これは息子にあげたつもりだったが、息子もさわらなくなり、私もまったくさわらない。スタンドに立っているそれは掃除の時に邪魔で捨てたくなるとのこと。もう一つはゴルフクラブセット。これも部屋の隅に立っているが邪魔なはず。10年くらい前にゼネコンにいたときに使ったきりで今後も使う予定はない(ゴルフはお金がかかるのでしばらくは無理)。ただ、エレキギターは1回だけ活躍した。妻の誕生日のときに私がHappy birthdayを歌いながら弾いたのだが、1本弦だけ使ったつたない演奏だったが喜んでもらえたことがあった。

エピソード294

Facebookをはじめたのはフランス人友達の勧めがきっかけだが、すぐにたくさんの高校の同級生とコンタクトがとれるようになったのは中学と高校が同じだった同級生が私を探しあててくれたおかげだ。丁度そのころ久しぶりに高校の同窓会を開催するためFacebookを通じて同級生を探し出し、幹事さんたちによって同じグループにする試みが行われた。私もそれにあやかることができた。一方、まだ日本では1%くらいの人達にしか利用されていない「LinkedIn」というものがある。これもSNSの一つだがどちらかといえばビジネスに関係する部類のものである。個人的にはなかなかいいものだと思っており、そう遠くないうちに日本でも浸透していく可能性があると思っている。私にFacebookを勧めたフランス人友達もこれに加入しており、アメリカなどの海外では既に浸透しているところもあるようだ。

エピソード293

Facebookをはじめたのは約5年前で、フランス人男性から勧められたのがきっかけだ。その4年くらい前からホームページを作って家族の趣味などを紹介していたが、ベーゴマに興味を持った彼から連絡があり、ベーゴマをたくさん入手したいがどうすればいいか相談があった。その後メールでやりとりする中でFacebookのアカウントを教えてくれれば信用上自分のプロフィールを見せることができると言われ、Facebookをはじめた。結局、ベーゴマは5セット購入してプレゼントし、彼からは食べ物などいろいろなプレゼントをもらった。これがきっかけで彼とは友達になり、彼の友達も含めて東京で2度会っている。

エピソード292

先日会社帰りにうちのマンションのエレベータを下りたところで仕事のメールが入った。スマホで確認しながら歩き、なにげなしに鉄柵を開け、ふと見上げると隣の玄関扉の前だった。かなりあせった。間違って鍵を差し込まなくてよかった。もし丁度人がでてきたら驚かせてしまったに違いないし、私もちゃんとした行動がとれたかどうだか。ふーってな感じだった。

エピソード291

最近、土日の晴れの日で出勤していないときは、歩いて10分くらいのところにある公園に行く。公園の一角にフェンスで仕切られた結構ちゃんとしたフットサルコートがあり、そこでサッカーボールを蹴る。行くのは決まって子供たちがお昼ご飯で一度家に帰る正午ごろ。その後30分くらいは8割くらいの確率で使える。ゴールに向かってただシュートを打つだけだが結構楽しい。子供の頃は皆とゲームしたり、1対1などいろいろやらないと満足できなかったものだが。

エピソード290

母方の祖父は、私が小学4年のときに亡くなったが、生前は東西線木場駅のそばで薬局をやっていた。お通夜のとき、通りゆく人の中に立ち止まって手を合わせる人が結構いらした。それを見た私は一人の孫として誇らしかった。僕のおじいちゃんはすごい人だったんだと。祖父は薬局といえども商売熱心でお昼は5分くらいで済ませ(あんなに早く口を動かしてごはんを食べる人は見たことがなく見とれたもんである)、店に立っていないときはほとんどなかった。常連さんもたくさんいて、オロナミンCなどのドリンクを飲みながらおじいちゃんと世間話している人がいらしたのを覚えている。おじいちゃんはお客さんに好かれていた。それだけ頑張っていたんだと思うが、単に商売としてだけではなく人づきあいを大切にしているように見えた。

エピソード289

息子は幼稚園のとき2年間サッカークラブに入っていた。対外試合となると白熱して応援していた。今思えば少し度の過ぎた応援をしていたように思う。いわゆるモンスターペアレンツだったかもしれない。プロの試合だったら「もっと下がって、次やったら退場ですよ」と言われかねない状況が多々あったと思う。そのような応援の甲斐なく、数十試合こなしたと思うが、息子はただの1点も入れることが出来なかった。幼稚園のサッカーはFW、MF、DFといった区別はほとんどなく、わーっと皆でせめて、わーっと皆で守る感じだった。点も結構入る方で、まざっている女の子でも点を入れていたと思うし、息子以外の子は少なくとも皆1点は入れていたと思う。見方を変えれば息子は凄い、あれだけやって1点も入れられなかったのだから。ボールへの寄せ方が絶妙で、真似ができない。微妙にずれていたので点が入れられなかったのだ。それでも、息子がボールを蹴っている姿をみるのが好きだった。私は中学のサッカー部では7番をつけていたが、息子が33番をつけていたので、その頃始めたフットサルでの背番号は33番を選んだ。周囲の人からは7番も空いていたし、もっといい番号つけたらいいのにと言われたが、息子と同じこれがいいんだと言った。

エピソード288

私は自己啓発の一つとして日々英語を勉強している。youtubeで科学に関するDebateを聞いたり、スマホのアプリで英語を聞いたり、daily newsを読んだりしている。正直、英語力はあまり伸びてないと思うが、英語力をキープすることは出来ていると思う。続けるのは多少負荷になっているが、DebateやNewsはときどき面白いと思うし、公私において一定の英語力の必要性を感じていることもあり今のところ続けられている。

エピソード287

息子はときどきだが突発的に妻にあれが食べたいとリクエストを出す。前回は1週間くらい前の夜12時にもう寝始まったころに息子が突然やってきて何を言うかと思えば「たこ焼き食べたい!」とのこと。横でうとうとしていた私は若干不機嫌に「なんで今なの、明日でいいじゃん」と言ったが息子は今でしょといった顔。妻も呆れ気味ではあったもののずっと覚えていていよいよ明日たこ焼パーティーをするとのこと。お母さんは息子に弱いものでリクエストされると大体応えている。お父さんはそうはいかないのを知ってかお父さんにはほとんどリクエストを出してこない。

エピソード286

約2年前、「エピソード」ということでスタートしたのは一つはスターウォーズの影響である。そのため、最初の5回くらいは結構長文で気合いを入れて書いた。でも、長文は書くのも大変だし、読まれる方も大変である。日記的な頻度で書くのであればもっと軽くていいかなということで今のような感じになった。コラム性は抑えるようにしている。たまにそういう感じになることもあるが。詩的な感じはなく、最近または過去のことを振り返ることが多いのでその意味では一応おおかたエピソードの範疇になるだろう。

エピソード285

大学生の頃、麻雀にはまった。当時フリー雀荘にも通っていて九連宝燈という上がると死ぬと言われる役満を上がったことがある。逆に、一晩で2回別の人に国士無双という役満を振ったことがある。 結構、確率低いところを引いてきたが、20年以上たった今も元気に過ごさせてもらっている。そんな私は飛行機に乗るのが怖い。一時期パスポートがハンコで埋まるくらい飛行機に乗ってきたがもうできれば乗りたくない。まず引くことがないだろうそれを引いてしまいそうに思うからである。逆に宝くじはあたりを引かない気がするというのは結構ネガティブな方なのかもしれない。ジャンボ宝くじはときどき3枚だけ買うこともあるが。

エピソード284

小学から中学にかけて記念切手集めをしていた。今から考えるとなんであそこまでと思うくらい一時期はまった。だが、最後には飽きてしまい、お金が必要なときに切手の表示金額で母に売ってしまった。当時持っていたもので50円切手なんかは価値があっても倍程度で実際に買い取ってもらうときは安くなるので概ねトントンだったと思う。当時母は手紙を書くことが多く、私から買い取った切手を貼ってどんどん送っていた。その中には10円切手だったか、3000円くらいの価値があるとされているものも含まれていた。もらった人はびっくりしたかもしれない。べたべたと送るのに必要な分だけ価値のある切手が無造作に貼られているのをみたら切手の価値がわかる人なら戸惑われた可能性がある。たま〜にあの時集めた記念切手を売らないでもっていたらなと思うこともあるが、結局は短絡的にまっいっかと思うのが私。息子も切手集めではないがいつも何かを集めていてあるときになると飽きて価値のあるものを二束三文で売っていたりする。逆に息子が今集めているのは売るとなったら100円くらいしか価値ないよと思うものでそれに数千円を出している。はたからみればそんなものにと思うものでもその人にとって価値があるものは価値があるということを改めて認識した次第である。

エピソード283

高3のときビリヤードにはまった。学校帰りに親友と2人でよく行っていた。その後もたまにやっていたので素人ではないと自負している。ほんとにうまい人には勝てないがちょっとくらいかじった人にはそうそう負けない。なにせこちとらかなりかじったので。そんな私が約10年前、後にも先にもそれっきりだと思うが、ナインボールで1〜9まで最初の一つ以外を一つづつ落としていって最後の9も落とせたことがあった。そのときも親友が一緒だったが、彼は最後は落ちないだろうと思っていた。確かに私も難しいとは思ったが千載一遇のチャンスだったので集中して突いた。その甲斐あって正直半分まぐれだがポケットに落ちた。調子いいときは5個、6個落とせることはあっても、またブレークで一発で9番が落ちることはざらだが、一つづつ全てというのはなかった。昔のいい思い出である。

エピソード282

ついさっき妻が息子に声をかけていた。 「夢で血を見るのは金運につながるらしいよ。それから夢で死んでしまうのは再生につながるらしいよ。だからね、あんまり深刻に考えないで良い方に考えるといいよ!」 それを耳にした私は喜々として言った。 「まじ?、そうなの?へー、それならいいじゃん!」 昨日の昼食兼飲み会(息子はアルコールなし)でいつもはご飯とお菓子を食べるとすぐに自分の部屋に行ってしまう息子がそのときは珍しく少し話に参加した。そして息子は言った。 「最近夢の中でよく死ぬ。この前は2日続けてだった。それから自分や他人の血を鮮明に見るんだよ。」 昔、息子は夢の中で押し入れから出てきて巨大化したガンダムに襲われたと言っていた。私らはそれを覚えていて、妻は聞いた。 「また青鬼かなんかに追いかけられたんじゃないの?」 「そう、それでシャンデリアの上に隠れていたんだ。でも隣の人が見つかったせいで僕も襲われたんだよ」 ここで笑ってはいけないのだろうがそれは無理である。 でも「死ぬ夢を見ると疲れるんだよ」と言ったときには同情して 「お父さんも夢の中で仕事の夢を見ると疲れるよ。その感じわかる」 と言ったが慰めになっていたかは定かではない。 私も昨日から気にはしていたが、妻も同じだったようでインターネットで調べたようだ。その調査結果をもとに息子を励まそうとして言ったのが最初の言葉だったのである。

エピソード281

今日の正午ごろに最近よくいくフットサルコートに行っていつものように一人でゴールにシュートを打っていたら、後からきた少年2人に声をかけられた。「一緒にやりませんか?」と言った彼らは小学校4、5年生とみた。その割りには声のかけかたが大人びている(一緒に遊んでくださいという顔をしていたが)。答えはもちろんOK。おもわず「いいですよー、何しましょうか?なんでもいいですよー」と若干敬語気味に返事してしまった。「じゃーおじさんが守るから2人で攻めてきていいよ」と言ったら嬉しそうにボールを蹴り始めた。2回くらい守ったら「攻めてきていいですよ」と言われてボールを渡された。心の中ではえー向こうのゴールまで一人で運ぶのこの年だと超大変なんだけどーと思ったが、喜んだふりして「わかったー」の2つ返事。だが実際やりだすとやっぱりすぐ息があがった。それをみた彼らは「休んでいいですよ」と言ってきたが「いやー、おじさんもうすぐ帰らないといけないので、続けよう」と即答。同点に持ち込んで「次入れた方が勝ちで終りねー」と言った。結局、最後は彼らに花を持たせてあげて終了した。挨拶して別れて帰路についたとたんに疲労感につつまれた。「またよろしくねー」とはいいつつも内心は一人でショート打ちをするくらいでいいんだけどなーと思った。彼らはたまにきているようなので今後はちょっと大変になりそうだ、せっかく誘われたらむげに断れないし^^)

エピソード280

今日ぼんやり考えごとをしていたら、なにげなしにつづってきたこのエピソードが自分にとって大切なものであることにふと気がついた。もし自分に何かあったとき生きたあかしになるものは第一には妻や息子の存在である。その他について考えたとき、博士論文や研究論文などはどうでもいいとまでは言わないがそんなに大切なものではないと思った。私の所有物も大したことなく、日記を書いてきたわけでもないので、家族のことをベースにここ2年間つづってきたエピソードが保管されているFacebook、いやエピソードそのものが大切なものだと思った。エピソードはたまに自分の下記ホームページにもアップ、整理しているが、このホームページも都合今年10月でなくなる。 http://www.ab.auone-net.jp/~soul0823/test4.html でも、ファイル一式はパソコン等に残っているので、家族がオフラインで見ることはできる。 今日はラッキーな日だと思う。単純にして重要なことにふと気づけたのだから。そして、何の気なしに2年前にエピソードをはじめたがこれはほんと良かったと自問自答的に思った。これからエピソードの書きようが変わることはないと思うが、大切にしていこうと思うと同時に、ホームページにもなるべくまめにアップしていこうと思った。

エピソード279

昨日の春一番で今年の花粉症がスタートした。昨年の余った薬を服用していて特になんともなかったので直ったのかなと思っていたがそんなはずもなかった。クスリのストックが切れたので今朝近くの医院にもらいにきているが、いちいち診察を待つのが面倒くさい。と思いきや、意外とすぐ呼ばれて、しかも2ヶ月分も薬を出してもらえ、ラッキーだった。 ここの医院は初めてだが、先生の声が大き過ぎ。プライバシーなんてあったもんじゃない、笑

エピソード278

私は妻の実家で「シティーボーイだからね〜」と言われることがある。そんな私が数年前バーベキューの際にお義母さんに何か歌ってと言われてアカペラで歌ったのは「冬のリビエラ」と「我が人生に悔いなし」の2曲。これらは少なくともシティーボーイが歌う曲ではなかろう。カラオケデビューしたのは大学入学早々、周りの友達に連れられていったとき。うち一人がよく歌っていたのが冬のリビエラで、バイト先の先輩に教わったのが我が人生に悔いなし。そして、昨年会社の文化祭でアカペラで歌ったのはyou raised me up。一時期仕事で海外に結構行ってたが、英語の歌を歌うようになったのはこれが初めて。今年また何か別の歌に出会えたらいいなと思っている。

エピソード277

父がずっと働いていた会社はいま経営危機におちいっている。まさかあの会社がとびっくりしているが、優良企業も将来どうなっているかはわからないのが現実。私はその会社を応援している。父は会社に入って早いうちから片方の耳が聞こえなくなり、また母のために遠方への転勤を断り続けてきた。そんなんで出世は出来なかったが、父を終身雇用していただいたその会社には非常に感謝している。また、私もビジネスでお世話になったこともあり、近いうちに軌道回復することを切に願っている。サラリーマン生活は大変で会社で嫌なこともたくさんあったと思うが、それでも今いたらきっと父もその会社を応援すると思う。

エピソード276

息子は病院と病院から紹介されたトレーニング施設へ交互に隔週で通っている。専門のトレーナーからは体の障害を改善するためにインナーマッスルを鍛える方法を教わり、自宅でも自分でやるように言われている。私もこればっかりは適宜やるように強く命令していたが、2週間くらいたってもほとんどやっていないことがわかった。そこで、息子を従わせられなかったことについて反省し、思案した挙句に褒められた方法ではないが作戦を立てた。要は、トレーニングをたくさんやるとその分お小遣いが+αでもらえる仕組みで、やるのは当人、管理するのは妻、そしてシステム立案とお金の負担は私だ。早速実行したところ、今度は一日3度きっちりやるようになった。前から2月、3月は勝負の期間だと思っていたのでとりあえずその間の試みであり、やるようになって非常に嬉しい半面、3月末まで一日3度きっちりやると私の2月と3月のお小遣いがゼロになる仕組みでもある。もとより覚悟の上だが。

エピソード275

中学3年の夏、サッカー部最後の大会初日を明日に控え、早めに就寝した。 だが、深夜になって突然お腹がいたくなり、寝られなくなった。 朝になる頃には右下腹部に痛みが集中していて、病院に行ったら急性虫垂炎だった。 それにより大会に参加できなくなり、非常なショックにみまわれた。 試合に出れたかは定かではないが最後の試合にかける思いはなみなみならぬものだったので。 その後、私はしばらく糸の切れた凧のようになっていたと思う。 いつからかは定かではないがまた自分の線路を見つけて今に至る。 あの時のことは今にして見れば私の人生の肥やしになっていると信じている。

エピソード274

一昨日息子の通院の後に、息子と付き添いの妻は一緒にラーメン屋に入った。ラーメンが出てきてさー食べようと息子が割り箸を割ったら長さ不均等に割れた。 妻が「それで我慢して食べるしかないよ」と言ったら、目の前で見ていたお店のおじさんが「いやいやこっちで食べな」と言って割り箸を割って渡してくれようとした。 が、またうまく割れなったとのこと。そのおじさんは親切にも再度割ってくれてちゃんとした箸を渡してくれたとのこと。おじさんに感謝するとともに、割り箸改善の必要性を ちょっと感じた。

エピソード273

今日散髪に行ったら面白いおじいさんが私の後から入ってきた。 入ってくるなりごちゃごちゃ大声で話しながら、髪を切ってもらっている 私の座っている椅子にガンとぶつかって、隣に座った(お酒が少し入っていたかも しれない)。その店は散髪台が3つあり、奥には私よりはもう少し年配の男性がいた。 しゃべっているのはそのおじいさんと髪を切りつつ相手しているおばさん。 2人の会話を30分くらい聞かせてもらったが面白すぎて笑いをこらえるのに必死だった。 記憶力が低下した今でも2人のやりとりをほとんど全て再現できそうなくらい覚えているが、 一端だけを書きとどめておくことにする。 (前略) 「俺さー、あと10年くらい生きてーと思っているんだよ」 「えー、なにそんなに生きるの?」 「なんだよひでえこと言うな。ははは。まー前はあと5年くらい生きれればと思ってたん だけどよー、最近やっぱりあと10くらい生きてーと思うようになっちゃったんだよ。」 「あらそう。まーそれくらいなら大丈夫じゃないの。憎まれっ子世に憚るとも言うし(ぼそっと)。。。」 「おいおい。そういうあんたはいつまで生きたいと思っているんだよ。そういうのあんだろ?」 (沈黙5秒) 「あたしんとこには猫がいるんだよ。それだから猫と一緒にいきたいんだけどねー」 「おー、俺んとこも猫いるよ、それも3匹。」 「なにそんなにいるのー!?」 「おうよ。でも俺じゃなくてよー。娘が中学くらいのとき、今から10年くらい前に拾ってきたんだ よー。そこの江北橋のたもとにいっぱい猫がいるとこあんだけどよー、そこからたくさん拾って きちゃってよー、知り合いにも配ったんだけどうちにも3匹残ったんだよー。。。。」 (江北橋のたもとの猫スポットは私もよく知っている。FBでも何度か写真をアップしたあの場所である。) 「そしたらどれももういい年だよねー」 「そうなんだよ、一匹なんてかわいそうにガンでよー。昔はあんなに元気だったのに今はぜんぜん元気なくてよー。。。」 「それとよー、おれ家を売りてーんだけどよ。娘夫婦がまだいてよー。。。」 (年金の話を含めて身の上話が延々と続くが、後略)

エピソード272

先日ルーマニアの知人女性から珍しく連絡があった。日本語の小説で面白いものがあったら紹介して欲しいとのことだった。早速ネットで探してみたところさすがに新しいものを無料で見るのはできないが、古いやつは無料で全文見ることができるのもあった。そこで、紹介したのは夏目漱石のぼっちゃんと吾輩は猫であるの2つ。そしたら2つとも既に英語で読んだことがある。こういうやつだよねと即座につらつらポイントを書いてきた。彼女が日本文学に興味があるのだとは思うが、やっぱり漱石の影響力はすごいなっと思った。彼女は日本語版を読んで見たかったのでと喜んでくれた。一方、今まで書いてきたエピソードをまとめて本にしないんですか?と聞いてきた。嬉しいことを言ってくれるが、今のところ答えはNO。そんなたいそうなものではないので。それでもこれまで書いてきた文字数をwordでカウントしてみたところ結構な量になっていることがわかった。

エピソード271

今日お昼の家族飲み会で突然妻が「2人でジャンケンして」と言った。息子と私は勝てば何かもらえると思い真剣勝負した。結果は私の勝ち。久しぶりに息子とジャンケンをしたが予想通りパーをだしてきた。よくパーを出すことを指摘したら「綱引きの先頭で場所決めのジャンケンではパーを出しておけば勝てるから」と息子は言った。確かに言われてみれば小学生のころ息子は綱引きの代表者ジャンケンで大体勝ってチームを優位に導いていた。周りの歓声を受け、ヒートアップする中、子供なら自然と肩に力が入ってグーを出してしまうものだというのだ。でも残念、お父さんは子供ではありませんから。トンカツの美味しい部位の方をもらえただけのことだったが。

エピソード270

今日息子は国語の先生に褒められたらしい。鼻むふむふで妻に報告したようで、妻も嬉しそうに私に教えてくれた。正月休みのときに何らかの論点を挙げての小論文の宿題があったようで詳しくはわからないが先生の評価は非常に高かったようだ。今度小論文募集の機会があったら声をかけるから腕試ししてみるといいとおっしゃっていただいたとのこと。父としては平日にもかかわらずまっさきに書き留めておきたいと思い立った次第である。

エピソード269

息子は2歳くらいのときに指しゃぶりをやめた。おばあちゃんに「指しゃぶりしていると親指のここ(関節)からタコが出てくるんだよ」っと言われたのがきっかけだ。当時それを言われるたびに息子は怖くなって泣いた。でもおかげで比較的すぐにやめることができた。

エピソード268

最近2週間くらいの間に息子がまずインフルにかかりその後妻に移ったが二人とも既にリカバーした。世の中はインフルがますます流行ってきていて気を付けないといけないが、妻の配慮のおかげでひとます私には移らずに済み非常に感謝している。私の従事する建設コンサルの仕事は今が繁忙期のため今後も注意していくつもりだが、まっ、かかってしまうときはかかるものだ。うちはみんな予防接種をしたが二人かかっているし、昨日妻がネットでみかけた記事には2回インフルにかかることもあるらしいとのこと。最悪、A型で2回、B型で1回の計3回かかってしまう人もでてくるかもしれないのではと勝手に心配している。だが息子は言った「僕はB型もかかって学校を休みたいよ」っと^^)

エピソード267

私の親友は昨年大学卒の資格を得た。40半ば過ぎて今度は大学院(夜間)に通うんだとのこと。友としてはまず彼が目的の大学院に入学できることを祈り、そして卒業できたあかつきには今度は博士を目指して頑張ってみてはと勧めるつもりだ。実は彼のお父さんはある分野の博士の学位をもっており、「植物同士はお話をするんだよ」っとおやじはたまにわけわからないことを言うんだと彼から聞いたことがある。彼も自分のお父さんに似て勉学の探求心がどんどん膨らんできていることに気が付いているのだろうか。昔はあれほど勉強が嫌いだったのに^^

エピソード266

今夜高校時代からの親友に会うことになった。前回は寒いのに待ち合わせ時間の20分前から待っていた。そういうのは初めてだった。もし早く着いてもどこかで時間つぶしてギリギリに来るのがいつものパターン。でもその時は相談したいことがあって早く私に話したかったのだろう。今日も早かったらまた相談ごとかな^_^

エピソード265

今朝、満員電車のドアが閉まる直前になってドアからだいぶ離れたところにいたおじさん突然ブツブツいいながらガッと人を押しのけるようにして降りようとしたが、あと一歩のところでドアが閉まり降りられなかった。勢いよく人を押しのけたせいでドアの近くにいた一人の女性が押し出され、その瞬間ドアがしまって女性は次の電車を待つはめになった。あまりにかわいそうだった。おじさんの方を見たら申し訳なさそうな顔一つしてなかった。ひどすぎる。ドアがしまった後でも頭を下げて謝罪の意を示すことくらいできただろうに。

エピソード264

この時期になるとテレビで大間のマグロを追いかける男たちのドキュメンタリー番組が放映されることがあるが、私は10年くらい前からフォローしている。最初の方は妻が呆れるくらいテレビにかじりついて見ていた。今日も放映されているが、山本さんは最近良い釣果があったようでなによりだ。その他にもいろいろな人の話を記憶していて、彼らのことをただの他人とは思えない。あちらは私のことを知らないが私はよく知っているつもり。毎年もご健在かどうか確認しているし、釣果がどうなのかもチェックしている。また彼らのご子息がどういう状況かもチェックでき、浮き沈みのある大変な漁師生活を送られている彼らに対して応援する気持ちでいっぱいだ。

エピソード263

うちはマンションの3階。それでもエレベータを積極利用する私に息子と妻の白い目。「ぼくは1回も乗ったことないよ。普通乗らないでしょ!」とは息子。「1階に止まっていて近くに誰もいないときは必ず乗るんだ」というのが私。駅などでもエレベータを利用したい私は家族の輪を乱しているようだ。

エピソード262

一昨日の夜中に福島県沖で震度4の地震があった。ここも揺れたが私は気づかずにスヤスヤ寝ていた。が、「ねーこの音は何?地震だよね?」っと妻に声をかけられ、起きるはめになった。強く感じない程度のゆっくりした揺れだったため気づかなかったのだが、半開きだったトイレのドアの開閉の周期にマッチしてお化けがいるような演出効果を伴って長い間開閉の音がしていた。一応私はこの分野に関係する仕事をしているが地震に対しては正直無抵抗に近く、日々戦々恐々としている。可能ならしっかりした家に住むこともあろうが、地震のときはお互い声をかけ合ったり、あらかじめ地震が起きた時にどうするか家族で相談しておくのがいいのだろう。

エピソード261

息子の部屋をノックしてドアを開けたらベッドで勉強しているようだった。後で妻に「勉強していた?」と聞かれ、「一応していたみたいだったよ」と答えたが、多分ほんとはゲームかなんかをやっていたのだろう。振り返ればノックしてからドアを開けるまでの数秒の間にガサゴソっと取り繕うような音がしていたことと、開いているノートが真っ白だったこと、それと何より顔の表情が不自然だった。別の用で顔を出しただけだが息子からしてみれば妻がチェックしにきたと思ったのだろう。自立を妨げるようなシチュエーションは解消できればと思うが現実は難しいようだ。

エピソード260

妻の実家へ久しぶりに訪れ、ラブラドールのララちゃんにも会ってきた。数年前から私はララちゃんのマッサージ師なのだが、前回くらいから薄々思っていたのだが今回はっきり自覚したことがある。それはしっぽの振り具合や表情やオーラから気持ちいいかどうか、またその程度が手にとるようにわかるのだ。一種の超能力かもしれないとまで思っている私はおバカさんなのかもしれないが、自分にも何か特別なスペックがあるのではないかと瞑想にふけりたくなるがことがある。

エピソード259

最寄り駅の改札は入る方のゲートは2つだけで息子とほぼ同じタイミングで切符を入れた。そしたら同時に引っかかった。後ろにいた数人の人達に迷惑をかけてしまったが、何のことはない、新幹線の特急券だったのだ。息子と私は妻から切符を受け取り改札を通すとまた切符を妻に渡すサイクルを10年以上続けてきた。途中に確認をしないため妻が渡し間違えるとこうなる。でも今まで同時に引っかかったことはないし、また人様がそうなるのを見たこともない。久しぶりの帰省は珍道中になりそうだ^_^

エピソード258

今朝、FB友達の一人がプロフィール写真のところに動画を載せているのに気づいた。すぐにおいらもと思い、あれやこれやとやってみた結果が今のプロフィール動画。動画は7秒間に短縮され、おそらく繰り返して表示されている(見えている)はず。3つのお手玉で途中リフティングをいれるこの技は2年くらい前に開発した。

エピソード257

ふくらはぎの少し下の周辺あたりがかゆい。今に始まったことではなく昨年の冬くらいからだったと思うが、妻によると乾燥しているこの時期にかゆくなるのは年とってくるとしょうがないことらしい。妻に予防のためクリームをつけるよう再三勧められているがゆうことを聞かない私。最近、お風呂に入って足を洗うときに足をかいているのか洗っているのかわからなくなることがある。 先日の暗い話や今回のようなしょうもない話ですみません。 いつもお読みいただきありがとうございます。

エピソード256

昨夜、概ね深夜12時ごろ、息子が部屋から出てきてある物理の考え方について確認を求めてきた。それについて一定の見解を示した上でディスカッションした。これがきっかで他の物理の話や数学の話など1時間くらいいろいろと情報交換することになった。といっても今はほとんど私から息子へ情報提供している状態だが、10年後、20年後には互角またはむしろ息子から教わるような形のディスカッションができたらいいなと思っている。私は息子に勉強しなさいとは言わないがまだ息子が得意分野としてない数学の面白さと重要性については息子が近寄ってきたときには話すようにしている。実際数学は面白いし役に立つから、自分自身も最近また知識を広げ始めている。

エピソード255

【暗い話でもいいというお方だけ以下お読み頂ければと思います】 クリスマスイブの早朝からお断り書きをしてまで明るくない話を書こうと思い立ったのにはわけがありますが。。。。 両親がクリスチャンだったため、私は幼児洗礼を受けていますが今はクリスチャンではありません。姉3人とも正式な洗礼を受けておりますが私は受けておりません。青年の頃、今は亡き父に聞きました。「万能な神なのになぜ産まれたばかりの罪のない子が飢えで亡くなっていくのを止められないの?」と。父のことは尊敬していますが、父からの回答は到底納得できるものではありませんでした。ただ、ある教会の牧師さんに同じ質問をしたとき、端的には「わかりません」という答えをいただきました。今でもその牧師さんのことは尊敬しています。万能な神でなければ信じれる可能性がありますが、万能な神とされている以上私は逆立ちしても信じれません。聖書にはたくさんいいことが書いてあるのを知っていますが、少なくともこの1点は受け入れることができません。そしてこの1点は私にとってあまりに大きなことなのです。 今でも私は文章として「・・・お祈りいたします」と書くことが多々ありますがそれはクリスチャンとしてではなくその人のために強く念じている意味で書いています。ほんとに神様がいるならお祈りしたいという気持ちも含まれています。 クリスマスイブの今日も世界のどこかで罪のない子が命を落としたり、また今日という日に辛い思い出を持たれている方々が悲しい思いをしていたり、その他にもいろいろと悲しいことがたくさんあると思います。そういう人たちのことを思う気持ちを忘れないで今日を過ごしたいと思います。

エピソード254

ほんとは今日のお昼は近くの天丼屋に家族で行く予定だったがあいにくお休みだ。前から楽しみにしていた妻は昨日電話で確認したら、祝日も普段はやっているのに、明日は休みなんですよね?と言われたらしい。もうあたしの口の中は天丼になってたのにと妻は残念がった。というのも前に一度行ったときは息子と2人だけで、妻の好きな大きいエビや小さいエビがたくさんある上天丼はほんとうまかったと息子から聞かされていたからだ。まっ、近いうちに行けるとは思うが。

エピソード253

「ぼく学校や街中で人に3度見される」と先日息子が妻に言ったそうな。最初は「でかいな〜」ということで見上げられ、次に視線が下の方にいって「杖ついているんだ〜」と観察され、最後にまっすぐ全体的に見られるらしい。背の大きな息子は昔から注目されるのには慣れているが3度見されるのにはまだ免疫ができていないらしい。

エピソード252

サッカーひさしぶりに興奮したな〜。今日はすぐに寝られない気がする。思い起こせば昼間に見た河川敷での少年サッカーの試合も面白かったな〜。私が小さかった頃と比べてサッカーが違う気がした。大人のいい試合をたくさん見てるせいか非常にちゃんとした合理的なサッカーをしていたように思う。昔はボランチなんてほとんどなかったと思うが、ボランチの重要性を感じた。私は中学のときMFで攻めたがり屋さんだったと思うが、下がり目のMFに徹していればもっとチームに貢献できたかもしれないと今更ながら思わざるを得なかった。まっ、中1の初めの頃はパスもほとんど出さないで自分でもっていってしまっていて、先生に諭されてからはパスを出す側になったので最悪ではなかったと思うが。でも大人になって趣味でやるようになってからはどっちかと言えば最初のころと同じようなプレースタイルで勝手きままにやらせてもらったもんだな〜^^)

エピソード251

私は小さいときから太陽をみたり、強い日差しのところにさしかかると決まってくしゃみをする。妻にとってはそれが面白いらしい。「しょうは変わってるよね〜」とか「ほんといつもくしゃみ出るよね〜」とか言われる。ずっとくしゃみが止まらないわけではなく、2回くらい出て終わるのだが、度毎出るには出る。そういう人もいるんじゃないかなくらいに思っていたが「そんな人まずいないよ」と妻に言われた。まっいっか。

エピソード250

今日お風呂の浴槽に膝下をぶつけ、一か月くらい前にガードレールをまたぐときに膝をぶつけたことを思い出した。それではっとしたのは「目測を誤ったのだ」ということ。不注意は不注意なのだが、老眼を含めて最近目が悪くなっていることが主な原因とみた。ってことは何かをまたぐとき余裕をもってまたぐ必要があるということ。これで明日から足をぶつけるのも減るだろう^^)

エピソード249

今日マンションの水道工事が一斉に行われ、うちもシャワーなどの水圧が高くなり、妻と私は大喜び。今年春に引っ越してきたとき、シャワーの弱さに落胆したが、人間慣れるものでその後なんとかやってきた。でもシャワーが改善された今日はやっぱりこれだよねって感じで満足した。

エピソード248

10数年前に母校で博士(工学)を授与された。私が最初に就職した会社は民事再生を経験し、それがゆえにやめたわけだが、その少し前に学位を得られたのはその会社のサポートがあったおかげであり、今でも感謝している。また、恩師はもとより、副査の先生たちからの厳しいご指導は今の私の一部を形成している。数年前、技術士を取得したときも、当時の会社の先輩からたくさんご指導をいただいた。この方にはほんとに頭が上がらない。いつか恩返しができればと思っているが、その先輩が私に言ったのは「私も先輩に支援してもらったからいいんだよ。今度カトちゃんが誰かの面倒をみてあげてくれればそれでいいんだよ」ということ。なので、私も今の会社の若い人が技術士などを取得する際に協力を惜しまない。

エピソード247

今日、川辺で風が強かったが、人気が無いところを通りがかったので、好きな歌you raised me upを歌ってスマホで録音してみた。こういうのをホームページに載せてしまうあたりが向こう見ずな私。といっても自信はなく、ルーマニアの知人女性に聞いてもらってコメントをもらったところ、撤去しなくてもいいかなと思えたのでとりあえず残しておくことにした。怖い物みたさ、もとい、もし聞いてみたいっていうお人がいらしたら下記サイトに立ち寄ってみてください。

エピソード246

知り合いがパネリストの一人で誘われたので来た低炭素まちづくりホォーラムの分科会、周りを見渡すとおじいちゃんやおばあちゃんばかり、笑

エピソード245

ネットに猫背だと寿命がちじまるようなことが書かれていた。その記事をみた猫背の私がとった行動は2つ。一つは町を歩く際にガラス越しに写る姿勢を正すように気をつけるようにした。もう一つは「お父さんは猫背で寿命は長くないかもしれないから自分で頑張らないといけないよ」と息子に言った。妻は横で笑っていた。そんなこと言うもんではないということもあるかもしれないが、親に頼りがちな一人息子を早く自立させたいと思うがゆえんのことである。

エピソード244

高校のとき宇宙物理に興味をもっている男がいた。宇宙論について話しているのを耳にして足を止め聞き入ったのを覚えている。確かお願して1時間くらいの講義をマンツーマンで2度受けた記憶がある。そんな人は他にはいなかったと思う。私にとって彼の話は新鮮だったのだ。彼は特別勉強ができたわけではなかったが宇宙物理に対する情熱は本物だった。日本では珍しいタイプだがアメリカではきっと大ありだろう。約30年経ったいま、彼のおかげもあってか私は宇宙やら物理に興味をもっている。当時私も彼と同じくらいの情熱をもっていたら進んだ道は違っていただろう。ふと、今日彼のことを思い出したのでメモを残しておくことにした。

エピソード243

カジノ法案が動き出している。今朝うちでその話が出たとき、妻に言われた。「しょうはカジノができたらきっと行ってはまる。それでまた必勝法が見つかっただのかんのと言うに違いない。」などと。それに対して、「たとえ行ったとしてもはまらないよー」と反論。だが、「そんなの何かあって気分が落ちているときとかは度を超えてしまうかもしれないじゃない」っとのお言葉。これには反論できず。妻のアドバイスをもとに気を付けようと思う。

エピソード242

2004年イギリスの男性がルーレットに全財産の約1500万円を賭ける一発勝負に出た。彼は「赤」をチョイスし、結果は「赤の7」。彼と周りにいた大勢のギャラリーは歓喜に沸いた。この出来事はyoutubeで確認することができ、概ね私と同じ年の彼はラッキーな人として伝説になっている。ただ確率はほぼ1/2だが、はたしてこのときもそうだったのかなと思っている。というのも、出た目が7というところに出来過ぎ感がある。7はラッキーセブンだ。たまたま赤の7が出たということもあるが、出るべくして出た可能性もあるのではないか。ここからはあくまでも仮の話だが、まず「何のために?」との問いには「ラッキーな人を仕立て上げてカジノを宣伝するため」という回答があるかもしれない。1500万円は大金だが、大きなカジノやまたもしカジノグループで負担したとしたら大したことはないだろう。その見返りに得られる長年に渡る世界的な宣伝効果はいくらになるだろうか。逆にはずれた場合のカジノ業界に与えるマイナス効果も計り知れない。このように考えるとあり得ない話ではないように思えてくる。ただ、ネットで調べるとディーラーが1点にコントロールするのは困難とのこと。だが確実な方法が一つある。関係者の皆がグルで赤の7が出るまで投げ続け、成功したとの動画を作成するのだ。最近ではバスケットボールを遠くから投げ入れる動画などこの方法が使われているのは周知のこと。私としては、ギャンブルにはまり過ぎないように、そのとき「黒の13」が出たことにしている(勝手に考えている)。

エピソード241

今日中学サッカーのOB会に参加し、約30年ぶりにみんなと会った。そのうち、一つ後輩が、私のことを思い出すのに言ったのが、加藤さんって先生によく怒られてましたよね、一人だけ蹴りなんかも入れられてましたよね、だ。その通りなので、笑うしかなかった。私としては良い教育を受けたと思っており、感謝している。先生に会ったら、怒られざむらいの加藤が来たとよろしく伝えてもらうように代表者にお願いした。

エピソード240

昨日、近くの歯医者に歯科検診に行った。その際の服装はあまり外行きのものではなかったが私はおかまいなしだった。妻が服を用意してくれた際、ちょっと悩んだあげく、私が一緒に行くんじゃないからこれでいいや、と妻は言った。同伴する場合の許容レベルを下回った服装だったようだ。


エピソード239

晩飯を食べる前に、ご飯食べたら話があるからと息子に言ったら「わかった」と軽い感じで返事が返ってきた。ご飯が終わるころになるとちょっと神妙な顔をして「これから怒られるの?」と聞いてきた。確かに前にご飯食べた後に話があるといったときは怒った。息子はそれを覚えていたのだろう。「いや、怒らないよ。でもとても苦い話をするよ」との私の返事。そんな話をご飯食べる前に聞いたらご飯がまずくなるだろうから。それと、息子はご飯を食べると直ちに自分の部屋に行ってしまうため、話があるからと言っておく必要がある。苦い話をするのは腰痛を抱える息子の将来のためを思ってのこと。しっかり胸に刻んで欲しかったので、ご飯が食べ終わったあとにチョコを一粒差し出した。「甘い物を食べた後に苦い話を聞いたら忘れにくいかなと思ってね」と息子に言ったら苦笑された。チョコを食べ終えるころ「じゃーそろそろいいかな」といって話を切り出した。


エピソード238

歩くスピードと年収には相関があるとの記事をネット上でみかけた。確かにそういうことはあると思うが、大学母校のある先生が早く歩けば早く情報が入るので早く歩くべきと言われたのに反して、私はわざとゆっくりめに歩くことにしている。景色や情報をゆっくりみて考えることで見落としが減る可能性があるし、またゆったりしている方が自然でともすればスマートかなと思うからだ。


エピソード237

先日の大学の同期会で言われた。加藤、お前、猫背じゃなきゃ185cmくらいあるだろ? 背を伸ばしたってそこまではありませんよ?だ。にゃろめ


エピソード236

今朝、妻がゴミをゴミ箱に向かって投げた。距離と角度的にまず入らないことが分かっているのに。完全にゴミ箱の近くにいた私のホォローをあてにしてのこと。


エピソード235

昨日、大学同期の集まりがあった。当時縁あって10人くらいでかたまっていた仲間が年1回集合して都内を散歩した後に夜飲み会をするのが恒例になってきた。飲み会である人が「加藤は字が汚いからな〜」と言ったが、ほんとである。記憶が曖昧だが、当時誰かの履歴書の左半分を私が書いて右半分をまた誰か別の人が書いたときがあったらしい。時間がなかったので同時に書いたらしいのだが、私の字がえらく汚く右半分の綺麗な字とは対照的だったことが彼らの記憶に残っているようだった。


エピソード234

やっぱりハリネズミ飼うのは無理!、との妻の一声が今朝我が家に響き渡った。息子のリクエストを受けて調べたところコオロギを食べさせるなど越えられない障壁や温度管理の大変さが理由だった。息子はそれじゃしょうがないと思ったようだが何日か経てば代案を持ちかけてくる可能性がある。


エピソード233

エピソードを書き始めて気づけば昨日ではや2年が経ちました。 皆様、いつもエピソードをお読みいただき、ありがとうございます。 エピソードと言ってもただ書き留めておきたいことをつづっている程度の内容です。私が30になる前の比較的若いときに父が他界し、その後父が生きていたら相談したい場面が結構ありましたが、そんなときに父が書き残した僅かなものや父の生前の言葉などを頼りにしてきました。エピソードはある程度たまるとホームページの方にも掲載しており、もうそこそこたまってきましたので、いつか息子が一人で何か考える際の足しになったらいいなとも思っています。 今後もしばらくは続けていきたいと思っております。お付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。


エピソード232

昨日、甥から連絡があった。短い連絡で、用件は二つだった。うち一つは、再就職先が見つかったとのこと、律儀に報告を入れてくれた。それがなにより嬉しかった。諸事情を考慮すると大変だったに違いない。またこれからもっと大変になるだろう。おめでとう!、就職して数年は大変なことも多いだろうが歯を食いしばって頑張ってもらえればと思っている、また応援しているからと、伝えた。お礼と頑張りますとの元気な返事が返ってきた。あとは彼のお兄ちゃんも頑張ることを切に願っている。姉に聞いたところ、動けてはいないが考えてはいるようなので良かった。1mmでも前を向いているならいいと思っている。彼自らコンタクトしてくれば、前のことは水に流してまた出来る限りのバックアップをしてあげたいと思っている。頑張れ、お兄ちゃん。


エピソード231

最近ちょっとした悩みというか不便があったのだが、今日思い立って改善策を講じた。というのは、会社で自分のかけたスーツのジャケットが他の人のと区別がつかなくなってきたので、ハンガーのところに移動できる目印をつけさせてもらうことにした。老眼が進んだようで幾つかかかっているスーツをみても区別がつかず、メガネをとって自分のズボンと同じような線の入っているのを探そうとしてもうまくいかない。結局、片っ端から胸内ポケット付近をチェックして自分の名前が入っているかどうかをチェックする始末。こういうことをするのはよくないので今日思い立って対策を打ったのだ。ちょいとむなしい感じがするが考えないようにしよっと^^)


エピソード230

先日4匹の犬のマスコットがマウスの動きに合わせてデスクトップ上をとことこ動くフリーソフトをインストールし、妻に使ってみてもらった。喜んでもらえるかと思っていたらうざいと一蹴されてしまった。犬を飼いたいとたまに言う妻の気持ちが少しでも和めばと思ってやったことだがどうやら逆効果だったうだ。聞いたところ、ソフトをダブルクリックするとそのたびに4匹の犬が出てきて5回くらいクリックして20匹くらい出てきたようだ。そして止め方がわからなくて往生したようだ(笑)。その可能性はあるかな〜とは思っていたが。。。結論、不評だった。少し大きめの1匹の犬がデスクトップ上を気ままに動き回るタイプなら妻も喜ぶかもしれないと懲りずに次の手を画策している^^)


エピソード229

昨夜友達からラインで連絡があり、見ると結婚しようと書いてあるスタンプが送られてきた。少しして間違いときたがビックリして笑った。誰かにプロポーズしようとしてる?っとの問いには、単なる間違いとのこと。その節はもう少し先になりそうだが朗報を心待ちしているとともに何か役に立てるなら協力は惜しまない覚悟である。


エピソード228

少し前までは美空ひばりの「川の流れのように」が自分としては最高クラスの歌と勝手に心に決めていたが、最近、ケルティックウーマンの「You raise me up」に心を奪われてしまった。いろいろな人が歌っている動画を何回も見聞きしているうちにどんどん深みにはまっていった。次第に、自分も歌ってみたいという強い欲求が沸いてきた。そんな中で先日カラオケに行く機会があったので歌ってみた。最初の出だしを低めの音程で入るよう気を付けて歌ったら、全体的に結構歌えた。大満足であったが、欲を言えば、声変わりにする前にこの曲と出会って高い音程で思いっきり歌いたかった。といっても私が子供の頃にはまだこの曲はリリースされていなかったが^^)


エピソード227

昨日の朝、駅で電車を待っているとき黒人男性にtamachiにはどういけばいいか聞かれ、次の電車が磯子行きであることを確認した上で次の電車に乗ればいいと教え、大体30分くらいかかると伝えた。そしたら彼は嬉しそうな顔をしてすぐきた電車に一緒に乗り込んだ。だが、少し離れた場所にいた彼は2駅したらなぜか急に途中下車した。そして近くにいた女性にまた田町への行き方を聞いている様子だった。案の定、女性はこの電車を指さしていたが、それはもう発車した後だった。私は公私で海外に何度もいったことがあり、道を聞くときあまり人を信用せずもう一人のひとにも聞いてみるのがよい場合があることを知っているが、日本人のほとんどのひとは嘘を教えないことをその黒人男性に教えてあげたかった。また、人にものを聞いたら「Thank you」というのを忘れないようにと教育してあげたかった、彼のこれからの人生のために。


エピソード226

一昨日母の顔を見に実家に行ったとき一緒にいた姉からシャインマスカットというタネなしで皮まで食べられて美味しいブドウがあること聞き、えらく興味をもった私は帰りの電車の中で早速妻にlineを入れた。 「シャインマスカットっていう食べやすくて美味しいブドウがあるんだって。今度買って食べようね」っと。 そしたら「しょうは前にそれ食べたことあるよ。そのとき口に合わないって言ってたよ」っと返ってきた。 お恥ずかしながらこの類の話は結構多い^^)


エピソード225

ここ2週間くらい修羅のなんとかといったものなどそっち系の映画ばかり見ていた。きったはったの世界で正義が活躍していくのを見るのがどうも好きらしい。ただ10時間以上もぶっつづけで見る私はおばかさんかもしれない。そんな長時間真剣に見るのものでもない気もするが不思議と後悔はない。


エピソード224

今日頼んでいた杖が届いた。息子が明日から使うものだ。ヘルニアで腰痛持ちの息子は、痛みを和らげるため斜め前に腰をかがめて歩いている。杖があった方が楽だし、はたからみても変な恰好で歩いているよりは杖ついている方がかえって変に思われないというのだ。また、ときどきふざけて背後から背中に飛びついてくる子がいるようでそのとき腰がやばいとのこと。杖を持っていれば背後からとびかかられることもないだろうというのはごもっともなこと。杖で負担が減って腰の状況が好転していくことを切に願っている。


エピソード223

昨日、ひさしぶりに銭湯に行った。水道工事で水が止まったので行くことになったのだが、いわゆる瓶のコーヒー牛乳がおいてあるような下町の銭湯は数十年ぶりだった。初めてだった息子は銭湯を満喫したようで一緒に行った妻よりも長風呂だったとのこと。本人曰く普通より相当甘いコーヒー牛乳だったそうでこれも良かったようだ。先に行った妻に聞いたら定番の富士山の絵は描かれてなかったとのこと。その後一人で行った私が見たのは男湯から女湯にかけて描かれていた壮大な滝の絵だった。帰宅した私は妻に言った。「あれはきっとナイアガラの滝だよ、まず間違いないよ、富士山にも引けをとらない絵だと思うよ、もし今度行ったらよく見た方がいいよ」っと


エピソード222

ふと今は無き父方の祖父の遺言を思い出した。 「しょういちろう、無理はしたらあかんで」 小学校低学年だった私でも覚えられるシンプルな言葉だった。 以来これまでに数十回はこの言葉を思い出し、そのときどきの環境で考えながら歩んできた。 この言葉は私の中に染み込んではいるものの振り返ってみると無理も結構してきたように思う。ただ、限界のぎりぎり手前では引いてこられたように思う。これはおじいちゃんのおかげだと思っている。


エピソード221

昨日通勤途中で1匹の猫が私の進行方向にいた。目が合った瞬間、両目を1秒間閉じた。そしたら猫のすぐ脇を自然と通り抜けられた。先日テレビで相手が目を閉じれば猫は襲われないと考えるようなことを言ってた。どうもほんとらしい。いつもなら猫はさっと逃げるのに違ったものだからちょっと嬉しかった。


エピソード220

漢字を覚え始めた頃だったと思うが、母の真似して聖書の使徒行伝の部分を読み上げてカセットテープに録音したことがあった。母と一人の盲目のユーザーに喜んでもらえたらとこっそり行った。当時子供の私が録音したものは聞き取りにくいところやわからないところがあったと思う。それでも母はそのままユーザーに送った。しばらくしてユーザーの方から感謝の言葉をいただき、私が協力したことについて非常に喜んでくださったよと母が嬉しそうに私に言った。 この事は、昨日テレビでヨシノリ先生の話を知って思い出した。このテレビを見て、大人になった今の私が思うに、当時盲目のユーザーさんに元気をあげられただろう、私が逆の立場ならきっとすごく嬉しく思うから。子供の頃は悪いことばかりしていたと思うが、まれにいいこともしていたようだ。なんだか嬉しい気持ちになった^_^


エピソード219

白熱するオリンピックをテレビ観戦していて、卓球のエッジボールを複雑な思いで見ている。すみませんのジェスチャーの後に、ガッツポーズ。もしくは決定的でない場面ではすみませんのジェスチャーをし、逆に決定的な場面ではすみません無しの猛主張。うーん、すみませんのジェスチャーっているのかな〜と思ってしまう。テニスやバドミントンのネットインなんかもこれに類するかもしれないが、試合前と試合後の挨拶はするとして、途中の義理表明とかはしなくても(統一的にしないようにしても)いいんじゃないかなと思ってしまう。まっ、難しい問題だとは思いますが。個人、相手、自国、相手国、オリンピック精神などいろいろなことが関係してきますからね。


エピソード218

先日私の甥から突然ライン電話がかかってきた。ラインで私のことを見つけ、そしたら無性に電話したくなったのだというのだ。最初のコールは気づかず、ただ甥からのコールがあったことは気づいた。何かご用ですかといったようなことを打ったら電話してもいいですかと返ってきた。今ならいいよと言ったら即座にかかってきた。就職活動の仕方についての相談だった。1時間弱の間私なりに一生懸命アドバイスした。甥が苦労しているのは知っていたし、就職の苦労は私は知り過ぎるほど知っているので。頑張れという私の気持ちが伝わったようで感謝された。少し前に彼のお兄ちゃんの世話をしたのを彼も知っていた。お兄ちゃんにはそれほどのことをしてあげられなかったし、甥にも大したことは出来ないだろう。でも出来る限りのことはしてあげようと思っている。


エピソード217

今年109歳になったおばあちゃんに一昨日手紙を書いた。たまたま暑中見舞いのようになったが、おばあちゃんに気持ちを伝えたかっただけの自分都合の側面の強い手紙だった。 暑さの続く中私の想像出来ないような辛い日々をお過ごしのこととお察しします、私としてはなるべく楽にそして幸せに生きていただきたいと願っています、と気持ちを伝えた。 以前おばあちゃんがもう普通の生活を送るのも苦しいと本音を吐露されたことがあった。滅多にそういうことを言わないおばあちゃんだが私の姉にだけ何かのタイミングでそう言われた。 そんなおばあちゃんに長生きしてくださいねとは思っていても言えない。また大変でしょうが頑張ってくださいねとも言えない。辛いのは分かっているのであえて私の想像を超えるくらい辛いですよね、と言ってあげたかった。 おばあちゃんはお迎えが来るまでは外出するときなど周りの人に対して手本になるようにと辛いのにもかかわらず化粧や身なりや行動を律して頑張っている。そんなおばあちゃんは心底誇りに思うが、少しでも楽に生きて欲しいと私は思っている。おばあちゃんに幸あれ。


エピソード216

今月に入ってからアイスを1個も食べていない。過去20年間、ほぼ毎晩アイスを1個食べてきたが、ときが来るまでやめることにした。それが10年後か20年後かはわからない。もしかするともうそのときは来ないかもしれない。タバコをやめたときと同様、既に禁断症状が出てきているが、最近経験した苦い経験を忘れないために自分に課すことにした。いつか自分が納得できるステータスを築けたときアイスを食べることを再開することにしている。 たかがアイスだが、アイスクリームマンだった私にとっては一大事件(笑)


エピソード215

諸事情により今は少し考える時間がある。最近ふと小説を書いてみようかなと思った。このことを妻に話したらあきれられるとともにこの上ないくらい反対された。 「小説をろくに読まない人がかけるものではなくて。。。小説を書くような人はみんな床が抜けるくらいの量の小説を読んでるんだよ。。。」 っというのが妻のおっしゃること。 でも、妻は知っているかな〜? 私は反対されると意味なく燃えてしまう性格だということを(笑) まっ、私も一応は無謀なことだとは思っていますが ^^)


エピソード214

息子にヘルニアが発覚し、しばらく痛みをこらえ無理してバスケをやっていましたが、限界まで来てしまい、いろいろなことを自分で考え、結局最近バスケ部を退部しました。これまでの経緯を考えると、本人、家族ともなんとも言えないつらいことでした。ただ、本人は担当になったお医者さんを尊敬するにいたり、医学部を目指すと言っております。退部の際に顧問らと少々もめたりしましたが、今はまた息子に笑顔ももどり、私としては前に進んでくれているのでうれしく思っています。顧問や同期の配慮もあり、1年くらいして治ったらバスケ部に戻ることも可能ですが、妻がいうには多分戻らないだろうとのことです。でも、私としてはほんとに治ったら息子にはまた思いっきりバスケをエンジョイしてもらいと思っています。息子のおかげで私はバスケの魅力に出会い、大学に入ってからでもいいです、また息子と一緒に家族ともどもバスケをエンジョイできればなというのが私の切なる思いです。


エピソード213

高校入学した息子はとうとう190cmに達し、クラスでの自己紹介で趣味は「文具を収集することです」といったら笑われたそうな。「おっきいのにそんな趣味をもっているのかってことで笑われたのかなー?」っと分析する息子をみて、笑わずにはいられなかった。


エピソード212

会社の近くにちょっとおかしい信号機がある。今朝その横断歩道を渡ろうとしたら信号が点滅し始めたので急ぎ早に歩き出したがすぐ赤になった。点滅回数はなんと2回。そこそこ距離があるので間に合うはずもない。


エピソード211

今月はインフルエンザA型にかかってしまった。家族などに移らなかったのは良かったが、念のため2回も予防接種をして通勤時早くからマスクをしてたのにもかかわらずかかってしまいがっかりした。Aの後にB型もかかってしまう人もいるそうでそれだけは避けたいので引き続き注意している。ところで、今日は久しぶりに散髪に行った。繁忙期であることとインフルもあってなかなか行けなかったのだが、これでさっぱりした。パジャマの上に上下トレーニング用のウィンブレみたいのを着て行こうかと思ったら妻に止められた美容院っていうのはお客様の服装もみたりしてどうするか決めるところもあるのだからちゃんとした格好していかないといけないとのこと。「はい」と素直に返事しつつ、「やっぱり顔くらい洗ってった方がいいよね?」との軽い発言に「当たり前でしょ!」とのあきれた感じの強い返事。ちょっと軽率だった、笑。ずっと理容院に行ってたときは頭ぼさぼさの結構適当な格好で行ってものだが。


エピソード210

息子は先週から私立高校の受験がはじまったが、初日の受験日の前に義弟から「勝負パンツ」が送られてきた。赤白の大きな水玉模様のど派手なパンツは息子の気を落ち着かせるには十分だった。それをはいて行って良かったということで次もはいていくんだとのこと。義弟の贈り物に感謝するとともにそのチョイスはさすがと思わざるを得なかった。


エピソード209

今日の昼食のとき息子が言った。『ねー、FX顔って知ってる?』っと。妻も私も『はっ?何それ?』っと全く意味不明だった。息子が言うにはFXで有り金を全部溶かした人の顔とのこと。ネットで知ったらしくその顔について詳しく説明され、妻も私も笑いを堪えられなかった。中3の息子がなんでまたそんな情報を?というところが笑えたのだが、一方でFXは儲かる人は凄い儲かるんでしょ?っと言ったので投資の怖さについて話しておいた。


エピソード208

今しがた息子が数学の問題の解き方を聞きにきた。教えてる最中息子は言った。『あー、あとは自分でやるから、あーあー、ちょっと自分でやるからー!塾の先生言ってたよ。どんどん解いちゃうのは教えるんじゃなくて自分で解いて満足しているだけだって』 大人気なく反論した。 『だってまだ教えてる途中だよー!』っと。 だが息子は自分の部屋でやると言って去って行った。取り残された私は地団駄を踏むような気持ちになっていた、笑


エピソード207

宝くじは還元率が低いので買わないときもある。買った瞬間に価値が半額くらいになってしまうと考えられなくもないのだから。でも前回は買った。いつも不思議と当選番号と照合するまでは夢が膨らみ、照合しだすと一気に現実に引き戻される。だってかする気配もないのだから。そして、宝くじがはずれたことで、ちょっと早いが年が明けた気がする。今年も地道に働かないといけないなって思うのだ^_^


エピソード206

今年、中学のサッカー部で一緒だった同期数人と連絡が取れた。うち一人はアメリカに住んでいてFacebookで連絡したら、忘れた頃に返事が来た。 『おう、マジ?!ひさしぶりすぎてカオもわからんぞ!:)』っと言われたので自撮りした写真を見せたら、また忘れた頃に返事がきた。 『うおお、おまえそのまんまだな:) 元気にしてる?』っと。 今朝また彼から久しぶりに連絡があり一人テンションを上げている。とにかく彼は面白いんで。私もひとのことあまり言えないが、笑


エピソード205

息子が塾から帰ってくるなり言った。『ねー、お父さん!褒めていいよ!』っと。両手を広げてカモンってな感じで。中3最後の成績がトータル43/45だったのをちょっと前に妻から聞いていたので、一瞬どうしようか迷ったけど、結局うかつにもちょっと褒めてしまった。


エピソード204

最近、思い切って歯の集中治療を行っている。これまでに1本は軽度の治療を行い、2本は時間がかかる治療を行い、そして2本は抜いた。残すは1本で、来週抜く予定。 最初に歯科医院に行ったとき『以前はいつ歯医者さんに行きましたか?』と聞かれ、『だいぶ昔です』と答えを濁した。歯医者さんは大嫌いで行くまいと思っていたが、このたび考えるところがあって行くことにした。毎日のように通う中、一時は心が折れそうになったが、それもじきに終わる^_^


エピソード203

「どうしよう、五郎丸が見れなくなっちゃったよ?」っと焦っていたら「LINEは動画とか保存しておかないと見れなくなっちゃうんだよ」っと妻に言われ、以前もらったその動画を頼んでもう一度送ってもらった。「わ?い、きたよ?、五郎丸やっと見みれた?、たまに見たくなるんだよね?」って、いったい何の話かってほんとの五郎丸の動画ではなく、1歳2ヶ月のかわいい甥っ子がお母さんが「五郎丸!」って言うのに合わせて歩くのを一時的にストップして両手を合わせるポーズをとる10秒程度の動画の話。めちゃかわいくて皆に見せたいが残念ながらプライベートの動画なのでお見せ出来ない。その甥っ子は最近体調が優れないので、早く元気になることを家族一同こころから願っている。


エピソード202

さっきインフルエンザの予防接種を受けた。2歳くらいの男の子が私の前で、大泣き&大暴れが予想されたが、皆の予想に反して全く騒がなかった。その子は皆から「偉いね〜」と言われていた。私も同感で、修羅場に居合わせずに済んで正直ほっとした。その子を抱っこしていたお母さんがその後すぐ予防接種を受けられていたが、その背中からは若干緊張感が漂っていた。小さな息子があまりにもパーフェクトだったから、お母さんもパーフェクトでないといけないという見えないプレッシャーがあったのかもしれない。


エピソード201

中3の息子はちょっとおませさんだが、やっぱり中学生なんだと思うことがあった。最近、うちのコンセントの一つが調子悪く、近いうちに直してもらう予定なのだが、息子が言うには、『コンセントの壁の中にはお魚さんがいるんだよ!』とのこと。妻と目を合わせて笑ってしまったが、息子は昔柔道の道場でコンセントを開ける機会にでくわしたらしく、そのとき、たまたまネズミさんかなんかが置いといた比較的大きなお魚さんが入っているのを見たらしい。それでコンセントの中にはお魚さんがいるもんだと思ってしまうところがまだお子ちゃまなのだ^_^


エピソード200

大した話ではないが200の節目に書こうと思っていたことがある。 息子は小さい頃、食わず嫌いが多く、成長するかどうか心配したほどだった。白いごはんとマグロの刺身とイチゴばっかり食べていて、食事の量が少なかった。食事のスピードも極端に遅く、噛み切りにくいお肉はいつまでも口の中でクチャクチャやっていた。しまいには『もう飲み込みなさい!』っとの妻の大きな声。それでも息子は首を横にブンブン振って聞かなかった。食事のスピードはさすがに私も心配になり時計を持ち出して息子にスピード感を意識させたのを覚えている。ただ息子は昔から白いごはんだけをおかずなしで食べられる特技を持っていた。当時は白いごはんで生きていたと言っても過言ではないだろう。 時が流れ、小学校に入ってからはおかわりの王様になっていた。スピードも人より早く、いろんなものが食べられるようになり、安堵した。その後は早く食べろではなく、『体に悪いからもっとゆっくり食べろ』っと今日まで言い続けてきた。いつもリスみたいな口をして常に詰め込んだ状態で、ほとんど噛まずに飲み込んでいるようだったので。 今気づけばもうすぐ190cmの大男だ。顔をよく見れば中学生の幼さもあるのだが、街中では高校生や大学生に見られるようだ。心なしか僕は一人で大きくなったかのようなビッグな態度。とはいえ、最近でこそほとんどなくなったものの、小さい頃は厳しく躾けをしてきた。そのせいもあってか今のところ大きく曲がることなく歩んでいるようだ。また、先月の息子の誕生日に妻が『名前のように優しい人になってね』っと言ったように優しい子に育っているようだ。優しさはある意味強さだと思っていて、これからも元気に歩んで行って欲しいと願っている^_^


エピソード199

週先の息子の体育祭観戦で日に焼けた脚とかの皮が今頃になってボロボロととれてきた。家の中に皮がポテポテ落ちているので『いや〜、気持ち悪い』っと大騒ぎ。『早く皮とっちゃいないよ〜』っと言われ、『え〜、あんまり無理にとると痛いんだよ』っと応戦している。


エピソード198

今朝起きたら、中学のサッカー部で一緒だった人から友達リクエストが来ていた。なつかしい思い出が沸き立ち、とても嬉しくなった。私にとって今日はとってもいい日だ^^


エピソード197

私は三色ボールペンを愛用していて、赤、青、黒それぞれの換え芯のストックないと気が済まない。そこに昨日黒のストックがなくなったため文具屋に行ったのだが、あいにく同じ型のものがなかった。そこで妻にネットで注文してもらったのだが、なんと10本入りパックが今日届いた。確かにたった1本ではネットで買えないのかもしれない。まっ、これだけあれば10年くらいはもちそうだからいいかなっと思うし、『これでばりばり働いてね』っと妻も言った^^


エピソード196

最近、息子は、机の上や本棚など自分の部屋の中を整理し、『よし、これで勉強に集中できるぞ』っと言った。また、驚いたことに自腹で大きな壁掛け時計と机につける電気スタンドを購入した。時計は幾つか部屋にあるのに、また電気スタンドもあったのに自分の気に入るものを購入した。これも勉強に集中するために必要だったらしい。そして、集中するためと言って部屋のふすまを閉め、親はシャットアウトされるようになった、笑。


エピソード195

先日参加したバスケのスクールが終わって更衣室から出てきた息子は嬉しそうに言った。『2mあるあの人はシャワーに入っても仕切りから頭が完全に出てたよ』っと^_^


エピソード194

今日3番目の姉がウィーンに着いた。海外旅行とは羨ましい。私は仕事では何度も海外に行ったが遊びで行ったのはだいぶ昔。 そんな姉からLINEが入った。ウィーンには大きな靴がたくさんあるし、スーツケースにも余裕があるので息子のためにみつくろって買ってきてくれるというのだ。無理はしないでねとはいいつつも有難い。30cmの靴となるとここでは種類に限りがあるので^_^


エピソード193

先日かわいい甥っ子が1歳になった。ならわしで一升餅をしょわされたようだが、泣くのではなくめっさ怒ったらしい、笑。 私もその現場にいて見たかった?。怒っててもきっとかわいいんだから^_^


エピソード192

さっき健康診断を受けていたが、体重が3kg減ったのにお腹周りが6cm増えた。担当者が不思議がり、あげくに『これでいいですか?』と私に同意を求めてきた。一瞬固まったが『まーいいんじゃないですか』っと明るくかつなげやりに返答した。正直そんなの場所の測り違いでも誤差大きくない?っと思ったが議論するだけ無駄なのでやめた、笑 いつもエピソードをお読み頂きありがとうございます?? 気付けば200の節目がもうすぐになり、ちょっと楽しくなってきました^_^


エピソード191

思い起こせば数年前、結婚式の2次会で、新郎のほっぺにチューした。その状態で写真を撮られたのを覚えている。新婦とは確か初対面だったと思うが、それがきっかけで私のことを一発で覚えてしまったらしい。新郎は前の会社の先輩で設計を教わり、仕事で真っ向からぶつかったこともあった。その先輩とは常々合いたいと思っていたがLINEを始めたのをきっかけに明日会える運びとなった。わ〜い、楽しみ〜^^


エピソード190

久しぶりに息子とランニングした。私が運動不足ということはあるが、3周のうち1周ついて行くのが精いっぱいだった。多分もう勝てないだろうと思った。 あと、話しは変わるが一つプチ発見をした。太ももの膝付近が昨日の体育祭観戦で日に焼けて軽度のやけど状態になっているのだが、脚を組んで当たっていたその部分が凹んで足をどけてもすぐに元の形に戻らなかった。この現象はエンジニアとして大変興味深い。


エピソード189

体育祭の前夜、200m走下位を示唆していた息子に言った。『ストライドが大きいからきっと有利だよ。最後まで諦めずに走ればいい結果が出るかもしれないよ』っと。調べたわけではないがストライドが小さいと脚の回転数が増加してストライドの大きい人に比べて脚に乳酸が蓄積されやすいだろうと思ったのだ。 昨日体育祭から帰ってきた息子は『お父さんの言った通りだったよ!』っと言った。実際、最後の50mくらいで失速している子が多かった。息子も失速したとは思うが身長が高い分ストライドが大きく他の子に比べて失速率は低かったのだろう。最後の20mくらいで数人抜けたのだから。最初から最後のチャンスをイメージして諦めなかったからこそ出来たのだと思う。最後は胸を突き出しての僅差の2位。他のレースでは見られない接戦だった。息子の嬉しそうな顔を見て私もこの上なく嬉しくなった^_^


エピソード188

体育祭の観戦中、目の前にあるトラロープが私に当たってきた。というのもおじさんがロープに引っかかったからだ。ちょっと痛かったけど今日はなんでも許す。だって、息子の200m走が予想の4位に反して2位の好成績、それも2位以下は超接戦で当人はもちろん親も嬉しく気分がいいので^_^


エピソード187

電車の中、私の前に座っていた男の人、スマホでLINEをやっていた。何か打ち込んでトークしていたようで、その後、スマホをカバンの中にしまった。次の瞬間、カバンから別のスマホを取り出し、またトークしていた様子。 どうして別のスマホにする必要があったのだろうか?LINE初心者の私にはわからないテクニックがあるのかな?^_^


エピソード186

今週末、息子の体育祭があり、組体操の練習をしているのだが、2人でやるときの息子の肩の上に手放しで立つ子は高所恐怖症らしい。なんでまた飛び抜けて背の高い息子との組み合わせになったのか。がっしりしているからなのかもしれないが、お互い大変そう。本番で成功することを祈るのみ。


エピソード185

息子が友達に数学を教えていた。その様子を見ていた妻は『ちょっといっぺんに詰め込み過ぎじゃない。一回休憩した方がいいよ?』っと言った。友達はそうだそうだと思っていたようだが、息子はまだまだきりがよくないとやめようとしなかった。そんなこんなでみんなに『ちょっとスパルタ過ぎ』っと言われた、笑


エピソード184

昨日からLINEを始めた。所用で名古屋から帰りの新幹線の中で登録した。今後所用で兄弟姉妹の連絡が増え、また一人の姉は海外にいることも結構あるので、重い腰を上げることにした。かねてより便利だから妻にやるように言われていたが、いざ始めたら息子はLINEをやめていた。Facebookにしろ一長一短あると思っているのでそれはそれでいいのだが。 PS名古屋のきしめんと味噌カツとコーチン美味しかった?^_^


エピソード183

さっき妻に『チョコばっかり攻撃してるけど無くなったらバニラばっかり食べてもらうからね!』っと言われた。冷凍庫の中にカップアイスがストックされているのだが、最近は息子もチョコばっかり食べている。真似すんなよなっと言いたい^_^


エピソード182

さっき足がつって痛がっていたら、妻に足の裏にホクロがあるのを発見された。それを聞きつけた息子は『あーあっ、もう終わりだ』っと言った。それを聞いた私は超ブルーになった。『お父さんが終わったらこれからってときに自分が困るんじゃないの?』って言ってやりたかったがその前に気力を失ってしまっていた。普段からのかたきをとられたのかもしれない、笑


エピソード181

昨日、映画館である老夫婦がいて、奥さんの方は盲目だった。旦那さんがリードされていて、階段にさしかかるごとに「だん」っといって知らせていた。そのとき思った。旦那さんは映画を見れるが、奥さんは見れない。奥さんは、音声と映画館の雰囲気、また御主人と一緒に過ごす楽しさを味わえるだろう。私はその老夫婦を応援したい気持ちになった。


エピソード180

息子は夏休みの最後の宿題をやっている。美術で模写的に絵を描いているのだが、鉛筆での下書きに時間をかけている。これからまだ色をつけないといけないと聞いたもんだから 『そこはそんなに細かく描かなくてもいいんじゃない?』 っと言ったら 『それじゃ駄目なんだよ。上手く描けなくても時間かけて頑張って描いたことが分かればそれなりに評価して貰えるから僕は頑張って描かないといけないんだよ。』 『ここで手を抜いてもし最低3をとれなかったら推薦は終わりなんだよ』 っと息子は言った。 私はあせあせして言った。『おー、そうか。それなら頑張れ』っと。


エピソード179

最近、ダイエットのため何度か夕飯を抜いたが、やっぱり夕飯を抜くのはきつい。もうやってられないので早く床につくのだが、おながぐるぐるなってしばらく寝れない。でも、朝起きてから振り返ると、結局1時間もしないうちに眠りにつけていたことに気づく。結構寝れるもんだな〜っというのが率直な感想。夕飯抜きの次の日の朝飯のうまいことといったらそれはもう〜^^


エピソード178

先日セミナーがあり、プレゼンター向けに用意された 首からぶら下げるネームカードは、私のだけ後ろの文字2つが欠けていた。確かに私の名前は漢字5文字と長いが、4文字は入るし、いやいやちょっと縮小しても5文字ちゃんと入れて欲しかった。かなり恥ずかしかったが、そこはほらっ、私が得意な知らん顔で2日間やり過ごした、笑


エピソード177

うちの3人の歯磨きの時間を長い順に並べると、 息子 > 妻 > 私 である。 息子は特に長い。 たまに私たちは息子に言う。 「そんなに磨くと歯がなくなっちゃうよ!」 これは大げさかもしれないが、息子はたまに歯を磨きながら寝ることもある。びっくり。私にはぜったい無理。歯磨きに対する考え方が違うようだ ^^


エピソード176

一昨日、スマホの通信データ量が制限越えたため、通信速度が制限されてしまった。初めての経験で「えー、なんで?」と思ったがどうやらyoutubeの見過ぎが主な原因だったらしい。例えるなら翼を失った鳥状態で正直つらいが、来月になればまた元に戻るらしいので我慢しようかなと思っている。でもでも「この状態だとスマホでの株式投資に支障がでちゃうじゃんか」っとは私の心叫び^^


エピソード175

今月はお盆休みを含めて株式投資の成績は最低だった。大金投じているわけではないが、トータル25%ダウンは私の元気を奪うには十分だった、笑。戦意を失ったので株は全て売った状態にしてあった。そのおかげで昨日の世界の株安(来週も続くかも)の影響は受けずに済んだ。もう株はしばらくやめようと思っていたがさらに株安になったら頃合いをみてリバウンド狙いをしようと考えてしまっている^^


エピソード174

来月上映予定の「天空の蜂」は予告編を見る限り面白そう。天空の蜂は、数年前に、前の会社の先輩に文庫本を読むよう薦められた。私はすぐその本を買ったが、600ページくらいあったので読まずに息子に「この本面白いみたいだから読んでみな!」っと言って渡した。今となっては映画を観ればいいかなっと思っている。映画になるくらいだから結構人気があったんだろう。先輩も相当面白かったに違いない^^


エピソード173

『私が作ったものなのに私より先にアップされるのはなんかちょっと嫌だな』っと妻に言われた。幾つかアンパンが美味しそうに焼き上がり写真を撮らせて貰ったときのことだった。『じゃーアップされた後にアップするね』っと言ったら『うん^_^』との妻からの返事。暇な自分が携帯で写真撮るとすぐにでもFBにアップしてしまうと思われたようで、まさに正解、笑。妻に指摘されて逆にすっきりした。 いつも美味しそうな食べものネタを提供してくれてありがとうっと妻に感謝している^_^


エピソード172

『左側だけヒゲを剃り残しているよ』っと妻が息子に言ったら、『違うよ、左側だけヒゲが生えてきたんだよ』っと息子は言った。薄っすらとしたヒゲだが確かに片方だけある。息子よ、あんまり笑わせないでくれ。


エピソード171

先日、映画館で上映を待っていると近くからポップコーンを食べる音が聞こえてきた。本編が始まっても止む気配はなく、なんとか気にしないように試みたが無理だったので、6つくらい離れた空いている席にさりげなく移動した。そしたらもう聞こえて来なくなり映画を満喫することができた^_^


エピソード170

今日一人で映画館に行ったもののチケット売り場が長蛇の列だったので諦めて帰ってきた。歩いて10分で現地に着き、列の長さを見てチケットにたどり着くまでの時間を予想したところ15分後に上映されるターミネーターに間に合わないと判断した。ターミネーターが終わった後のミッションインポッシブルも続けて見ようと計画していたがでばなからくじかれてしまった。 いつもエピソードをお読み頂き、ありがとうございます!


エピソード169

今週の火曜、床屋に行った。始まる5分前に行って待っていたら、9時になっても開かなかった。なんか変だなと思い、シャッターに書いてあることをよく読んだら特別その日が休みにあたることがわかった。その瞬間、ひゅ〜っと風が吹いた気がした。こんなところで一人で待ってて実は休みだったなんて。ひゅーっとか口笛吹いて(ごまかして)その場を立ち去った、笑


エピソード168

先日、中3の息子が塾で夜ごはんの弁当を食べるとき、それまでほとんど誰とも交流を図らなかったが、たまたま1人の男子のところに行って『隣の席いいですか?』と言ったらしい。OKを貰って仲良く一緒に弁当を食べ、話も合ったらしく当人は上機嫌で帰って来たのだが、それにしても声のかけ方が面白い。間違ってはないけどなんか笑える kiki絵文字


エピソード167

先日、姉からメールが届いた。件名は『ヤッホー』だった。別なとき件名を真似してメールを送ったが返信はなかった。因みに私には姉が3人いる。


エピソード166

今晩の会社の飲み会の締めは上手くいった。最近、2回ほど失敗し、一言申し上げた後『よーーお、ポン』のところを『乾杯!』と言ってみんなで乾杯してしまったのだ。やっばり締めで乾杯はまずかったと反省していた。今晩は手をたたいて締めることができ、その後、なんと若い子が『乾杯』と言ってくれて乾杯も出来た。とっても嬉しかった^_^


エピソード165

息子はときどきガンダムにやられる夢を見るらしい。いつも決まって、押し入れからガンダムのプラモデルが出て来て巨大化し、息子に危害を加えるとのこと。すごくリアルな悪夢らしく苦しんでいるようだ。かわいそうに思ったが笑いを堪えられなかった。


エピソード164

息子の自転車のサドルは壊れてしまったので近いうちに交換しないといけない。始めは前後に回転していたが今は左右にも回転する。息子のランニングの伴奏を自転車に乗ってやってるのだが、乗り心地が悪くてつらい。バランスボールに乗っているイメージで、この自転車では多分誰も手放し運転は出来ないと思う。サドルって大事なんだな?と思い知った。


エピソード163

前の会社の営業マンで、今時分はカバンにハンカチを3枚入れておいて順番に使って汗をまめに拭く人がいた。その人は誰もが認める優秀な営業マンだった。


エピソード162

最近、夜、塾帰りの息子のバスケの練習に付き合うことが多い。きついので練習前に1時間くらい仮眠を取っている。帰宅後は息子が筋トレをやっている隙にさっとシャワーを浴び、出たらすぐ寝る。息子が喜ぶのとダイエットになるのを励みに頑張っている^_^


エピソード161

昨日息子が私に嬉しそうに買ったばかりの万年筆を見せてきた。値段を聞いてびっくり、1万円とな。万年筆を何本持っているか聞いたら6本とな。これまたびっくり、私は1本も持ってないので。息子の文具集めはしばらく続きそうだ^_^


エピソード160

今日、前の会社である時上司だった人が、突然私に会いに会社に来てくれた。近くに来た次いでとはいえ嬉しかった。先日発表した論文を見て、会社を知り、訪ねて来てくれたのだ。今日は少し早い時間だったので今度の機会に一杯やりましょうということになった^_^


エピソード159

先ほど、最寄り駅に向かって歩いているとき、おじいさんの運転する自転車に抜かれた。自転車のスピードは私が歩くより少しだけ早い程度だった。そのとき、時間がゆっくり流れるように感じた。


エピソード158

昨日の虫の話で思い出した。息子は小さい頃、ムシキングにはまった。虫は苦手にもかかわらず、いつだったか妻の実家に行ったときにカブト虫取り名人のおじさんについて行って5匹くらいゲットしてきた。自宅にカブト虫を持ってきてからが修羅場だった。うちはみんな虫が苦手で、世話するのに場所を移動させたときなんて『いまあたしやったから次のやつの移動はお父さんやってよね!』ってなもんで、飛びそうになったときなんて大わらわだった、笑。


エピソード157

昨晩、家の入口付近にある蛍光灯周辺で一匹の蝉があばれていた。我が家はみんな蝉とか虫が苦手で中でも私は特に苦手。ドアを開けたら下手すると蝉が家の中に入りそうだったのでタイミングを図るのに苦労した。でも今晩は家の前に蝉がいなかったので笑顔で帰宅した。


エピソード156

今日、何かの集まりで後ろに下がったときに、たまたま後ろを通った人にぶつかりそうになった。後ろを見て下がらなかったのでぶつかってたら私が悪い。このことで、昔、車をバックさせたときに後ろの車にぶつけて少しへこませてしまったことを思い出した。地元でデート中だったようで女性の方が特に怒り、パパを電話で呼び出すときこう言った。『後ろも見ないでバックしてぶつけてきたんだよ!』っと。ほんとのことなのでパパが来てからもおとなしくしていたら『これくらいなら大したことない』と言って解放してくれた。ラッキーだった^_^


エピソード155

どこから漏れたのか携帯に見知らぬ会社の営業から電話がかかってきて出てしまった。全く興味ない内容だったのですぐ切らせてもらったが後味悪かった。だが、ため息と同時にふとエピソードを思い出した。最初の会社でちょっと変わった人がいた。押し売りに近い営業電話がかかってきたとき、その人は「ふーんそうなんですか、なるほどね、ふーん」ってな感じで軽く30分近く相手をしていた。仕事中にそんだけ相手することの問題はおいといて、こうなるとかわいそうなのは電話をかけてしまった人。電話が終わった後、その人をブラックリストに載せただろう。「あの会社のあの人には電話しても時間の無駄!」っとね。


エピソード154

電車に乗ったら3人がけのシートの真ん中が向かい合わせで空いていたので息子と私はそれぞれに座った。次の駅でお互いの隣の人が降りた。私が息子側の空いた端の席に座ろうと立ち上がったら息子はニヤっとしながら横に1個ずれた。それを見た私もニヤっとしながら自分の隣の席に1個ずれた。かくして二人とも端の席に向かい合わせで座ることになった。


エピソード153

最近知人からメールで腰痛対策の情報を頂いた。いい情報だと思うが困ったことに腰を意識するようになりたまに違和感も感じる。気のせいなところが大きいと思う。なにせ頂いた情報は『腰痛は多分に脳に原因がある』というものだったのだから。


エピソード152

つい最近、寄り付き10分くらいの短時間株デイトレを始めたらいい調子だったので『これ行けるんじゃない』っと思っていたら、今朝は倍返しをくらって撃沈した。寄り付き20分くらいまでは値動きが激しいので避けるべきと書いてある本がほとんどだが、へそ曲りで短気な私にはしっくりくるのだ。なんとか投機法を確立したいと思っているが、今の私は正直弱気だ。昨日、息子が英検に受かったのが心の支えになっている。


エピソード151

昨夜、息子は塾から帰ってくるとき、行きは自転車だったのに歩きだった。帰りの途中でバスケの練習に付き合うため待っていた妻が見てびっくり。忘れてしまったらしく『梅雨だったから自転車じゃなかったと思った』とのこと。なんだか心配になってきた。


エピソード150

先日、新聞でいじめの問題が取り上げられているのを見てふと思い出した。最初の会社の上司の一人が『会社の中でどんな状況でも人を孤立させては駄目なんだよ。誰か一人でもその人の側についてあげないと』っと言った。この言葉はシンプルだが私の心に響いた。たとえ皆を敵に回すような状況を作り出してしまった人がいても誰か一人は寄り添ってあげる。じゃないとその人がおかしくなっちゃうから。


エピソード149

息子の名前を決めるとき妻と考えたのは、愛を意味すること、人から呼ばれやすいこと、知り合いじゃないと読み方がわからないこと、義父の一字を頂くこと、あまり全体の画数が多くないこと、字の見た目がかっこ悪くないこと、同じ名前がほとんどないこと。結構いろいろ項目があったが意外と早く決まった。


エピソード148

最近、電車の中で株を売買したとき、電車の揺れのせいで誤って売りのボタンを押してしまって泣きをみた。売ろうと思っていたらまた上がり出したので売り値を変更のため注文画面に戻るよう右ボタンを押そうとした瞬間に電車が揺れ、左の売りのボタンを押してしまった。1分後、急激に値が上がり、それを見た私はがっくし。


エピソード147

先日用あって姉のところに電話したとき姪とも少し話した。息子が何歳になったか姪に聞かれ、15歳といったら後ろからまだ14だよっとの妻の声。あっ、違う違う、まだ14。ミレニアムベイビーだから間違えちゃったっとかなり無理のある言い訳をしてしまった。


エピソード146

昨日、5年くらい振りに、学会で発表した。発表は久しぶりだったので緊張した。質問タイムのとき厳しいご指摘を頂いたのだが、私はそれが嬉しかった。比較的新しい研究なので、遠慮ない本気の意見をもらって次のステップに活かしたいと思ったからだ。


エピソード145

さっき体育館の入口にある鍵付き傘立てに傘を預けた。二桁の番号を設定してロックするのだが、たまたま33にしたらその場所が33だった。『あちゃー』っと思い一瞬考えたが急いでいたのでそのままにした。このことを先に来ていた妻に報告したら『あたしも書いてある番号と同じにしたよ』っと言った。番号の設定であたふたしてたら息子にそうしておけばいいんだよと言われたらしい。帰るとき我々家族3人の傘がいっぺんになくなってなければいいが^_^


エピソード144

新入社員のとき『学校では復習が大事だけど仕事では予習が大事だよ』っと教えてくれた人がいた。是非はともかくとして、私の場合ほんとにそうだな?と思うことが多い。あと、経験と感をもとにした先読みも重要視している。客先との打合せは最後こういう展開になると思うからこれを用意しておこうといった感じで。以前もろに当たったときはなぜかその場にいた皆に笑われた。


エピソード143

今週は息子の英検の面接対策に付き合った。筆記はパスしたが面接は通らなかったので明日また試験を受ける。筆記合格後、3回面接試験のチャンスがあるが、今年はだんだん忙しくなるので次で決めたいようだ。前回より慣れてきたみたいなので次はいけるかもしれない。


エピソード142

前にテレビで美味しいものを食べると凄い難しい顔をする小さな子が紹介されたとき、腹を抱えて笑った。どうしてか分からないが私も美味しいものを口に入れると自然と眉間にシワが寄ってくる。『むむ、これは』『…』『うまい!』って思っているときの最初の『むむ』っていうときに難しい顔になる。


エピソード141

昨夕、会社を出て駅に向かって歩いているとき、1人の女性がタクシーを止めようと手を上げていた。タクシーが少し通り過ぎて止まったのに気付かずにいたので脇を通るときに教えてあげた。そのとき気付いたのだが、その人は携帯で電話中だった。いくら会話が白熱しているとはいえ、ご自分で止めようとしたタクシーのことをもうちょっとケアしてあげないとタクシーの運ちゃんがかわいそうと思うと同時に、エピソードのネタを提供してもらったのでその人に感謝したくなった。


エピソード140

2番目の姉のとこは、チェロの長男、バイオリンの次男、ピアノの長女という構成になっている。長男は投資の甲斐あってかなりのレベルに到達しているが、最近聞いた話では次男もウィーンに留学する機会を得たようだ。ウィーンフィルハーモニーのコンサートマスターのレッスンを受けられることになったと聞いたときは驚いた。経済的な制約の厳しい長女も長男と一緒にロシアで頑張っているようだ。甥や姪が悔いのない音楽人生を歩めるよう陰ながら見守っている。


エピソード139

携帯で人の写真を撮ると顔がぼけることが少なくない。最近は気をつけているので前より多少改善したがまだまだといったところだ。写真は撮った人に渡したり、共有したりしているが、そう遠くないうちに誰かにきっと怒られる。『もっと上手く撮れよ!』っと。私が人の写真を撮るときはお酒が入っているときが多く、『自震』が問題なのかもしれない。


エピソード138

最寄り駅の近くにある医院にはもう引退したが忘れられない先生がいた。内科や外科などスキルは多才で、語学も堪能、それと何より診察が早かった。行くといつも沢山の人が待っているのに20分もすれば自分の診察も終わる。診察の最後にお決まりの言葉『はい、だいじょぶよ?』。最初はこんな早い診察でほんとに大丈夫かなと思ったが、いつしかその言葉を聞くと安心するようになった。


エピソード137

昨夕、会社の一泊旅行から帰宅後、シャワーを浴びる前に裸になって体重計測したら目を疑う数値。しばし固まった後、結局、また服を着てランニングに出掛けた。帰ってきて夕飯を抜き、また明日の朝飯抜きも決意した。テンションが下がっていたが、ランニング中に一つエピソードを思い付いた。それは次に紹介させて頂こうっと。


エピソード136

息子の夢は最近になって変わった。前は尊敬する親友が大リーグに行ったとき彼の通訳をすることだったが、今はプロバスケットプレイヤーになることを夢見ている。通訳も悪くないが、私はこっちの方がずっといいと思っている。現実は厳しいけど夢を見るのはいいことだと思うし。


エピソード135

池袋のジュンク堂書店がオープンし、椅子に座って本が読めるのに大喜びした。ジュンク堂には頻繁に行ったが、最初に読むのはいつも決まって科学誌natureだった。内容はほとんどちんぷんかんぷんなのだが薄い冊子の割りに非常に高価なので手に取りたくなってしまうのだ。


エピソード134

新婚旅行で与論島に行ったとき、パチンコに2度行った。さすがに1人で行けないし、パチンコの面白さを伝えるためにも妻と一緒に行った。最初なので付き合ってくれたが、どうやら妻は行きたくなかったようだ。まっ、与論島まで行ってパチンコ打つべきじゃなかったな、笑


エピソード133

NBAファイナル期間中のある日、息子の服装を見たら、上はカーリーの絵の入ったTシャツ、下はレブロンの短パンだった。どっちを応援しているのか尋ねたところ答えはカーリーだった。ちょっと前まではレブロンの話ばかりだったが、今はカーリーに憧れている。日々筋トレをしているがレブロンのような身体能力は得難い。レブロンに比べればまだカーリーの方が目標にしやすいようだ。


エピソード132

小さい頃、今日は訳あってどうしても学校に行きたくないという日があって仮病を使ったことがある。体温計をコタツの中に入れたら芯にあたって上がり過ぎて焦ったのを覚えている。丁度いい体温を捏造するのは案外難しかった。


エピソード131

父は魚を食べるのが上手だった。いつも骨だけ残してきれいに食べた。昔苦学生で家庭教師をしていたとき『遠慮しないで食べてくださいね』と言って焼き魚の夕飯を出してもらったことがあり、父は喜んできれいに食べた。だが後で『嫌ねー。普段何も食べてないのかしら』っと陰口をたたいているのを聞いてしまった。そのとき生涯忘れられないほど悔しかったと言っていた。息子の私は魚を食べるのが下手だが父と同じ思いを人にさせないように気をつけている。


エピソード130

さっき、息子に声をかけてくれた高校がインターハイ行きを決めた。昨年は行けなかったのと、低迷の気配もあったので、ファンとしては嬉し過ぎる結果だ。何日も応援しに行った甲斐があった。今年は大接戦で、カメラの手が震えるほど感動する場面もあった。完全に高校バスケのとりこになった。息子のテンションも益々上がる一方だ。


エピソード129

昨日はちょっといいことをした。盲目の男性が駅構内のエスカレーターに間違って逆に乗りそうだったのを正しい方に誘導した。大きな声で『逆です』『こちらです』『そうですそうです』っと言っただけだが、その人が嬉しそうな顔をしていたので良かった?^_^


エピソード128

小4くらいのときのある柔道の試合での出来事。 審判:『始め!』 相手:『やー!』 私:『やー!』 お互い近寄って組み合う直前に私が足払いをした。すると相手がスッテーンと倒れた。 審判:『一本!それまで!』 出足払いで一本なんて滅多になく、まぐれだった。試合後、相手が泣いているのを見てなんだか申し訳なく思った。せっかく大会に参加したのに数秒で終わってしまったら私でも泣いただろうから。


エピソード127

小1のとき初めて賞を頂いた。その名も『迷子で賞』。あなたはまいごでしょう、っというものだった。小学生がチームを組んでオリエンテーリングをした際にチーム最年少の私が迷子になったのだ。小学校に辿り着いたとき表彰され、皆に笑われた。


エピソード126

前の会社であるとき『コーヒーカップ洗えよー』っと言われた。ご指摘の通り確かにきれいではなかった。都合のいい言い方をすれば結構年季の入ったカップだった。今の会社ではたまにきれいに洗ってくれる人がいる。とっても嬉しかったのでやってくれた人を探して感謝の意を表した。すると、その方は『いいんですよ?、加藤さんだけじゃないですし』っとおっしゃった。自分と同じような人が他にもいると知り益々嬉しくなった、笑


エピソード125

ある会社でBGMが流れていた。丁度いま頃の暑くなってきたころ、ふと気がつくと『silent night, holly night』と言っている。ここはオーストラリアあたりか?っと思ってしまった。またあるときは結婚行進曲が流れた。それも結構頻繁に。普段あまり動じない私だが、これらBGMの選曲にはちょっと参った、^_^


エピソード124

会社で2ヶ月に1度くらいのペースでコラムを書いている。ホームページに掲載される際、文末に私の名前のメインの一文字が掲載される。これがやりたくて始めたようなものだがだんだんネタも尽きてきた。以前コラムで使ったネタはエピソードにも使い回したくなる、^_^


エピソード123

昨日約2ヶ月ぶりにジョギングをした。ぎっくり腰になって以来躊躇していたのだが、軽めに走った限りまったく問題なかった。久しぶりにいい汗をかけ、夜食べるアイスがいつもより5割増しくらい美味しかった。大したことじゃないけどプチ幸せ kiki絵文字


エピソード122

今週息子は修学旅行に行ってきた。奈良で鹿にせんべいをあげるとき、口にくわえた状態からあげたとのこと。『なんでそんなことしたの?』っとの妻の問いに『えっ、だって誰もやらなかったから』っと息子は言った。我が子ながらわけがわからん。服の胸のあたりに鹿の前足の跡がついたらしいが、『そんなのお母さんの実家の犬のlalaちゃんにされているから慣れてるよ』っとも言っていた。


エピソード121

人からよく早口だねと言われる。でも、委員会で一緒の某有名大学の若い先生は私よりもずっと早口だ。凄く早いのに言い間違えがほとんどなく、一度に結構たくさんのことを話す。私は彼より遅いのに言い間違えが多く、ときに口の動きがついてこないこともある。そんなときは『地球語話そうぜ』っと自分にツッコミたくなる。


エピソード120

先週末も行ったが今度の日曜も高校バスケの試合を見に行く。インターハイの予選を見に行っているのだが、家族からは熱くなり過ぎと思われている。今度は家族で見に行く予定だが、まだ息子が高校にも入っていないのに気になってしょうがない。息子は週末の空いている日はある高校のバスケ部に行って練習に混ぜてもらっている。


エピソード119

昨日から息子は修学旅行に行っている。こういう時は決まって妻と一緒にバーに飲みに行く。前回妻はラムを飲み過ぎてあとがやばかったので今晩は少し自重するとのこと。まっ、こういうのは年に一回くらいのことなのでお酒好きの妻が楽しめるようにバックアップする。


エピソード118

公共の場でたまに思い出し笑いをして声がちょっと出てしまうことがある。そんなときはすぐ咳払いとかでごまかし、にまっとした口元は手でさっと隠す。突然笑うなんて変な人だって思われたくないので


エピソード117

昨晩、妻がヘアドライヤーを使っていると突然ドライヤーが壊れた。そしたら妻はなんと押し入れから新しいドライヤーを出してきて、『そろそろ寿命で壊れると思ってたから新しいの買っておいたんだ。凄いでしょ?』っと得意げに言った。私はびっくりすると同時に、『テレビとか他の電化製品は買い置きしてないよね??』っと即座に聞いた。無いとの返事に安堵した。


エピソード116

息子は塾帰りの夜中に近くの公園の周りをランニングしている。妻が自転車で伴走しているのだが、『もう小さくないんだから一人で走らせれば?』って妻に言ったら、『一人で走っているとつまらないから横から何か話してって言うんだもん』っと返してきた、笑


エピソード115

以前外から帰ってくる息子を玄関先で驚かしていたら、息子もすぐ仕返しをしてきた。私が会社から帰って来るのを見計らって待ち伏せし、ドアを開けるなり、『わっ!』っと言って驚かしてきた。私が不意をつかれて驚いたとき息子は嬉々として笑った。そのうち手を変え、私が帰ってくるとき隠れるのを始めた。妻も黙っている中、私が息子を探し当てると息子はまた嬉々として笑った。


エピソード114

一昨日ふと夜中に目が覚めたら新聞配達の人が来た。時計を見たら2時40分だった。その早さに驚くと同時に以前外から帰ってくる息子を玄関先で待ち伏せして驚かしていたことを思い出した。新聞配達の人が新聞を差し込んだ瞬間に新聞を引き抜いて驚かしたい衝動に駆られたが思い留まることが出来た。


エピソード113

以前、妻が私に言った。『そんなに鼻の頭の上を触ってるとトナカイさんみたいになるよ』っと。私は考えにふけっているとき、鼻の頭の上を触る癖がある。たまにほんとにトナカイさんみたいに鼻の頭の上が赤くなるので気をつけないといけない。


エピソード112

息子は外を歩くとき靴底を地面にする。これが結構うるさい。『スポーツマンなのにかっこ悪いよ』とか『そうやって地面にするから早く靴が消耗するんだよ。お金かかるから勘弁してよー』とか言うことがある。言われると気をつけるので一旦は静かになるが5分ともたずまた『ザッ、ザッ、ザッ、ザッ』


エピソード111

エピソードを考えていると、前と同じのを思いつくことがある。気をつけないと同じネタをアップしてしまいそうだが、それだけは避けたい。そう言えば、実家に行くと母は前に何回も聞いた話をする。レパートリーは大体20個くらいある。嬉しそうに話すので最近はちゃんと聞いてあげている。昔は『その話はこれで3回目』とか言っていたが、笑


エピソード110

たま?に回転寿司に行くとエンガワばっかり食べる。若い頃はトータル20皿はいってたが、今はいいとこ12皿くらい。内、エンガワが3皿か4皿。気にいると同じのばっかり食べる癖があり、エンガワとの付き合いはかれこれ20年くらいになる。


エピソード109

大学のとき、腕時計を数種類持っていてその日の気分に合ったものをつける友達がいた。私は2千円くらいのを買って動かなくなるとまた同じようなのを買うのを繰り返していた。結婚してからは妻が買ってくれる大体3万円くらいのをつけている。義弟は私の20倍くらい高価な腕時計をつけている。


エピソード108

今の会社に転職するとき、大地震がきても建物が大丈夫かどうか頭の中でシミュレーションした。その結果、建物は比較的高くスレンダーだが倒れやすい方向は建物と建物の間に挟まれているため倒壊には至らないだろう、また新設計基準で作られていてかつ途中階で構造が変わることもないため崩壊することもないだろうとの見解に達した。私がエンジニアだということはあるが、転職の際にここまで考える人は少ないだろう


エピソード107

大学4年で研究室に入ってからは『終夜(しゅうや)』ばっかりしてた。夜になっても明日までの課題が終わらないときに学校に泊まってやるのが普通の終夜。私の場合、泊まって卓球したり、麻雀したりすることもあった。もちろん普通の終夜もあるので家に帰る日は少なくなった。極めつけは、風邪で高熱が出たとき学校に2泊し寝続けて直したこと。家に帰るのもおっくうになるくらい体がだるかったのは事実だがそれでも今思えばやはり家に帰るべきだった。まっ、あたりまえか。


エピソード106

大学の親しい仲間のあいだで一時期流行ったのが『ごっつぁん』。これは当時コンビニとかで売っていた安い紙パックの日本酒の名前で、『今晩もごっつぁんやる?』と誰かが言った。ある友達の下宿先アパートの一室で10人未満が真ん中に置かれた多量のごっつぁんとワンショット用コップの周りを取り囲むように座る。罰ゲームで一杯づつ一気して行くのだがこれが結構きく。最後の方はみんなハイになって大騒ぎ。しまいには大家さんからじきじきの警告があり終了。それは4日目くらいのことだったが3日目には皆もうほんとはつらくてやりたくなかった。でも、誰かが『お前、弱いよー』と言うと『わかったよ、じゃーやるよ』っと言って皆毎晩一路そのアパートへ。デフレスパイラルが終わったときは正直ほっとした。


エピソード105

私が最初に就職した会社は就職後9年目のときに民事再生を経験し、その際に転職する道を選んだ。父は終身雇用だったが、早くにその難しさを知った。その後、キャリアアップのため2回転職をした。最初の会社で平穏無事に定年まで行けるならそれが一番いいだろうなと思う反面、いばらの道を歩んできたからこそ耐力がついたんだとも思う。


エピソード104

エピソードの中でときどき『前の会社で…』と書く。自分と関係者の個人情報が特定されないように書いているのだが、実は前の会社は3社ある。今の会社は4社目で3回転職をしている。そういう意味では私の知人でも話しのネタがどの会社のときのものか特定するのは至難のワザ。なので個人情報は守られていると思う。3回も転職していることについては次のエピソードのネタにしてみようっと。


エピソード103

この前、会社の飲み会で、レバー刺しがうまくておかわりしつつたくさん食べていたら、『加藤君ってほんと生きたいように生きてるよねー』って言われた。ニュアンスを伝えるのは難しい。そのままの意味もあったと思うが、若干皮肉も入っていたと思う。でも、おバカな私は『はい、その通りなんですよー』っと元気に返事をしてしまった、笑


エピソード102

最近の息子は何か指摘されるとすぐ『違う、違う!』と言う。自分では気づいていないと思うが、口ぐせになっている。反抗期ということもあるが、思い出してみるとバスケのスクールの先生がよく『違う、違う』っと言う。息子が先生の影響を受けたのはほぼ間違いない。ただ、先生はほんとに違うときに言っているのに対して、息子のは大体指摘された通りで『違わない』のである、笑


エピソード101

息子の携帯の暗証番号が私と同じということが判明した。息子に対して『そんなの真似してどうすんだ』っと思うと同時に自分に対して『なに教えてんだ』っと思う。妻はその気になれば私の携帯も息子の携帯も見ることができる。でも、うちの奥さんはそういうことはしない人


エピソード100

100の節目に書こうと思っていたことがある。息子が2才くらいのときに家族で富士急ハイランドに行った。私はそこで人生最大の失敗をした。原因はさておき肩車していた息子を後ろに落としてしまったのだ。息子は地面に頭を打ったが、たまたま後ろに通りがかった家族のお子さんの上に落ち、その子がクッションになって大事には至らなかった。その子も無事だった。私はその子に一生感謝し続けると共に息子が後遺症もなく無事だったことに感謝し続ける。抱っこして運んでいるさなか大泣きしながら私の胸に嘔吐していた息子を見て神様なんでもしますから助けてくださいと心の中で叫んだ。近くの病院でMRI検査を受けて異常がないとわかった後も私はしばらく青ざめた顔をしていたようだ。私は、今、元気な息子を見ているだけで幸せだ。神様がもしあの時の借りを返しなさいと言ってきたら従わないといけないだろう。


エピソード99

はじめて妻の実家に行って、『娘さんと結婚させてください』っと言ったとき、半分パクリだが『娘さんと結婚したら私が幸せになれる自信があるので、きっと娘さんも幸せに出来ると思います』と言った。今、少なくとも私は幸せだ。ちょっとこわいが今度妻にも幸せかどうか聞いてみようかな?


エピソード98

ちょっと前、英語をイヤホンで聞きながら寝てたら片方の耳の聞こえが半減した。その兆候が出てからは寝そうになったら必ずイヤホンを外している。その後、聴力は比較的すぐに回復し、心底ほっとした。試したことないけど、寝ながらイヤホンで音楽を聞いてても耳に支障をきたすのかな??


エピソード97

先日、バングラデシュの大学教授からLinkedinに参加するようにとのメールが届いた。最初、Linkedinを介して誰かよくわからない人から友達リクエストをもらったような感じだったので確認ボタンを押さずそのままゴミ箱へ。1週間くらいしたらまた来た。『しつこいなーっ』と思ったら今度は顔写真付きでしかも知ってる顔。『やばっ、先生だ』ってことで今度は即座にボタンをポチッ。 そしたらまずLinkedinからアカウント作成の要求。Linkedinについてネットで調べたら大丈夫そうだったのでそれに応じた。なんやかんやその先生のリクエストに応えたが、もうお付き合いはないだろうと思っていたので次に何て言ってくるか期待と不安。あと、連絡を取り合うなら普段使っているFacebookの方がいいのだが。


エピソード96

中3の息子は昨日中間テストだった。今回はかなり勉強していた。勉強は嫌いと言っているが、必要性を感じてやっているようだ。永遠のと言っていいくらいのライバルが1人いて、彼に負けたくなくて頑張っている部分もある。前回はじめて勝ったようだが今回は相手もリベンジに燃えているはず。連勝できるか見ものだ。


エピソード95

毎朝8時ジャストに母からワンコール切りの電話がある。これは一週間くらい前から始まったのだが、ロシアにいる二番目の姉のアイデアだ。高齢の母は平日一人でいるのだが、こうすることで毎日無事かどうか確認できるというのだ。私が代表して母からのワンコールを受けているのだが、待っているときなんとなく落ち着かない。


エピソード94

昨日くらいからときどき左肩の下の腕の筋肉がピクピクする。1分くらい続くので、俺もしかしてやばいのかと思った。が、ネットで調べたら同じ悩みを抱えている人がいて、その人向けの回答を見る限りどうやら心配には及ばないようだ。良かった?^_^


エピソード93

都内に赤羽という駅がある。それじゃー、青羽という駅もきっとあるでしょっと思いたってネットで検索をかけたらヒットした。ほらね!っと得意げになっているのも束の間、ニコニコ鉄道株式会社という実在しない鉄道の駅名だった、笑


エピソード92

昨日飲み会のとき、会社の人に言われた。『加藤君は掃除がほんとてきとうだよね』っと。会社の皆んなで分担して掃除することがあり、結構真面目にやってるつもりだったのでプチショック。でも凄くしっかりやる人と比べられれば、てきとうなのかもしれない、笑


エピソード91

昨日、大学時代の友達からメールがきた。年賀状を整理してたら私のメアドを見つけたとのことで、自分のメアドを知らせるとともに、今度会おうとのお誘いだった。珍しく年賀状が活躍した。


エピソード90

私は月に1度歩いて2分のところの散髪屋にいく。大体いつも8:55にはいく。9:00に店の主人がシャッターを開けるなり、「おはようございます」っといって中に入る(たまにビックリされる。開けるなり人が前に立っているので)。主人は私と大体同じくらいの世代で話がはずむ。おっと、そろそろ支度しないと8:55に間に合わなくなる ^^)


エピソード89

息子はあぐらがかけないので体育館でも正座だ。はじめは我が目を疑ったが、今はもうなれた。体育座りも苦手らしく、大きな体して、1人だけちょこんと正座している姿は微笑ましい。『バッシュー履いて正座すると血が止まるよ』っと息子は言った。笑


エピソード88

一昨日、都内でフランスの友達と会った。英会話の準備不足だったが何とかなった。きっとお酒のおかげだ。お酒を飲むとフランクになれ、平気で大きな声も出せる。そうすると結構伝わるようになる。私が勝手にそう思っているだけなのかもしれないが、笑


エピソード87

確か高校の数学の先生だったと思うが、重要な公式が出てくると『これはおまんまのたねですからね』っと言った。大学や社会にいって使う可能性が高く、飯を食ってくための基本知識になるだろうという意味だった。何気なく勉強するよりは格段にやる気が出た。更にどういうふうに役立つかまで教える先生がいるかもしれないが、そういう先生は私の理想とするところだ。


エピソード86

先日、世紀のボクシング対決があった。だいぶ前から注目していた。妻の実家に1人だけ先にいってwowowで見させて貰おうかと思ったくらいだ、笑。結果はイマイチだったとのこと。今となっては無理して見に行かなくてもよかったなと思うことにしている。


エピソード85

昨日は家族で高校バスケのインターハイ予選を見に行った。おめあては息子にスカウトしてくれた高校だったが、残念ながら惜しいところでインターハイ出場を逃した。印象に残ったのは、大きなセンターの選手が1人いて、その人の影響が大きかったことだ。息子がバスケ部で試合に出たときの光景を彷彿するようだった。その意味で感情移入してしまったようで、試合後しばらく気分が晴れなかった。 でも、今日は久しぶりにかわいい甥っ子に会えるので、気分は日本晴れ! 楽しみでワクワクしてます^_^


エピソード84

先日会社で今年は希望があれば健康診断を例年より早く受けられますよとの案内を頂いた。それに対して私は昨年と同じ時期かそれより遅目でお願いしますと返答した。理由はこうだ。胃の検査でバリュームを飲むのが毎年憂鬱なので健康診断は前倒しというよりむしろ後ろ倒ししたいのだ。


エピソード83

数年前、インドで蚊の群れに囲まれたときはほんとに困った。蚊に刺されるのはやだし、蚊に刺されることで何か病気になるのもご免だった。でも、インドではたとえ虫でも殺生は御法度。なので人目につくところでは軽めに振り払うのが精いっい。たまに人の目を盗んではおもいっきり抵抗したが。あのときはほんと辛かった。


エピソード82

最近、息子は線路脇の歩道でバスケの練習をしている。バスケットボールと軟式野球ボールを持って行き、妻が息子の練習に付き合う。その場で両手交互にバスケットボールをつき、空いている方の手に向かって近くから軟式野球ボールを投げてあげるのだ。息子はそれをキャッチして妻へ投げ返す。そんな練習の中、妻が上手くボールを投げられなかった時、『チッ』っと息子は言うんだとのこと。妻は苦笑しているが、息子はお母さんの有り難みがまだよくわかっていないようだ。


エピソード81

昨日、公園のベンチにボーっと座っていた。しばらくして、ある男性(私より少し若い)が左斜め前方からだんだん近づいてきた。彼は私が座っているベンチの片端に腰をかけ、何か話しだした。耳を澄ましているとどうやら私に話しかけているようだった。はじめは、知らんふりをしていた。 『何か話しませんか?(彼)』 『...(私)』 『なんか話したくなっちゃうんだよなー(彼の独り言)』 『...(私)』 『今日は言い天気ですね(彼)』 『そうですね〜(私)』 っとだけ言って飲み終わった缶コーヒーを近くのゴミ箱に放り込み、その足でその場を立ち去った。後で、なんかかわいそうなことしたかな〜っと思ったが、そのときはもし変な人だったら面倒だなという思いが先行してしまった。自分も多少変だと思っていて、実は変な人は嫌いではない。が、もしトラブルに巻きこまれた場合、私だけならまだしも家族にその影響が及ぶ可能性があるので消極的になってしまうのだ。


エピソード80

小3の頃、近所の3つくらい下の男の子と毎日のように遊んでいた。ある日その子の家で戦闘ごっこをして遊んでいたら突然『いまのはひどいよ、警察に言うからね』っ的なことを言われた。冗談だと思って『いいよ』と言ってほっておいたら、少しして別の部屋で彼のお姉さんと話していたところに彼が来て『しょうくん、警察の人が呼んでるから来て』っと言われ『はー?』っと思いながらついていったら電話の受話器が本体から外されておいてあった。その電話に出てみると相手は警察の人だった。『しょうくんかな?、仲良くしないとだめだよ』っ的なことを言われ、私は驚き『はい、はい』っと応えた。電話を切ったあと私は半べそだった。 いつもエピソードをご愛読いただきありがとうございます^_^


エピソード79

昔息子に言った。コリオリの力の影響で北半球と南半球ではトイレの水を流すときの渦巻く方向は逆だよっと。オーストラリアに行ったとき逆向きになって渦巻くのを見て感動したのを覚えているがたまたまだったようだ。先日テレビで、大きな湖の底に穴が開いてそこに水が吸い込まれるときの渦巻く方向は北半球と南半球で逆転する可能性があるが、トイレの水たまりくらいだと地球の自転の影響は僅かなためはっきりした違いは認められないだろうとの説明があった。息子にそのことを言ったら怒られた。しょうがないので『お詫びして訂正いたします』と申し上げた。


エピソード78

小額だが株式投資をやっている。困ったことに、私が売ると急に株が上がり、買うと急に下がる。結構それが続いている。『確率的に凄くない?才能ないから止めた方がいいんじゃない?』っと思いつつもこれまでの僅かな利益にしがみついて止められずにいる。


エピソード77

んー、77はいい数字だ。エピソード100も近くなってきたし何だか楽しくなってきた。 さて、今日のエピソードもたあいもない話だが、うちの冷蔵庫の中の一番上の段にはレモンジーナが一本入っている。だいぶ前に何本かあり、最後の一本になったとき、息子は炭酸も控えることにしたので残っている状況。『じゃー俺が飲んでいいんだよね?』っていったら、横から妻の駄目出しをくらった。『冷蔵庫を開けたときにレモンジーナがあっていつでも飲めるなって思うことが今の自分の支えになっているんだから』っと妻は言った。


エピソード76

昨日のネパール地震の後、隣国のバングラデシュの友達から無事の知らせが届いた。一安心したが、余震に気をつけるよう申し上げた。今回、マグニチュードが大きく、また震源の深さが比較的浅かったため、大震災となっている。今は、被害を拡大する余震が起きないこと、そして1人でも多くの人が救出されることをただただ祈る思いだ。


エピソード75

一昨日息子はある私立高校のバスケ部のコーチからスカウトされた。一昨年のウィンターカップでベスト8までいったとこなので、息子のテンションはますます上がってきた。通っているバスケのスクールで声をかけてもらい、とてもありがたい話だが、今のところ応じる可能性は低い。県内一の公立高校に入って勉強と両立してバスケをやる目標があるからだ。バスケでご飯を食べていくのは難しいことなので、よっぽどでない限りはバスケメインの道へ進むのを親としては承諾しかねる。ウィンターカップには出れないかもしれないが、凄い選手になればどの高校にいても代表に選ばれることは可能だろうから。


エピソード74

息子が憧れている親友は、この前、一人で3000m級の山に登ったとのこと。しかも途中でテントをはって1泊したとか。彼は息子と同じ中3だが、中学に入ってから急速に活動範囲を広げている。今度は一人でロシアに行くといっているらしい。そんなことを息子は目をキラキラさせながら私たちに報告する。彼の活躍はわがことのようにうれしいらしい。彼も息子のことを一目おいているらしいが。


エピソード73

息子は最近家でチョコや飴をつままなくなった。バスケのためとのことで、もうすぐ一週間になる。今回は本気っぽい。筋トレやランニング、ドリブル練習などを毎日のようにやっているし、『ねー、見て見て、こんなこともできるようになったんだよー』って見せに来ないで黙々やっているから。


エピソード72

先日都内に超インパクトのある選挙ポスターが出た。昨晩彼のサイトを見ていたらあっという間に2時間が過ぎてしまった。今一つだけ自分へのメモを残すとしたら『彼は私よりだいぶ若いが私より何倍も考えている』ということだろう。正直まだ偏見は残っているが。


エピソード71

最初の会社で、ある年の技術発表会にお招きした偉い先生は大きな箱状の革カバンを持っていた。上司に促され、『お鞄を席までお持ちします』と言って預かったところ異常に軽かった。表面が革製に見え、カバンだけでもある程度重いと思っていたら、カバンは軽いし、中はきっとすっからかんで超軽かった。先生のカバンはきっと見栄だったのだろう。


エピソード70

父は私たち家族に常々こう言っていた。『人と接するときは愛情ではなく愛をもって接しなさい』っと。息子にもいずれ伝えるつもりだが、難しい話である上に賛否両論ある話だ。『情をかけるのはそのときはいいかもしれないがその人の後々のことを考えるとためにならないことが多い。だから、そのときはたとえ恨まれようともその人にとって良いと思うことをしてあげなさい。』っと父は言っていた。そんな父を私は誇りに思っている。


エピソード69

新入社員研修のとき人事課長は言った。『挨拶には上も下もない。それが社長であっても』っと。正しいかどうかはおいとくとして、私はこれに共感している。昔、フランス関連の映画だったと思うが、事業で成功を収めた初老の男性がビジネスで成功を願う一人の若者に『ボンジュール』と言いながら握手する最初の挨拶の練習をひたすら繰り返させてついには挨拶力のおかげでビジネスが上手くいくという話。私はこの話にもすごく共感していて、自分の人生に活かさせてもらっている。


エピソード68

この前、義弟が息子に言った。『もし将来何か活躍してテレビでインタビューを受けるようなことがあったら、そのときは俺の名前を言ってお世話になったっていうんだよ』っと。面白過ぎた。まず息子がインタビューを受ける可能性があると思うあたり。それからそれを見越しての面白い発想。息子が義弟にすごくお世話になっているのはほんとのことだが。


エピソード67

妻は2ヶ月に1回は必ずこう言う。『犬が欲しい』っと。平時は黙ってやり過ごすのだが、アルコールが入った後の妻はそれを許さない。『ねー、買ってー、ねー買ってよー』っとくる。その場合決まって私はこう言う。『ここは借家だから飼えないでしょ?』とか、『実家にlalaちゃんがいるでしょ!』とか、『犬と散歩さしてくれたり、犬カフェなんかも探せばあるかもよ』っと。あと極めつけは『たくさん稼いでいつか家と犬を持てるように頑張るからさー』と言う。最後のは本心でもある。


エピソード66

この前、秋葉原で満員電車の扉近くに辛うじて乗り込み、扉が閉まるのを待っていたら、北欧系と思われる家族4人がホームにいることに気がついた。大人同士は何か相談しているようだったが、うち1人の女の子はこっちをじっーと見ていた。『やだなーあんまりこっちを見ないで』っと思ったが、その女の子は多分こんなことを思っていたのではなかろうか。『わーっ、面白い、信じられないくらい混んでる。みんな押し合いへし合いで大変そう♪』っと。


エピソード65

昨日『これ地震か?』って言ったら、息子が『違うよ、それは自分が振動する自震でしょ?』っと返してきた。後でネットで調べてみたら自震という単語で幾つかヒットした。妻に続き今度は私が息子に教わるはめになった。


エピソード64

息子が最近妻に言った。BGMって何の略かわかる?っと。んー分からないと言ったら、background musicだよ!っとさも得意げな様子。それから、息子はときどき、私が会社から帰ってくるなりバスケのハンドリングで新たにできるようになったことなどを半ば強制的に披露する。体は大きいが、まだまだお子ちゃまなのだ^_^


エピソード63

ミレニアムの頃、タバコをやめた。父が肺ガンでなくなったのと息子が生まれたこと、それからタバコのせいで体調が悪くなったことが理由だ。何度もやめては挫折して再開するのを繰り返してきたが、これだけの理由が揃えばさすがに今度はちゃんとやめられた。でも、やめてから相当たつのにタバコの魅力をいまだ忘れられずにいる。吸ってたときは1日2箱はいってた。友達にチェーンスモーカーと言われたこともあった。体に良くないのはわかっているがメリットも知っているので老後にまた再開するかもしれない。ただ、その頃タバコの値段はいったいいくらになっているのやら^_^


エピソード62

この前、フランスでテロがあったとき、フランスの友人に大丈夫かと聞いたら彼の関係者は皆無事だった。彼は自由のために出来ることはなんでもすると言っていた。心配だったので気をつけてねと言った。それと、こんなことも言った。『早く平和が訪れることを望んでいるが私たちはそれが難しいことを知っている。宇宙人が攻めてきたら人間はみんなで一致団結出来るかもしれないが』っと。そしたら彼は『それが唯一の方法だ』と返してきた。毎朝、通勤時の満員電車の中、この世から争いごとが消える難しさを感じてしまう。


エピソード61

韓国は仕事でよくいった。営業?でカンナムスタイルを何回踊りながら歌ったかしれない。友達も出来、結婚したばかりの家に招待されたこともあった。結婚したての家への持参物の一つにトイレットペーパーがあるのに驚いたが、長いので長く続くというゲンを担いでいるのだ。また、彼らは通貨危機を経験しているため、家の奥に金が保管されているのも珍しくない。食べ物ではキムチが苦手だったがどうにか食べれるようになったし、ビールに焼酎を入れて飲むのにも慣れた。明後日はまた韓国の人達と一杯やることになるだろう。今度は東京あたりかな、またたくさん飲むことになると思う^_^


エピソード60

息子の弁当は私のよりだいぶ大きい。これは近い将来のエピソードのネタになると思っている。 Left one is for my son. Right is mine.


エピソード59

高校は帰宅部だったが、サッカー部と美術部にそれぞれ数日お世話になった。サッカー部は最初のランニングが嫌で入部を断念。美術部は、美術の授業でメロスか何かの塑像のデッサンがあったとき、デッサンにはまって時間が足りないものだから入部して納得するまで描いた。美術の先生に見てもらったら『君の絵からは重さが感じられない』との一言。どういうことか理解できずにそのまま自然と退部する形となった。


エピソード58

腰を痛めて感じたこと。駅中のエレベーターや手すりのありがたみ。いま大きな地震がきたらどうしようとの不安。それからマスクの便利さ。マスクは、インフル対策や花粉症対策の他、腰の痛みでゆがむ顔を隠してもくれる。よちよち歩きは、桜の花びらがたくさん落ちるのを感じれる。


エピソード57

昨日、人生初のぎっくり腰になった。 重症ではないが息子をバスケのスクールに連れていくのは無理だったので、急遽妻に代わってもらった。朝から外で幾つか用をこなし、家で早めの昼飯を食べ、さあそろそろ行こうかと思いソファから立ち上がるときになった。急に行くことになった妻はお昼ごはんを食べる時間がなく4時くらいに帰ってきて『あーお腹空いた』と連呼した上で遅飯を食べた。それなのに私は家でお菓子まで食べていたので妻に怒られた。でも私がほんとに痛そうにしているのでいたわってくれている。でもでも、私が歩いてるのを見て『ペンギンさんですか?』、また私が家の施錠を確認するのを見て『ぎっくり腰になっても地球防衛軍なんだね!』と言っては笑い、 楽しむのも忘れていない。今日は昨日よりいくらかいいがそれでも家で安静にしているしかないと思っている。暇なのでスマホばっかりいじっているが、明日会社に行けるか心配になってきた。


エピソード56

うちは3階建てのアパートの2階の一住戸を借りている。確かエイブルではマンションとなっていたが、どうみてもアパートに見える。調べてみたら3階建て以上の集合住宅はマンションの類に入るようだ。4階建ての鉄筋コンクリート造からじゃないの?と勝手に思っていた。このことを知った後も知人に話すときはうちはアパートですと言っている。そのうちのアパートなのだが、ここ数年、空きが多く、引き払うのではないかと心配したくらいだ。以前、2年ごとの更新時期が近づき、大家さんに空きが多いようですがまだしばらくいられますか?と聞いたら笑顔でずっといてもらって構いませんと返事をもらい安心した。空きが多いとちょっと寂しいが、ほとんど周りを気にしなくて済む点は楽だ。息子が家の中でちょっとバスケットボールをつくくらいはセーフと思われる。


エピソード55

先週の日曜日、昼から酔っぱらって家で寝ていたら、息子が私のギターを触っていた。シャカシャカ音がしたので気づき、なんだやりたいのか?って聞いたらうなづいたので使い方を少し教え、ギターセットはあげてしまった。ほとんど使わない私が持っていてもしょうがないので。以来息子は勉強とバスケの練習の合間にギターの練習もするようになった。それから、息子は最近バスケットのゴールリングに指の第一関節がかかるようになってきた。夢のダンクが視野に入ってきた。ジャンプ力を鍛えて足りない分をうめるつもりだ。いつの日か息子のダンクを見てみたい。


エピソード54

息子の小さい頃のことを考えていたらもう一つ面白いことを思い出した。あれは5歳くらいだったと思うが、ある日息子は壁に背中をつけて体育座りし、ひざもとには大き目の本を抱えていた。本が大きいというよりは息子が小さくて体の半分くらいが隠れていたのだが、『ふ?ん、本を読んでいるんだ?』と思いながら何気なしに息子のそばを通りかかったら突然息子がビクっとした。なんかおかしいなと思って近寄ってみたらなんと本に隠れてゲームをやっていた。ゲームをやっていい時間ではなかったがどうしてもゲームをやりたかったのだろう。息子の初めての悪知恵だったのだがまだサンタさんを信じていた純心さでは悪に徹しきれなかったのだ。私は怒るより前に笑ってしまった。


エピソード53

息子が3歳くらいのときのある日、処分すると決めたパソコンを触らせた。普段は触っちゃダメと強く言ってたのでさすがの息子も触らずにいたが、触れるとなったら『キー』ってな感じの奇声を上げながらそれはもう夢中になっていじっていた。最初はほっておいたが、そのうちコンセントの方をいじりそうになったのに気づきストップをかけた。そのとき、パソコンは見事に破壊され、画面には変な文字がたくさん出ていた。フロッピーディスクを入れるとこには紙が詰まっていた。息子のそのときの姿を例えるなら『水を得た魚』だったと思う。お猿さん状態だったと言った方が正しいかもしれないが。いやー、それにしてもあの時の息子の姿は面白過ぎた。残念なのは妻がお風呂に入っていてそれを見逃してしまったことだ。以来私はそのときの状況を妻に何度となく説明してきた。息子はその出来事も手伝ってか理科の実験大好き男になった。


エピソード52

前の会社である日の昼飯どき、お弁当のふたを開けた先輩が、少し間をあけてからこう言った。「何から食べればいいんだよ!?」っと。それを聞いた私は笑いをこらえるのに必死だった。今もこれを書きながら当時のことを思い出して笑ってしまっている。私は妻に弁当をつくってもらっていたが、私もたまに会社に配達されるお弁当(毎朝所定の紙に書いて申請すると食べられる)にお世話になった。確か1食350円くらいで安かったと思うが、その先輩がいったように、メインのおかずが何かわからなく食欲をなくすようなお弁当のときがたまにあった。先輩がぼやいたとき私は会社のお弁当ではなく、「えっ、どうしたんですか」などと白々しく近寄る事はできなかったが、見なくても大体想像がついた。人の不幸を笑うなんて私はとっても悪い人。


エピソード51

確か高1のとき、体育祭の練習だったか何かサボったのをみつかり、私を含め10人弱の人たちが体育教官室に呼ばれ、思いっきりビンタを頂戴したのを思い出した。「お前ら何で呼ばれたかわかるな、一人づつ前え出ろ!」と一番怖くて強そうな先生に言われ、私が一番最初に前に出た。次の瞬間、もの凄いビンタが飛んできた。大きな私の体が半分ふっとんだ。でも血はでなかった。後になって一緒にビンタを食らった者から、「加藤ちゃんより俺のビンタの方がひどかったよ〜、ほら口の中切れてるし。加藤ちゃんはいさぎよく最初に前に出たから軽かったんだよ。ちょっとずるいよ〜」っと言われた(笑)。「え〜、そう?俺もかなりひどかったと思うけど〜」っと一応反論。でも、こういう経験を一緒に積んだ人たちは、「同士」に感じた。褒められたものではないが不思議と皆そう感じたはずだ。今となっては思い出の一ページになっている。それから、中学の部活では、ビンタ+私だけ蹴りを頂戴したときがあった。それ相応の理由はあったし、先生からの「愛」を受けたと思っている。これも忘れられない思い出。これらはむか〜しの話で、今は体罰は厳しく取り締まられている。


エピソード50

息子の球技大会の日が近づいてきた。もちろんバスケで出場するのだが、今までの経緯もあり、本人はめずらしく気合いが入っているようだ。私も「必ず優勝しろよな」っと激をとばしている。思えば、私も球技大会ではハッスルしたもんだ。高校1年と2年のサッカーの球技大会では優勝したし、また大学関係のサーカーの球技大会や前の会社のフットサル大会でも優勝したことがある。高校2年の球技大会のときだけはタレントがそろっていたがそれ以外のときは他にもっとうまいチームがいた。勝負を決するのは気合いだと思っている。2週間前から、前日、当日、勝つための練習と気合い、勝つためにはどうするかのイメトレ、勝つためには何でもするぞとの強いモチベーションを継続するのだ。球技大会や会社のフットサル大会でそこまでするかということはあるが、私は大の負けず嫌い。高校3年のサッカーの球技大会で優勝できなかったことが今でもときどき悔しい思い出となってよみがえる。逆に優勝した時の喜びは最高、思い出としても最高。皆でつかむ難しいものだから得られた時の嬉しさは格別。タレントがそろっていなくても皆で結束し、皆の気合いの総和が他のチームより上回っていれば勝つチャンスはあると思っている。息子よ、「気合いだ」「気合いだ」「気合いだー!」。 って、そういえば誰かが言ってたような気がする。俺、あの人好き。


エピソード49

うちで一番足りないものはトイレだと思う。3人家族だが、一つでは足りない。今朝妻が言った「まるでトイレ戦争だね」っと。実は毎朝、私と息子は1時間くらいの間に2回づつトイレに入る。苦情を言うのはいつも私の方。若い息子はまだ協調性が足りないから。でも、妻は偉い。一度も参戦してこない。なので私は妻に言った「今まで通り参戦してこないでね。もし参戦してきたら誰か犠牲者が出るから」っと。今だって何度か家を早めに出て通勤途中の公園のトイレにお世話になったことがあり、お父さんはたまに犠牲者になっているのだから。でもでも、妻と公園のトイレさんへの感謝の気持ちがトイレ戦争での私の支えになっている。


エピソード48

私はここ1ヶ月半くらい毎日のようにチョコばっかり食べていた。バレンタインの数日前に家で「あーチョコが食べたいな〜」って言ったら、妻がバレンタイン用に買っておいたチョコをおしいれから出してきて「ちょっと早いけど」と言ってくれた。食べたいと思った時にちょっと高級なおいしいチョコを食べれて天にも昇る気分だった。チョコは前から好きだったがそれ以来はまってしまい毎日のように食べるようになった。バレンタインのときには会社でチョコが配られ、私は待ってましたとばかりにちょっとフライング気味に手を出してもらい、一人だけ即座に食べた。照れ隠しに、「いやーチョコってほんとにおいしいよね〜」っと一言。その後すぐもくもくと仕事をした。チョコを食べるようになったのは仕事が忙しく疲れがたまっていたせいにほかならない。またストレス解消にもなっていた。会社のチョコ、家のチョコ、会社にくるときや家路の際にチョコを買っては歩きながらチョコを食べていた。電車の中でもホームでもあまり目立たないようにしてはいたがところかまわず。ちょっと中毒気味だった。でも今日はまだ板チョコ一枚しか食べていない(後は毎日のアイスのみ)。仕事もひと段落してきたのでチョコを食べる頻度をこれからは落とさないといけない。ちなみに体重は増えていない。毎日チョコ2枚分くらい多めに仕事をしていたのかもしれない。^^)


エピソード47

最近忙しかった仕事の見通しがついてきた。まるでトンネルの出口が見えてきたような思いだ。なんだかうれしくなって、エピソードを書き始めたが何も思い浮かばない。が、たった今、塾から帰ってきた息子が覚えたての英単語を2,3くちづさみつつ私の横をいったりきたり。うち一つは「スマグラー」。「崇高な」という意味らしい。これは聞いたことがない。息子の英語のレベルがあがってきて、この前までは教えていたが、そう遠くないうちに抜かされるかもしれないと感じた。負けず嫌いな私はまた英語の勉強を加速するつもりだ。


エピソード46

エピソードを書くのを中断した途端に仕事が忙しくなった。私の仕事は毎年今の時期が忙しいので丁度タイミングが合っただけのことだが。仕事が忙しいときプライベートは単調になるが、息子が英検の筆記試験に合格して面接対策の手伝いをさせられたのはちょっとした生活の変化だった。 息子は筆記を合格点44点ギリギリでパスしたのだが、これまでの各レベルの試験でも受かるときはいつもギリギリ。半年前に落ちたときは10点くらい足りなかったが落ちるときはいつも大体はっきりしている。妻と私は何とも効率的だなと喜んでいる。ただ、面接対策のサポートは私の役割で、夜遅く仕事から帰ってきてから1時間くらい英会話の問題出しなどするのは正直つらかった。 面接に一緒に行った妻が言ってたのは、試験後『俺も結構英語が話せるようになったな、今までで一番ベラベラ話せたよ』ってな凄い自信だったらしいが明後日の合格発表の結果はどうなることやら。お父さんにいろいろアドバイスして貰ったから話せるようになったとは言ってくれなかったが、受かって次のステップに早く行って欲しい。まっ、落ちても鼻っ柱を折られていい人生経験になると思っているが。


エピソード45

私は小さい頃、おさかなのことをおかさな、またおるすばんのことをおするばんと言っていた。2番目と3番目の字が入れ替わっちゃうのだ。この傾向は今でも残っている。さすがにおかさなとは言わないが、油断すると入れ替わっちゃう傾向がある。一つはいいかげんさ、もう一つはそそっかしさが原因だろう。この他、お風呂のことを、ばかばかはっし、とも言ったらしい。一つにはおバカさんなことが原因だろうが、どうもお風呂では騒ぐものとのイメージがあってそれを表現した言葉だったようだ。 皆様、これまでエピソードをご愛読いただき、ありがとうございました。今後はもし続けるとしても、頻度をぐっと下げていこうと思っています。


エピソード44

私の夢の中で母は5回亡くなっている。その都度私は夢の中で号泣している。母は実際はまだ元気なのだが、そういう夢を見ちゃうのだ。最近でこそ見なくなったが、亡くなってほしくないからこそ逆に見てしまうようだ。父亡き後、母にはいつまでもずっと元気でいてほしい。母への息子の思いは半端ではない。このことは息子である多くの人から理解が得られると思う。 ところで、おばあちゃんが100歳くらいのとき、ある晩おばあちゃんに一大事が起きる夢を見た。リアルな夢だったので、私は妻と息子を連れてすぐ神戸に行った。おばあちゃんは突然何しに来た?とびっくりしていた。いや?昨日おばあちゃんの夢を見て心配になって来たんだよと正直に言った。信じて貰えたか定かではないが、ほんとのことだったのだ。私の突飛な行動は意外にも姉たちに影響を与えたようで、その後姉たちは何度かおばあちゃんに会いに行ったようだ。


エピソード43

インドネシア、ベトナム、インドなど、月に半分くらい海外出張していたとき、家族は最初でこそ寂しがる感じもあったが、そのうち息子が今度はいつ行くの?と言ってきた。私がいなかったら友達を家にお泊まりに誘えるので、土日を挟んだ旅程は特に喜ばれた。以前のエピソードで紹介した一番風呂が私のいないときに来るのだ。妻も寂しそうではなくなり私のいない間は逆にリラックス出来るようだった。正直ぐれそうになった。今の会社では海外出張は基本的にない。もう一年以上は海外に行ってない。その甲斐あってまた家族の輪に戻れたようだ。万歳!


エピソード42

3年くらい前に仕事の関係でバングラデシュに何度かいった。友達になった現地人が言うには、私たちの国の人は貧しい人が多いけど仕事を含めガツガツした生活を送ってないのでストレスは少なく夜はよく眠れて結構みんな幸せなんだと。実際その人は1日12時間くらい寝ると言っていた。子供じゃないのによくそんなに寝れるな?と思ったが、確かにみんな幸せそうな顔をしていた。走る列車やバスなどの屋根の上から手を振ってくれる人なんてすぐ友達になれそうだったし。ただ、力車といったかおっきな自転車に脚をぶつけられ、あまりに痛くてきって睨んだのに最高の笑顔でごまかされてしまったときは参った。言葉が通じないのもあるが、たとえ通じて慰謝料払えって言ったってお金がないのは明らかなので。その後、1時間は脚を引きずっていたが、最後は直ったのでほんと良かった。


エピソード41

息子のちょっと面白い一面を紹介する。息子は以前、バスケの試合で負け、泣いていた。控室に行き、2試合目に備え皆で待機しているとき、まずささっとお弁当を食べ、それからまたグスグスと顔を隠すように落ち込んでいた。それを見て、妻と顔を合わせ笑ってしまった。なんとも合理的な性格の持ち主である。子供って面白いなってことでもある。それくらいでないと人生やっていけないときもあるからそれでいいんだぞっと私は思った。もちろん本人には言っていないが。


エピソード40

以前エピソードで紹介したが、妻の実家にはラブラドールのlalaちゃんがいる。この前の正月に行ったときの歓迎ぶりはいつもより凄かった。吠えてかつペロペロ、&大ジャンプ。私は彼女のマッサージ師で、彼女に格付けされているとすれば多分最下位に近い。オーナーの義弟は最上位に近いが、昨年息子が生まれて以来lalaちゃんに割ける愛情の量が減ったと思われる、笑。無理もない、かわいい赤ちゃんなんだから。他のみんなも赤ちゃんに夢中とくれば、彼女が嫉妬したり愛情に飢えるのは必然。そこでほぼ最下位の私が考えるのは点数稼ぎだ。ランクアップを狙って今のうちにせっせとマッサージをしておこうと。


エピソード39

前の会社でデンマークやスエーデンに行く機会があった。北欧の女性はきれいな人が多かった。まっ、日本ほどではないが、それは置いといて。デンマークと、また同じ旅程でいったスイスで、失敗をしてしまった。デンマークでは客先との会食の際に同じ会社の凄く偉い人の皿の上に食べ物を落としてしまった。すぐ謝ったが返事はいただけなかった。客先にホォローのお言葉をいただいてしまう始末だった。あーもう俺終わったなーっと思った。スイスでは今度は身内だけだったがまた同じ人に怒られてしまった。ワインを注ぎ過ぎてしまったのだ。おバカな私は良かれと思ってやったのだが、日本酒を注ぐみたいにワインを注いでいたら、おいおいおい、っと途中でお怖いお顔。この経験以降はワインを注ぐときはグラスの半分以上注ぐことはほぼなくなった。酒が回ってきて調子良くなってくると、やっぱたくさん飲みたいですよね?っと言いつつたくさん注ぐこともあるが。


エピソード38

仕事で中国広州にいったとき丁度pm2.5が騒がれているときだった。北京ほどではなかったがマスクをしていたのに影響を受け、これが引き金で花粉症になってしまった。初めは花粉症とは違うことを期待したが、次の年もなり、病院にも行き、確定した。不清潔な人は免疫が強いので私は大丈夫と勝手に思っていたがそうではなかったようだ。pm2.5のせいでまず目がかゆくなり、間もなくして鼻にきた。この年になって花粉症になるとは思わなかった。なったときはショックだったが、今年ではや3年目、だいぶ慣れてきた。そろそろその時期がくる。インフルエンザ対策のマスクはそのまま花粉症対策のマスクにスライドする。


エピソード37

若かりし頃、2ショットチャットにはまった時期があった。チャットは先輩に入れ知恵されて始めた。ネットがらみの犯罪が増えたので今は身分証明書のコピーを予めサイトに送らないと利用できないのが多いようだが、私がやってたころはフリーだった。当時、いくつも部屋を開いておき、複数の人と同時に会話することもあった。3人くらいと同時に話しているときなんかは、相手の年齢や居場所などの情報が頭の中でこんがらがって分からなくなったことさえあった。それから、確か「ななさん。。。」ってレスしたら、「あたしはなだけど」って言われて即落ちされたこともあった、笑。だが、私は懲りずに最大7つくらい部屋を開きつつやっていた。正直、かなりネットに依存していた。そう言えば、最近フェイスブックとかネットに依存しているんじゃない?、そういうの良くないよ!、と妻に言われた。妻は私の昔のことを知っているので、度が過ぎると心身に良くないよっという意味と、まさか変な気起こしてないよね?的な意味も含めて言ったんだと思う。昔のチャットやってた頃と比べれば全然問題ない程度だし、そもそもネットに依存することの良し悪しは個人の考えによるところがあると思う。でも、私の場合、妻があまりよく思ってないようなので改善する必要がある。最近は毎日のようにエピソードをアップしたりして楽しんできたが、ネタも少なくなってきたし、ぼちぼちネットに関わる頻度を下げようかなと考えている。ちなみに、チャットはもう十年以上やってない。身分証明書のコピーを送るのは面倒だし、悪用されないとも限らないからだ。それに、何よりも、そんな暇があったら妻や息子と話すべきだからだ。^_^


エピソード36

会社員になりたての頃、レディーボーデンのアイスを毎日1個食べていた。500mlくらいは入ってる大きいやつ。お酒は飲まず、ひたすらアイスを食べ、1日のストレスを発散していた。でも、3ヶ月くらいしたら体調が悪くなったのでやめた。今は普通の小さいカップアイスを毎日一つだけ食べている。いつだったか義弟がアイスクリームマンの絵の入ったTシャツをプレゼントしてくれた。私の周りの人はみんな私がアイス好きだと知っている。アイスに限らずデザートには目がなく、飲み会最後のデザートのいらない人は私に回してくれたことがあった。アイスクリームマンのTシャツは今息子が着ている。アイスクリームマンも世襲制だったのだ。特に世の役に立つことはないが。


エピソード35

数年前、幸運にもラスベガスに仕事で行く機会があった。ギャンブラーとしては生きてる間に一度は行ってみたいと思ってたが、意外と早く夢が叶った。賑やかな中心部から少し離れたところで、国際ワークショップがあり参加した。ワークショップはある大きいホテルで行われたが、カジノは当たり前のようにあり、ホテル一帯が小さな町みたいだった。ここでは規則正しくギャンブルをした。期間中、毎日夜3時間程度、ひたすらブラックジャックをした。最終日、結局ほとんど浮き沈みがなかったので、最後に約5万円、そのテーブルの大体上限の額で、持ってたチップをオールインした。さすがにちょっとドキドキした。結果は負け。もし勝ってたら別のレートの高いテーブルでまたオールインするつもりだった。うちではギャンブルは基本禁止だが、ラスベガスに仕事で行って小遣いの範囲でやってたので妻もさすがに怒りはしなかった。でも、もし日本にカジノができてはまってしまったらきっと大変なことになる。それは避けたいのでカジノができるなら私が通えないところに!っと祈る気持ちで一杯だ。


エピソード34

大学のとき渋谷センター街の奥の方にあった居酒屋でバイトをした。お金を貯めるためと言って始めたが、そこで仲良くなった先輩と毎晩のように飲み歩いたため一銭もたまらなかった。その頃の標準的なサイクルは、夕方から終電近くまではバイト、それから先輩と飲み、夜中の3時頃お店に戻り就寝、朝9時くらいにランチの仕込みに来た人に店を追い出され、代々木にあった安い雀荘で麻雀を打ち夕方またお店に戻ってくるといった感じだった。飲みの代わりに朝まで仲間うちで麻雀を打つこともあり、寝不足が絶えなかった。1度なんかは先輩たちと代わり番こに非常階段の踊り場で特別休憩を取ったことがあった。ゴミ袋の合間にダンボールを敷いてその上で1時間くらい爆睡した。他の人たちからはこの人たちいったい何者?と思われていたようだ。たまに家に帰っては、母に言わせると死んだように眠り、起きるとまた出かけていった。あまりに家に帰らなかったので、しまいには母からお店に電話がかかってきてやめることになった。が、お店をやめた後も、ちょくちょくお店にいっては先輩たちと遊んでいた。このときの経験も私にとっては宝だ。今でも先輩たちとは毎年年末に会い、あの頃の思い出に浸りながら酒を酌み交わしている。


エピソード33

昨夜、会社を出てすぐ乗るエレベーターが開くと中に若い女性がいた。上の階の別の会社の人だと思うが、乗るやいなやフランクに話しかけられた。あたし今友達とラインで話してたんですけど、あと1,2時間したら雨降るらしいですよ、あたし傘持ってないけど今帰れば大丈夫なんで良かった?、ほらっ、と言ってスマホの画面を見せられた。私はそうですかそしたら私も雨の前に帰れそうだからラッキーだな?とかなんとか言いつつ、エレベーターが1階についたらお疲れさまでしたと言ってわかれた。わかれた後、前にあの人と朝か夜に会って挨拶でもしたかなと考えたが心あたりはなく、内心ちょっとびっくりした。 これで思い出したのが、たまに私が街中で小さな子に話しかけられることだ。お母さんからちょっと離れてとことこ歩いている子が私に近づいてきて何か話しかけることがある。妻はこう言う。しょうって面白いよね?、よく小さい子に声かけられるよね?っと。私はがたいが大きいから小さい子から見ればこわいんじゃないかと思ったがどうもそうではないらしい。私が子供好きで、また子供っぽいところがあるから、小さい子がその辺を感じ取って近づいてくるんじゃない?っと妻は言う。お姉さんに声をかけられるとびっくりすることがある私だが、小さい子に話しかけられても確かにびっくりはしない。会話が成り立っているかは定かではないが、小さい子と同じ目線、同じレベルで話すことが私にはどうもできるようだ。


エピソード32

昨年の春、ダイエットをした。年度末の時期に急に体重が増えたからだ。夜遅く家に帰り晩御飯を食べて風呂入ったらすぐ寝てたこと、それと体裁を保つため仕事のストレスも一応原因に挙げておく。ダイエットの経験は過去に何度もあり、いつものようにやれば上手くいくと思っていたら大間違いだった。毎日ランニングし、夜は野菜ベースの食事にしてもなかなか体重が落ちない。前はこれで1ヶ月もすれば10kgは落とせたのに、計算が合わなかった。腹筋などの筋トレも追加したらやっと体重が落ちた。若くない体には基礎代謝を上げる必要があったのだ。このときのダイエットはつらすぎたのでもう体重を増やさないと心に誓ったが、毎日食べてるアイスを1日でも我慢すると気が狂いそうになる。


エピソード31

息子は小手先の技が好きみたいだ。ペン回しは数通りでき、バスケのボールはクルクルと得意げに回す。私は両方とも出来ないが、バスケのボールをペンの上で回そうとまでしているのを見て、ねーそんなんでバスケ上手くなるのー?っと聞いたらハンドリングの練習になるんだよ!っと返してきた。ボール回し以外のことにもっと力を入れるべきと思うが放っておくことにした。あとは、ペンドラム。ペンを使ってドラムの真似ごとをするのだが騒々しい。ボイスパーカッションまでやってるのを見るとそういう小手先わざの寄せ集めで食っていけるんじゃないかとさえ思ってしまう。youtubeの動画を真剣に見ながら技を磨いている息子の背後からその労力を勉強に回したらどう?っと何度言おうと思ったかしれない。


エピソード30

私は姉が3人いて母が41歳のときに生まれた。どうしても男の子が欲しかったようだ。多少甘やかされて育ったと思うが、大所帯のためそんなには甘くなかったと思う。食事では生存競争みたいのもあったし、中学のときの弁当詰めで悩んだこともあった。うちは主に冷凍食品一品が毎朝用意され、後は各自それとごはんを詰めていくのだった。そのまま持っていくと見すぼらしいので冷凍コーンを自分でいためたりして追加したりした。よその子は立派なお弁当を持って来てたので、正直辛かった。結婚してからは、毎日立派なお弁当を作って貰い、嬉しく思っている。昔の苦い経験がなかったら有り難みは少なかっただろう。でも、もし生まれ変われるなら、次は1人っ子の長男になっておもいっきり甘やかされたい


エピソード29

一昨年、エレキギターを衝動買いした。通販でセットで1万2千円くらいだった。youtubeの動画で、アメリカの人だと思うが、カノンロックを神がかり的なテクニックで演奏していた。再生回数は当時1000万回を超えていた。彼の演奏は私のハートをわしづかみにした。ネットで調べてすぐギターセットを注文した。子供の頃10年くらいバイオリンをやってたのでギターもすぐ弾けるだろうと思ってたら甘かった。実動2週間といったところか、今は家の片隅に置いてあり、妻が掃除のたびにあー邪魔だなーとぼやいている。でも昨年の妻の誕生日にハッピーバースデートゥユーの歌を弾き語りで歌ったら思いがけなかったようでプチ感動して貰えた。それ以来、ギターはわずかに存在意義を残し、辛うじて捨てられずに残っている。


エピソード28

息子は言った。笑いながら勉強するとどんどん覚えられるからいいんだよって。インターネットで知ったらしい。それから塾の先生も同様な事を言ってたらしい。楽しんで勉強すると頭の中に入りやすいとのことで、楽しいと思っているときに脳の反応しているところが記憶に関係あるらしい。だから僕はなるべく笑いながら勉強するんだ!と言う。そんな笑えるのかと言ったら、口角を上げればいいんだよと返してきた。口角を上げれば脳が反応するとの理屈だろうがほんとうだろうか。まっ、息子よ、頑張れ。


エピソード27

最近、夜、息子に英語の勉強と筋トレに付き合わされている。輪っかになったゴムチューブを持ってきて、ソファーに座っている私の胴体に回し、もう片方をいろんな態勢で引っ張ってのトレーニング。その間、私は英語のテキストも持たされ、英単語や熟語の問題を出させられている。正味1時間くらいだが結構疲れる。もうこんなことやってたらお父さん疲れて具合悪くなっちゃうよ?などと泣き言をいってたら横で妻がほほくそえんでいるのに気がついた。きっとお父さんが帰ってきたらお願いしなよとか言ってたに違いない。週末に英検の試験があるので英語の方はもうちょっとの辛抱だ。あとは筋トレの方だが、バスケのためにやってるので邪気には出来ない。ならば飽きるのを待つとしよう。いつもの調子ならあと数日でやらなくなるから^_^


エピソード26

大学院のとき数人で国際会議に参加するためヨーロッパに行き、その際、ルーヴル美術館のすぐそばまで行ったが中には入らなかった(暇だったのに)。その後、ベネチアにも行ったが、ほとんど観光はせずに旅でたまった洗濯をするくらいだった。ローマでは少し観光したが、イタリアでレストランに入ったらバカの一つ覚えでカルボナーラかボンゴレとだけ言っていた気がする。このことを妻に言ったら呆れられた。今行ったら多少観光するかもしれないが、正直、私のハートにはあまりひびかないのだ。旅の途中ミラノで会って一緒に行動した人にもあなたはこういうの興味無さそうですよね〜っとすぐ見破られた。興味があるのは、たとえば麻雀である。バカの一つ覚えで飽きるまでそればっかりやるのが私で、他は目に入らなくなるのだ。あと、基本的に、めんどくさがり屋でよっぽど興味があれば別だが大体は動じない。でも、意外と涙もろい。映画を見るとボロボロしたりする。でもでも、妻にはよくこういう映画で泣けるよねっとすぐ一蹴されてしまう(笑)


エピソード25

大学4年で研究室に入ったのだが、私はなんともくだらない理由で研究室を選んだ。当時大学で一番仲が良かった友人と行動を共にすることにした。私には特に考えが無く彼の考えで研究室を一旦は決めたのだが、いざ皆で集まって研究室を決める場になり彼は急に心変わりし、一人で別の研究室にいってしまった。私もそれについていくことはできたが、なんだ優柔不断だなーっと心の中でつぶやきながら、俺は一旦決めたんだからここに残るぞと思って動かなかった。これが私の研究室選びの理由だ。その割には自分にとっていい研究室だった。研究が面白くなり、大学3年までは遊び中心だった私が大学卒業後も2年延長して研究室で勉強することになったのだから。今振り返ってみてもその研究室で良かったなと思っている。いろいろな人と出会い、多くの貴重な経験を積むことができたと思っている。私は老後に独自に研究したいと思っているが、研究室での経験はそこでもきっと活かされると思っている。


エピソード24

5年くらい前にロサンゼルスでタクシーに乗ったとき面白い運ちゃんに出会った。映画で見るようなファンキーさだった。私は助手席に座り彼と話した。といっても彼から一方的に話しかけられ、私はたまに返事をしたくらいだったが、なんかのタイミングで確か励ます感じで私がGod bless you! と彼に言ったら、Oh, you're funny man!と返してきた。心の中であなたの方が何倍もfunnyだよっと思ったが、後部座席にいた前の会社の連れ2人は私たちのやりとりを見て爆笑した。私がGod bless youといったとき2人は一瞬凍りついたが、運ちゃんがちょっとして笑ったので、彼らも笑ったのだ。英語をあまり使わない日本人には聞きなれないフレーズでそれを突然私が言ったから驚き、それとともになんかの拍子に運ちゃんが切れたらどうしようと思ったようだ。意味がわからないといわれてしまうかもしれないが、私は負けず嫌いなので、彼の勢いにさえ負けたくなかったのだ。どうやら結果として私は負けはしなかったようだ。ちゃんと目的地につき変なところに連れていかれるような大ごとにもならずに済んだし。 さて、皆さん、こんな私とアメリカで一緒にタクシーに乗ってみたくはありませんか? いつもご愛読ありがとうございます^_^


エピソード23

高3のとき一番の親友に出会った。高校に入ってから高2まではこれでもかってくらいに勉強していたが、高3になってからはまた「あそぼう」に戻った。教室でわざと彼と隣の席になるように仕組み、授業中でもカードゲームを一緒にやっていた。毎日のように一緒にビリヤード場に通い、ビリヤード場の近くの別の高校の野外音楽場で夜遅くまで語り合った。いやー、あの頃はホントに楽しかった。彼は後になって私に、あの頃他の友人から私の勉強の邪魔をしていると言われたそうだ。私は勉強を一時的にやめたが自分で決めたことで、今でもそれを後悔していない。彼には逆に非常に感謝していることを伝えた。年始に彼と久しぶりに会い、いろいろなことに前向きに頑張っているようだったのでほんと嬉しかった。ただ、健康診断を何年も受けていないことがわかり、駄目出しをした。健康第一だよ!私たちくらいの年になるといろいろ問題が出てくるんもんで、でも早くわかれば対処すればいいんだから!っと。でも、そんな話をしていたら急に私のお腹の調子が悪くなり、早々に切り上げるはめになった。帰りの電車の中メールでそのことを詫びるとともに、健康診断を受けつつ長生きしてくれと伝えた。


エピソード22

小5のとき将棋に出会った。以来、ほぼ毎晩のように親父に一局相手をお願いした。いつも負けていたが、小6のあるとき一度だけ勝った。それ以来、親父に対局を申し込むことをやめた。子供心に、親父の威厳を保つべきと考えたからだ。だが、今はそれは間違いだったかもしれないと思っている。最近、息子に身長を抜かれて嬉しかったし、いつか勉学でも抜かれることを期待しているので。親父はサラリーマン時代から発明振興に力を注いだ。と同時に、地震予知も行い、たまに「ミミズおじさん」的にテレビに出ていた。毎朝5kmくらい多摩川土手をランニングし、その際にミミズが何匹いたか数えて帰ってくるのだ。大きさにもよるらしいが、たくさんミミズがいたときは地震に注意ということだった。晩年は、更にいろいろなことにトライしていた。それを見ていた私は、自分も親父みたいに人生で生きた証しを残したいと考えるんだろうなと思った。なので、老後に今とは違う分野の先端的研究をしようと計画している。息子も私を見て何か考えるようになるかもしれないと思うと身が引き締まる。


エピソード21

私が子供の頃、家には変わった賞が用意されていた。テストで赤点をとったらプリンを買ってあげるというのだ。親父の考えらしいが、普通は理解し難いと思う。要は、子供の頃は勉強なんていいからたくさん遊べということだった。お言葉に甘えて小学校のころは勉強は最低限で遊ばせてもらった。中学になると途中から勉強するようになったが、まーそんなにやったというほどではない。私は両親に勉強しなさいと一度も言われたことがないが、中学の県下一斉テストで国語の偏差値が30を切ったときは母もさすがに焦ったようだ。そりゃ〜やばいよと皆から言われたので自分でも自覚するようになった。私は理系で国語を避けてきたが、40過ぎた今、国語は文系、理系問わず重要だと悟った。国語ができた方が理系でも近道(最適)になると思う。なぜなら、全ての基本だから。息子も理系のようだから、国語はちゃんとやった方がいいよっとアドバイスしている。妻は文系で本が好きなので息子が小さい時から本を読み聞かせた。これが功を奏して息子は本を読むことが好きになり、国語の成績は悪くない。万歳! さて、最初の話に戻るが、私も親父と一緒で、ある年齢までは勉強より遊びを優先して伸び伸び育てるといいと思っている。遊びから大切なことをたくさん学べるからだ。とはいえ、もし私が中学の途中から多少なりとも勉強するようになっていなかったら親父もさすがに勉強しろと言ったかもしない。


エピソード20

私の子供の頃のあだ名は「しょうぼう」と「あそぼう」だった。しょうぼうの方は、しょうは私の名前からきていて、ぼうは坊である。また、ほんとに小さい時、消防自動車のおもちゃの乗り物によく乗っていたらしく、消防の意味もあったようだ。一方、あそぼうの方は、単純に「遊ぼう」である。私が、二言目には遊ぼう、遊ぼうっと言っていたからであり、若干皮肉の入ったあだ名である。子供の頃、うちはテレビがなく、「しょうぼう」は遊ぶことに必死だった。テレビを置かないというのは親父の教育方針だったが、当の本人は会社でテレビにかじりついて見ていたらしい。テレビがないことでいろいろ不都合もあったが、自分としては今ではまーそれでも良かったかなと思っている。お袋は今テレビばっかりみている。裏番組はビデオをとり、これでもかってくらいにみている。テレビばっかりだと一日ほとんど座っていることになる。少しでも長生きして欲しいので、たまにウォーキングするなど足を使った軽い運動をするようお願いしている。107歳のおばあちゃんは今も足腰がしっかりしているから。


エピソード19

7年くらい前に、ホームページを作った。大したものではないが、ソフトを使わないで、既存のものを参考に作った。どんな仕組みになっているか大体分かれば良かったし、飽きやすい性格なのですぐ満足してしまった。その後は年に数回更新する程度で半ば放置状態だった。最近はエピソードがたまってくるとたまにアップしているが。ホームページには、もともとは家族の趣味のフットサル、料理、ベーゴマをネタにしていた。ベーゴマは息子が昔はまり、数年前にフランス男性が私のホームページのベーゴマのところを見てメールで連絡してきた。一応英語でも見れるようなっていたので、彼はベーゴマをどうにか入手したくて私を頼ってきたのだ。彼とは仲良くなり、彼の友達の分を含め5セット買ってプレゼントした。そしたらお返しにホアグラなどいろいろ食べ物を送ってくれた。昨日もまたニューイヤープレゼントを送ってくれた。一昨年都内で彼と会ったが、今年もまた春に彼女と一緒に来るので会う予定だ。ホームページを作ったことで思いがけない友達が出来た^_^ 下記は私のホームページです。よければ遊びにきてくださいね^_^ http://www.ab.auone-net.jp/~soul0823/


エピソード18

私は、以前、マカオに2度行っている。はじめて行ったときは一番の親友が連れていってくれた。当然カジノでギャンブル三昧。20〜30万円すったと記憶している。その一週間後、リベンジのためマカオにまた行った。今度は一人で行き、また同じくらいすった。はっきり言っておバカさんである。ただ、日本に帰ってこれなくなるほどはつぎこまなかった。正確にはつぎこめなかったのであり、真のギャンブラーではなかったのである。会社の人に私は真のギャンブラーではないんです、ギャンブラーとしては出来そこないなんです的なことを言ったら、そんなもんになる必要ないといって笑われた。今や家族がいるのでギャンブルからはほぼ足を洗った。以前、海外技術営業でマカオの隣の珠海(中国)というところに何度も足を運んだが、マカオには一度も行っていない。嘘だ―と言う声が聞こえてきそうだが、これはほんとである。なぜなら、入国と出国に2時間くらいかかる可能性があり、仕事の合間に行くのは 大変だったからである。もちろん、真のギャンブラーだったら行ったに違いない。私はそうでないし、また仕事に行ってるのにパスポートにマカオの入国や出国のハンコがたくさんあるのをもし妻に見られたらTHE ENDだということもあったので(笑)


エピソード17

むかし大学のある授業中に途中退出しようとした学生に向かって先生は大声でこうおっしゃった。おい、そこの君、出ていくなら私は君の足を一生引っ張るからなっと。凄い先生だなと思った。実際その先生はその分野の権威である。昨年末、十数年ぶりに大学の同級生数人と会い、その先生は今も昔とお変わりないと聞いた。その分野で何かプロジェクトなどあったら私のところに挨拶と話を通しに来ないとその話を立ち行かなくしちゃいますよ的なことをおっしゃってるらしいと。その先生の力は絶大なので何かあると皆挨拶に行くらしい。皆とは、同じ大学卒の人に限らず、いろいろな会社からの人たちである。このことを教えてくれた人も挨拶に行くことがあるようだ。私は分野が違うので挨拶に伺う必要はない。フーってな感じである。これを読んでもし先生の名前を思いついた方がいらしても『その人、????先生でしょ?』っと言ったコメントはすみませんがご遠慮くださいね。私が冷や汗をかいてしまいますので(笑)


エピソード16

昨晩、明日のエピソードはこれで決まりだねっと妻が言った。昨日中2の息子が面白い発言をしたのだ。夜自宅に電話がかかってきて妻が電話を切った後に独り言を言ったのがきっかけだった。よその人と話すとき何か高いよそいきの声になっちゃうんだよね?っと。それを聞きつけた息子が僕も大人と話すとき声高くなるよと言った。営業マンみたいかもとも言った。普段あまり気が利かない息子が声変わりした低い声で言ったので妻と揃って笑ってしまった。更に、妻が追い打ちをかけた。えっ、どんな感じ?ちょっとやってみてっと。息子はそれに応じ、妻はほんとだ?、高い声出るんだね?と言って大爆笑していた。


エピソード15

大学のとき、夏休みの宿題で三角点を探しに出かけた。紙の地図片手に探すも街中ではなかなか見つからず、腹をくくって高尾山に行った。軽装で山道を登り始めてしばらくすると夕暮れに近づき、もうすぐ目的地ってとこまでいったが急遽引き返すことにした。ちょっと前に非常に危険な箇所を通ったのだが暗くなったらそこは通れないからだ。私は焦っていた。引き返すやいなや滑って転んで足首を捻挫し、おまけにジーンズは泥まみれになった。山中は暗くなるのが早く、問題の箇所はクリアしたものの、その先はほぼ真っ暗だった。見えないので手探りで下山するしかなく、ほんとに怖かったので足の痛みはほとんど感じなかった。運良く下山出来たが、泥まみれのかっこで電車に乗るのは恥ずかしかった。後日大学の友人にこの話しをしたらアゴが外れそうなくらい笑われた。彼は高校のとき登山部だったようで、お前ほんとにアホやな?、低い山だからってなめてたんだろ?、っといいつつ眼鏡をとってしばらく笑っていた。


エピソード14

私の一番の親友は私とはだいぶ違う。今思うに、違うから互いに惹かれ合ってきたのかもしれない。彼は慎重で私はいけいけな性格。私はパソコンを買おうと思いたったらパッとすぐ買ってしまうが、彼は慎重に検討する。平気で1ヶ月くらいは考えるのだ。慎重な分失敗は少ないが、考えてる間はパソコンを使えない。逆に私は失敗が多く、買った後すぐにもっと安いのを見つけたり、スペックが思ってたのと違ったりする。まっ、どっちもどっちかな。でも、食事の際に何から食べるといいかについては自信を持って家族に言っている。お腹空いているときの一口目が一番美味しく感じるのと突然大地震がきても後悔しないように一番美味しいものから食べるのがいいよっと。


エピソード13

自分が小さいとき(正直なところ今でもたまに)、物に向かって念を送ることがあった。ハンドパワー!ってな感じで。動けばいいが、動かせない私は単なるおバカさんだった。一方、息子は以前バスケの練習試合でラインから出そうなボールを何度か後ろをみずに後ろにパスを出した。予め周りの状況を把握しているわけではないため、パスが味方に通るかどうかは五分五分(運)である。でも、息子は言った。「僕はノールックパスが得意なんだよ。雰囲気で大体わかるんだよ。だから大体いつも成功するんだよ。」っと。それを聞いたときあぜんとしてしまった。親子そろってめでたい思考回路を持っているようだ。


エピソード12

息子の小6のときの将来の夢は、同じクラスで将来大リーガーを目指していた親友の専属通訳になることだった。当時クラスでそれを発表した。その子は野球に限らずスポーツ万能でクラスの皆から尊敬されていた。お母さんからうちの子は頭の中まで筋肉でできていると言われ、文武両道とはいかなかったようだが、野球でほんとに大成するかもしれないと思えるくらい凄い子だった。だからといってなにも通訳にならなくてもいいんじゃないと思った。宇宙飛行士とかなにか大きな夢を言っても。まっ、ちょっと面白くて苦笑してしまったが。


エピソード11

息子の小学校からの友達に私たちが勝手に一番風呂とあだ名をつけている男子がいる。彼は8人兄妹の真ん中くらいで自分の家では一番に風呂に入ることは出来ないが、うちに泊まりに来たときは私たちがゆずってあげるので一番風呂に入れる。彼はよっぽど嬉しいのか、以前奇声をあげ風呂場で一人で盛り上がっていた。突然息子に電話してきて明日お前の家に行くからなっといった感じ。中学が別々になっても息子と仲良くしてくれるのは嬉しいが、お前の家に行ってもいいか?といった感じだと正直助かる。でもまーいい子かつ面白い子なので、うちのいいお客さんではある。


エピソード10

昨年皆の待望の甥っこが生を受けた。正月休みに会ってだっこすることができた。かわいさは測り知れず表現するのが難しい。甥っこをみて息子が赤ちゃんのときを思い出した。かわいいな〜っと浸っているのも束の間、妻にもっていかれてしまった。皆、だっこしたくてたまらないのだ。会って間もないときは皆遠慮がちだったが、少し時間がたちお酒も入ってくると誰しも自分の欲求を抑えられなくなる。次は私ねといった感じで甥っこはかわるがわる皆にだっこされていた。妻が私から奪取したのはそうしやすいからだ。最初から私がだっこするのを待っていたようだ。さすがに、自分のお父さんやお母さんから奪取するのには躊躇したようだ。もちろん直接妻に順番がまわってくることもあるが、私の順番の後も妻の番だったのである。


エピソード9

私は高校のときにおじさんになった。甥が数人いるが、そのうちの一人はチェリスト。小さいころからチェロを弾き、今はロシアに留学している。以前持ち運んでいるチェロの値段を聞いてびっくりしたのを覚えている。中古の家が買えるくらいなのだから。今では楽器を持ち歩いている人を見かけるのは珍しくないが、その中には凄い高価な楽器を持っている人がいるはず。地球防衛軍としては、そういう人たちにボディーガードの必要性を訴えたい^^ それはさておき、私はうちの甥の成功を心待ちにしている。チャイコフスキーコンクールに出て活躍するようだったら応援にかけつけるからとむかし約束をしたことを覚えている。一定以上の才能はあるようだが音楽の世界もなかなか厳しいようだ。気付けば彼も20代半ば。大器晩成、または突然幸運にでくわすことを切に願っている。それとともに、彼のサインをたくさんもらっておくための色紙をいつ用意しようか思案している。


エピソード8

今日、神戸にいるおばあちゃんから息子にお年玉が送られてきました。現金書留の中身は5千円。私は息子が封筒を開ける前から金額を知っていました。なぜかというと、私が子供のころから変わらないからです。もう30,40年も前から変わらないんですよ。大きな子も小さな子も女の子も男の子も、みんな平等に同じお年玉。107歳になるおばあちゃんにはたくさんの孫やひ孫がいますのでお年玉も大変だと思うのですが、おばあちゃんにとってはなんてことないようです(決してお金持ちではないんですけどね)。目や耳が少し不自由ではありますが足腰はまだしっかりしていて、毎日大勢いる子や孫やひ孫の名前を一人ひとり思いだして(口に出して)全員の幸せを願いお祈りしてくれているそうです。そんなおばあちゃんは私の誇り。亡くなった息子(私のお父さん)の分まで長生きして欲しいと願っているんです。


エピソード7

私は家で地球防衛軍と言われてます。夜、鍵閉めたかどうかの確認を2度、3度するからです。そんな何回も確認する人いないよって言われ、私はバカにされています。でも私はスタイルを変えません。うちに入るような泥棒さんはまずいないと思いますが、幸せが一瞬で失われることもありますので。皆さんも戸締まり確実に行ってくださいね。鉄道関係の方々が良い手本だと思います。声と指指し確認の両方で。やったつもりでもやってなかったことたまにありますよね?自分が納得するまで確認しましょう。たとえ地球防衛軍って言われてもいいじゃないですか!?


エピソード6

私はLaLaちゃんのマッサージ担当。ラブラドールの彼女はいつしか私に仕事を与えてくれた。妻の実家に帰省したときだけだが、定期的に私のところにマッサージを求めて来る。私にcheck inして終わるとcheck outする。たまに私をペロペロする。それが私への報酬。昔は犬が苦手だったが今は好き。LaLaちゃんを単なる犬とは思えなくなっている^_^


エピソード5

つい先日、中学時代の友人と卒業以来ぶりに連絡をとることが出来ました。よろしければ以下ご一読ください。

サッカー部で一緒だった彼は私にとって特別な人でもし彼に会わなかったら私は勉強をほとんどしなかったかもしれません。ある日、彼が5ばっかりの成績表を私に見せてくれ、それが私のライバル心に火をつけました。負けず嫌いの私はサッカーはもとより勉強でも負けたくないと思ったのです。結局中学のときは最後まで勝てなかったと記憶してますが、勉強する癖がつきました。 今では、勉強好きになり、老後に好きな勉強や研究をしたいと思うようになりました。人それぞれですので勉強するのがいいか悪いかはわかりませんが、私は好きになりました。彼にはほんとに感謝しています。 世の中には凄く優秀で勉強が好きでも経済的理由などで勉強出来ない人がたくさんいると思います。そういう人たちのことを思うと自分が幸せもんだと感じます。また、凄く頭のいい人の中には勉強せずに他のことに力を注ぐ人もいると思います。そう考えると自分がそんなに頭がよくなくて良かったと思うんです^_^

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。


エピソード4

数時間前のお酒が抜け切れていない状態ですが、今日思い出したことを書いておくことにしました。よろしければ以下ご一読ください。

今から約20年前、居酒屋のバイトをしていたときに2人の大親友にめぐりあいました。2人は私より2つ上の先輩で、毎年今の時期に3人で忘年会をやっており、今日がその日でした。毎年会うようになったのはここ5年くらいで、今年は昨年同様、渋谷ハチ公そばに7時待ち合わせでした。私は6時10分には到着し、雨の寒い中待っていました。1人は私よりもっと早く渋谷に到着し、どっかで時間つぶしてから合流し、もう1人も6時半には到着しました。7時待ち合わせなのに皆平気で30分以上前にくるんです。数年前、ハチ公そばに7時待ち合わせだったとき、少し早目の6時45分くらいから銅像のそばで待っていたら、先に到着していてかつ別の場所にいる2人から「まだー?」「どこにいるの?」「も〜う待てない」「きれそう」とかメールがバンバンきました。お怒りの電話もきて結局合流できたときはまだ7時5分前でしたが、「遅すぎるし、待合せ場所も違う。ハチ公っていったらこの地下から階段上がってきたところに決まってるだろっ」と猛攻撃を受け、ひたすら平あやまりし、かつその日の飲み代は私が出すことで許してもらったことがありました。実際は、遅れていませんし、待合せ場所も銅像の前で普通はおかしくないと思いますが、そんな論理は通じないのです。1人は自分で「俺は人からよく緑の血が流れているって言われる」なんてことをおっしゃるし、もう1人の人はその人より数ヵ月だけしか年上でないのに2人の間には完全な主従関係が出来ていて(緑の血の人を従えていて)。。。。要は二人とも超おっかないのです。それ以降は逆鱗に触れぬよう最低30分以上前には行くことにしていますが、それでも2人より後についたらどうしようと半ばびくびくしながら向かうようになっています。今日はセーフでしたが来年がセーフとは限りません。来年も気を引き締めていこうと思っています。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。


エピソード3

少し前になりますがSKYPE英会話をやってた時、ある英語の先生の言動がちょっとおもしろかったんです。よろしければ以下ご一読ください。

以前、パソコンを使ってテレビ会議みたいな感じで行う有料の英会話システムを利用していました。ある日、外国女性の先生とフリートークをしていたところ、最近私とは別の男性の生徒の授業を誤ってすっぽかしてしまい会社から怒られ落ち込んでいるんですと打ち明けられました。その割には結構明るい感じに見えたのですが、どうも彼女は睡眠不足で眠かったようで、ハイテンションな状態だったようです。授業をすっぽかしてしまった失敗も睡眠不足が原因で、授業開始5分前にはちゃんとパソコンの前でスタンバッていたけど待っている僅かの間に寝てしまい、生徒から何度もコールがあったのに気づけなかったとのことでした。30分程度の授業が終わって間もなく眠りからさめ、慌てて生徒に連絡をとって平謝りしたところ幸いにも許してくれたけど、会社の方からはペナルティが課されてしまったようでした。この話を聞いて私は同情してしまいました。なぜかというと、この人は身寄りがなく生活費確保のため休む間もなくいろいろな仕事をしていることを知っていたからです。その生徒さんが許してくれたのも多分彼女の事情を知っていてそれを汲んで上げたからだと思います。普段からの英語の先生としてのスキルは申し分ありませんでしたし。

この話を英語で打ち明けられ、困っているんだというには妙に明るい調子のこの先生、気付くとなぜか体が前後に動いていました。いつになってもこの動作が終わらない。ゆらゆらと、ゆらゆらと。このとき私は思いました。ははーん、さてはこんな話をしている際中の今も眠くてしょうがないのだろう。だから落ち着きがなくハイテンションなんだろうと。そう思ったとたんなんだかおかしくなってきました。授業前に眠ってしまって失敗したことを話している今も自分ではどうしていいかわからないくらい眠かったのでしょう。「あなた、実は今も超眠いでしょう」と指摘して一笑したかったのですが、ちょっとかわいそうなので思いとどまりました。その代りに、半ば延々と続くトークを聞いてあげました。正直、トークはあまり耳に入ってこず、先生のゆらゆら揺れている姿とハイテンションな様子ばかりに気をとられていましたが。

私が加入していた英会話システムでは沢山いる中から自由に先生を選べました。この一件の後、授業でのフリートークの話題として「Funny story」を挙げるようになりました。一緒にばか話をするだけなので仕事から帰ってきて疲れてても楽しく続けられましたし、先生の方もリラックスできたでしょうから、一石二鳥。いくら仕事とはいえ、先生だってたまには息抜き出来てもいいじゃん、中には仕事のし過ぎで疲れがたまっている人もいますしねっと思いつつやってました。私のネタはもちろん「sleepy lady」。それから、もう一つ、前回のエピソード2でご紹介した「Running competition with an aged man」。うちの息子も英語が多少わかるので私が家で英会話をやっていると別の部屋から息子の笑い声がしたりしてました。現在は休止中ですが、楽しく英会話できるので、そのうちまた再開しようと思っています。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。


エピソード2

少し前のことですが、荒川土手のランニングコースであるおじいさんと競争してしまったことがありました。よろしければ以下ご一読ください。

以前、ダイエットと運動不足解消のため荒川土手をランニングしてました。いつもある橋の近くまで行って帰ってくる感じで4kmくらい走ってました。走っていると、他のランナーと張り合ってしまうことが度々ありました。この人にはまず勝てそうにないなと思うと早めに白旗を上げてあきらめてしまうのですが、この人には負けないかもと思うとつい頑張ってしまいました。今日はマイペースと決めて走っていても抜かれるとあまりいい気分がしない方もいらっしゃるのではないでしょうか。私は抜かれるのいやなんですが、私と同じような思考回路をお持ちの方が少なからずいらっしゃると思っています。凄い感じで追いかけられたことが何度かありますので。逆に一旦抜かれて少ししてから次第にペースを上げて抜き返したことも多々あります。

ある日のこと、かなり高齢なおじいさんが私の少し前を走っていました。おじいさんはいつも走り込んでるのか、比較的安定した走りをされていました。とはいえ、スピードはさほど速くなかったので、自然と横を走り抜けるように追い抜いて行こうとしました。ところが、このおじいさん、私が横に来たらスピードを上げて私と同じペースで走りはじめました。正直、驚きました。どうしようかな〜と思いつつ、スピードをさらに上げてみたところおじいさんもまたペースを上げ、並走した状態から抜け出せなくなりました。この状態で私が次にとるべき選択肢は2つでした。こちらのペースを一気に落としておじいさんに勝ちをゆずるか、競争して勝負するかのどちらかでした。おバカな私は後者を選びました。この選択をしたことを後悔することになりましたが、とにかくそのときは競争してしまいました。私はさらにペースを上げてかなり早いペースになり、もはや短距離走にも近くなってきました。通りすがりの人達は私達をみて驚いた顔をされてました。それもそのはず、大の大人が2人競うように凄い形相で走っていたでしょうし、片方は普通の人からみても相当高齢な方でしょうから、びっくりするのが普通かと思います。私は何でこんな早いペースにおじいさんはついて来れるんだろうと走りながら考えました。予想される答えは一つでした。おじいさんのゴールはきっとすぐ近くなのだと。私のゴールはまだ1kmは先でこのペースを持続するのは不可能でしたが、おじいさんのゴールはもう100mもないのだろうと予想し、それなら絶対負けないぞと意気込んで僅か半歩リードした状態で走りつづけたところ、そこから50mくらい走ったところでおじいさんは急に走るのをやめました。結局、私はそのデッドヒートを制しました。

おじいさんが走るのをやめたところの近くには横断歩道があり、そこがおじいさんのゴールだったのです。後ろを振り返った私は、勝利の喜びはつかのま、一転して非常に後悔することになりました。おじいさんは頭をたれて両膝に手をつき息をきらしてました。あまりに苦しそうなその姿をみて、大丈夫かなとほんとに心配になりました。大人げない、なんで私はおじいさんにはじめから勝利をゆずってあげなかったのか。もしこのことでおじいさんの身に何かあったとしたらと思うと後でゾッとしました。自分がいかにおバカさんだったか思い知りました。次に会ったら競争しないぞと強く思うとともに他の高齢の方とも競争しないようにしようと心に誓いました。また、今になってもふとしたときに、そのおじいさんのご健勝を祈っています。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。


エピソード1

実は私、今は治りましたが、先月ちょっとした手術をしました。そのときのことを話したがり屋さんの私は結構みんなに話しているのですが、よければ以下ご一読ください。

10年くらい前に背中に粉瘤(ふんりゅう)ができ、たまに大きくなり、過去に2度ほど切開で中の膿を取りだすというその場対応をしてきました。でも、本当は手術で摘出してしまうのがいいので、次こそはそうしようと心に決めていました。 今回は自分としては比較的早いうちに近くのお医者さんにいき、摘出を希望したのですが、1軒目の若い先生は、前はうちの父に切開してもらったかもしれませんが私は外科的なことはやりませんので、と言って近くの大きめの病院への紹介状を書いてもらいました。2軒目では、いろいろ言われましたが結局は抗生物質で様子をみようとのジャッジ。会社での都合もあり、また破裂させたくもなく、らちがあかないようでしたので、あまり大きくない3軒目に行って、切開しちゃってくれませんかと言ったところ、若い男の先生に摘出手術を進められ、しかも今からとっちゃいましょっとの急展開。切開は簡単でも摘出を今からとは心の準備ができてませんでしたが先生のいきおいもあり気付いたら点滴をしながら会社に事情説明の連絡をしていました。

お昼前には、片方の手に点滴、もう片方の手に自動血圧計測器等をつけて、手術台にうつ伏せになって上がっていました。看護師さんに、つらい体勢ですが30分くらいで終わると思うのでと言われましたが、いざ手術がはじまり30分が過ぎてもいっこうに終わる気配はなく、それどころか局部麻酔の届きにくい奥の対応で苦戦しているようでした。それまでは痛かったら痛いって言ってくださいねとは何度となく言ってましたがそれ以外はだまって手術されていた先生が突然非常に小さい声でしたがそれでもかすかに聞こえてしまう大きさで「やっぱり失敗だったかな」っとボソっとひとり言。 完全に制圧された格好の私はじたばたできませんでしたが、仰向けになっていたらどうしていたやら。そういうこと言っていいわけもなかろうに、そもそもどう意味で失敗だったのか。多分可能性が高いのは2つ。 一つは、手術の手順が失敗だったと思ったのか、もう一つは摘出手術に踏み切ったことを失敗に思ったのかどっちか。私はきっと後者だと思っています。2軒目で踏み切らなかった事情がそのまま裏目に出たと思っています。その発言の前はあまり痛くなくたとえ多少痛くても我慢していた私は、奥の箇所になってからはほんとに痛いことが多く、痛いですと何度も言って麻酔を追加してもらいつつ、結局1時間かかって手術終了。

手術後しばらくして通院して患部を先生に見てもらったとき、先生は「思ったよりきれいになりましたね」と一言。私にはなんともひとごとのような発言に思えてなりませんでした。誰か別の先生があまり上手でない手術をしてどうなるかとおもいきや結構傷口がきれいにおさまってきたじゃんくらいに聞こえました。このときも私はじたばたせず。腹の中ではこんにゃろめと思ってましたが。でも、先生のこと好きか嫌いかと言えば好きです。いけいけなところがあるのか、また切りたがり屋さんなところがあるのかしりませんが、敬遠してなかなかとってくれなかったところをとってくれましたので。 でもでも、もし命にかかわるような外科手術の場合には、この先生は遠慮したいと思っています。そのときはやっぱり失敗しないドクターXにお願いしたいです。私はドクターXを欠かさず見てますが、この先生も見てるかもしれませんね ^^

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

なお、粉瘤ができたら、できることなら早めに摘出された方がいいようです。私のようにだましだましやった分だけ中の癒着が進むようで大変な思いをするかもしれませんので。


エピソード0

昨年秋、中2の息子はバスケ部をやめた。当時息子は副部長でレギュラーだったが、諸事情により精神的に限界にきてしまった。部長とは無二の親友でやめることを告げて詫びるのはつらかったに違いない。正式に退部を申し出る日の朝、私も部長の子へお詫びの手紙を書き、息子から渡してもらった。やめる1ヶ月くらい前、彼は部長になりたてで、チームメートのふがいなさに落胆していた。彼はもう僕は自分の代はあきらめて次の代の活躍のため後輩を育てることに専念するよっと言ってたらしい。それを聞いた私は悲しくなり、練習試合の後、今日も君は一人奮起して頑張ってたな、つらいよな、でもうちの息子がこれからもっと頑張って君をサポートすると思うからまだ諦めないで頑張ってくれよなっと言って励ました。だが、間もなくして息子はやめることになってしまった。それにより彼がますますつらくなることがわかっていた。親友でまた唯一といっていいサポート役だったからだ。彼への手紙で、ついこの間息子が君をサポートするから諦めないで頑張ってくれっと言ったのに息子がやめることになりもう君をサポートできなくなってしまいほんとに申し訳ないと申し上げた。自分の人生でこんなにも申し訳なく、また悔しく思ったことはないと申し上げた。手紙を書いている途中で涙が噴出し、耐えられなくなり一旦は筆を放り投げた。でも時間がなかったのですぐまた筆をとり、今後の活躍をお祈りしていることなど、また最後にもし良ければこれからも息子の友達でいてあげてくださいと涙ながらに書いた。妻もなんでうちの子ばっかりこんな目に会わなきゃいけないの!?と言って号泣していた。 いま息子は、スクールに通うなどしてバスケを続けている。センターというポジションに限らず伸び伸びやっている。スクールの先生が素晴らしく、私たちは救われた。部活をやめることで息子がおかしくなってしまわないか心配したが大丈夫だった。退部後、不都合が何もないわけはないが、息子に笑顔が戻ったのが何よりだった。息子は自分がほんとにバスケが好きだということを再認識し、今のうちにスキルを磨いておき、高校に入ったらまたバスケ部に入って再チャレンジするつもりでいる。親として出来る限りのバックアップをするつもりだ。一人っ子なので甘やかしてしまわないよう気を付けるとともに。 今日は気持ちのいい快晴だ!


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