恋の懸け橋


     まるで、日本列島のようです。

ロマンチックな名前の磯ですね。

この磯の名前を知ってしまったら磯釣りばかりでは申し訳ない。

西山町役場に問い合わせてみたところ・・・。




その昔、この辺に「いもりの神」と「ながその神」が住んでいました。

いもりの神には、それはそれはとても美しい姫がいました。

ながその神は、その姫をお嫁さんにしたいと長い間思いつめていました。



そして、いもりの神に

「ぜひ姫と結婚したい」

と、しばしばお願いをしていました。

いもりの神は、ながその神が力持ちの他に何のとりえも無く、その上この辺では一番みにくい顔をしていたので、

返事をのばしにのばしていました。

しかし、いつまでも返事を延ばしておく訳けにもいかず、どうして断わったものかと思案しておりました。



ある日、浜に出て、佐渡が島を見ながら妙案が浮かびました。

「一夜で佐渡が島まで岩の橋をかけたら娘をやる」

というものでした。

これなら、ながその神も諦めるだろうと考え、ながその神に伝えました。

それを聞いたながその神は、日の暮れるのを待って、近くの弾気山から岩を運んで、海に投げ込んで橋を作り始めました。

すると、岩の橋が佐渡に向ってどんどん延びていった、その勢いのすごさを見た。

いもりの神は、

「これは大変だ、あの勢いでやられたら姫をあの、ながその神にやらなければならない、何とかしなくては」

と知恵をしぼった。

そこで、いもりの神は、みのをバタバタとたたき、「コケコッコー」と鶏の鳴くまねを必死で繰り返しました。

それを聞いたながその神は、

「もう夜が明けたのか、残念至極あの姫と結婚できないのなら、生きていても仕方がない」

と、橋の先から海へ身を投げた。



すると、不思議なことに、ながその神は大きな鰐になって深い海の底に消えていきました。

その後、いもりの神には、たたりが続き、まもなく死んでしまったのです。

それからこの辺を鰐が淵と呼ぶようになりました。



近くには(R352号沿い)には石地懸橋寺羅石尊があり、石地海水浴場の監視所 の番地は、鰐が淵47の甲である。

なお、この岩場は地質学的には、椎谷層と呼ばれており、石油と関係の深い地層である。



戻る

この民話を提供してくださった町役場の方々に感謝いたします。