モンゴル遊牧記(冬編)


田中寿彦


 1月2日、気温マイナス15度。登山用の帽子の手袋、ネックウォーマー、ダウンジャケット、防寒用のタイツの上からコーデュロイのズボン、そしてモンゴル人の友人から借りたドイツ軍の防寒ブーツで身をかため、バトナランと出発した。

 目指したのは首都ウランバートルから約100kmのアルタンボラグという小さな村である。片道約3時間の道のりは途中までしか舗装されていない。しかし、道の途中で目につく風景はどれも絵になる。 いくら走っても変わらない風景の中、いつの間にかゲルに着いた。




 そのゲルには6人の家族が暮らしていた。家長のスミヤ、奥さんのシンフー、姉のムンフジャルガル、妹のムンフザヤー、弟のバヤラー、そしてムンフジャルガルの子どもゾラー。早速スーティツァイ(乳入り茶)とゆでた骨つき羊肉で迎えられた。ボウルに入った骨つき羊肉を手掴みでとり、ナイフで削り取って食べる。これが礼儀。モンゴル人が好む脂身がたっぷりついている。口が脂っこくなったらスーティツァイを流し込む。塩味の茶が心地よい。冷えきった身体を内側から肉が、外側からストーブの熱が暖めてくれる。燃料はもちろん牛糞と馬糞。ものすごい火力で、外が氷点下であることを忘れさせる。
 ひと息ついたころに仔山羊が生まれるという知らせがはいった。あわてて外に出た。ちょうど出産の途中だった。仔山羊のからだが半分見えていた。みるみるうちに全身が現れた。全身がゼリー状の羊水で濡れていた。夕陽できらきら輝いていた。母山羊が仔山羊のからだを舐めていた。牧童が仔山羊のところへ行って口のまわりの羊水を拭いとった。いや、搾り取ったといったほうが正確である。そうしないと、羊水で喉が詰まってしまうらしい。ゲルに戻るとゴリルタイシュル(肉うどん)を振る舞われた。肉とうどんと塩味だけだが、しみじみとうまい。食事のあとは、シミンアルヒ(モンゴル焼酎)で酒盛り。もうとっくに日は暮れており、ロウソクの灯だけが頼りである。ほろ酔い加減でトイレに出かけた。眩しいくらいの満月と、地平線ぎりぎりまで星が見えている。

 翌朝9時に起床。ストーブは夜のうちに消えていた。外はもちろん氷点下。しかし、意外なほど暖かい。火の気はなくても、まわりを取り囲む厚いフェルト、絨毯の下に敷き詰められた牛糞馬糞が高い保温効果を保っている。
着込んで外に出るとスミヤが遠くの山を指さして何か言っている。オオカミがいるらしい。その方向を見ても僕には何も見えない。全神経を集中して、眼を凝らして見るとやっとゴマ粒くらいのものが見えた。しかし、動物にも見えない。望遠鏡を借りて見ると、やっと四つ足の動物であることが分かった。モンゴル人の眼は望遠鏡よりも遠くが見えるらしい。
熱いスーティツァイで身体を暖める。石のように固いアーロール(固い乾燥チーズ)をスーティツァイに入れる。アーロールの酸味がスーティツァイに溶けだし、スーティツァイがアーロールを柔らかくする。アーロールは日本人好みの味ではない。今までは好きでなかったアーロールが今回は美味く感じられる。 モンゴルを訪れるたびに苦手だったモンゴル料理を克服している。いや、克服しているというより味覚がモンゴル人に近づいているようだ。

 スミヤ、バヤラーと井戸へ水汲みに行く。水汲みといってもゲルから2〜3km離れている。馬に乗って出発した。道も目印もないのでどこに向かっているのか見当もつかない。 たどり着いた井戸は直径40cmほどで周りに囲いはない。地面にそのまま穴が掘ってあるだけだ。おそるおそる井戸を覗き込んでみる。水は凍っていた。近くに置いてあった1mほどの棒で氷を割ってブリキのバケツで水を汲んだ。澄んだきれいな水だった。
ひと仕事終えてゲルに戻った。シンフー、ムンフジャルガル、ムンフザヤーの3人で何か料理を作っている。ボーズ(肉まん)だった。モンゴルのボーズは餃子のような皮の中にぎっしりと細切れにした羊肉を詰め込んでいる。蒸しあがったボーズはその中に溢れんばかりのおいしい肉汁を閉じこめている。かぶりつくとその肉汁が溢れてくる。それをちゅうちゅうと吸いながら食べるのが正しい食べ方である。ボーズはホーショール(モンゴル風ピロシキ)の次に大好物なので無心に食べた。次から次にできあがったボーズを僕の皿にのせた。おなかいっぱいになってもまだまだのせてくる。わんこそば状態である。
動けないほど食べた後でもスーティツァイは別腹である。ツァイを飲んで暫くぼーっとしていた。時折開くゲルの戸からなだらかな白く美しい雪山と地平線が見えた。
スミヤが、近所のゲルに行こうと言い出した。近所といっても2〜3km先である。馬にのって出かけることにした。
そのゲルでは、アイラグ(馬乳酒)が振る舞われた。アイラグは夏の飲み物だが、自然冷凍しておけば冬でも飲める。夏のアイラグはほとんどアルコールを感じないが、冬のは発酵が進んでいて、アルコール分が高い。久々のアイラグはうまい。さらにシミンアルヒもでてきた。ほろ酔い気分になった。 ここは猟師のゲルで、古い銃を見せてくれた。初めて本物の銃を手にしたが、旧式のためかずっしりと重かった。頼んで銃弾も見せてもらった。
1時間程過ごし、帰るときには土産にアーロールを持たせてくれた。
帰る途中、羊追いをしているムンフザヤーがいた。まだ10代のかわいい女の子だが、きちんと羊の群を統率している。もちろん囲いはないのだが、1頭も群から離れず、リーダーに従っているように見える。
ゲルに戻ってゆで羊を食べた。骨付きを鷲掴みにしてナイフで削り取って食べるというのにも慣れてきた。また酒盛り。ウランバートルから持ってきたアルヒもあけた。
「アールツを飲もうか」。「ん???」。
僕の知っているアールツはチーズで、このアールツを乾燥させるとアーロールになる。すなわちアールツは食べ物である。さてどんなものが出てくるのだろう。
まず、大鍋で湯を沸かし始めた。沸騰すると、最初に大量の白い粉を入れてかき回し、次に黄色っぽい粒の大きな顆粒状のものを入れてまたかき回し、さらに少量の白い粉を入れてかき回した。碗をもらい、1口飲んだ。強いチーズの匂いと口いっぱいに甘さが拡がった。甘酒のような感じで、妙に懐かしく、美味しかった。

 アルタンボラグでの最後の朝がきた。
今朝も野グソで始まる。氷点下なので、のんびりとはしていられない。短期決戦である。自分の分身は最初は湯気を発しているものの、みるみる凍っていく。僕が日本に帰っても、あの分身はモンゴルに残っているのである。

 朝食はいつものスーティツァイとアーロール。素朴な食事がしみじみうまい。

昼近くになってバトナランと登山を始めた。低くなだらかな山だが樹木はなく、雪と氷に覆われている。氷点下の空気に身を包まれているが、登り続けていくとじんわり汗が滲んでくる。
バトナランが突然立ち止まった。雪の上の足跡を指さして言った。「オオカミだ。」急に恐怖感を覚えた。昨日の朝、ゴマ粒大に見えたときには、「珍しい動物」に過ぎなかったが、足跡を眼の前にすると、リアルに感じる。あたりを見回したが気配はない。さらに登り続けた。やがて、山頂に着いた。


山頂にはオボー(石を小山のように積み上げた道祖神のようなもの)があった。旅の無事を祈った。
さらに、隣のもっと高い山を目指した。なだらかだが、雪と氷で滑る。防寒ブーツだけが頼りである。息が乱れる。深呼吸すると、凍った空気が肺を満たし、自分の肺の内壁を感じる。肺の形が実感できるようである。
やっとの思いで山頂に着いた。見渡す風景は地平線に囲まれている。まるで西遊記の世界である。あたり一面には誰もいないし、いる気配もない。人間の生活空間も見えない。
山頂には大小合わせて27のオボーがあった。その1つ1つに祈り歩いた。身体中にきれいな空気が満たされていった。
墨絵のような風景を見ながら身体を休めた。さあ山を降りよう。


 ゲルに戻ると、ヘビン・ボーブ(小麦粉で作ったお菓子)ができあがっていた。甘くておいしい。塩味のスーティツァイと一緒ならいくらでも食べられる。ヘビン・ボーブでおなかが満たされた頃、ムンフザヤーがモンゴル風焼きうどんを差し出してくれた。おなかいっぱいだったが、ちょっと味見するように口に運ぶとこれがまた旨い。あっと言う間に皿を平らげてしまった。
 食事が終わり、静かに時間が流れた。とくにやることもない。暖かいゲルの中、ごろりと寝転がり、気が向くとスーティツァイを飲み、またアルヒを飲み、ぼんやりと過ごす。ほんの1週間前までは毎日夜10時まで仕事をしていた日々が嘘のようである。(とはいっても現役サラリーマンなので、また1週間もすればその生活に戻ってしまうのだが...)とにかく、自然に身をまかせた。


 陽が傾いてきた頃、別れを惜しみながらアルタンボラグを離れた。
車窓から見える夕陽がきれいだった。雪山が夕陽のあかね色に染まっていた。


 ウランバートルのアパートに着いたのは、もう夜の8時をまわっていた。
アパートでは友人たちが待っていてくれた。友人たちと食事をして、3日ぶりのシャワーを浴びた。





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