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 国防省――いわゆる統一議会軍の、対異世界侵犯措置(スクランブル)部隊に所属するダイ・ウォーレン少佐は、頭を痛めながら本部の長い廊下を歩いていた。
 指令が下るとき、国防省ではなく外務省に呼びだされるのはいつもどおりだ。異世界人が次元機構で定められた規定に反してエルシア世界に侵入してきたとき、スクランブル部隊はその捕縛を目的として出動する。所属は国防省だが指揮は外務省によって行われ、その管理下にある。だから、スクランブル隊は国防省では異端視され、あまりよく思われていないのだが、それは今さらどうこういうことでもない。部隊のうち機動隊員たるスクランブラーがすべてヌニェスで構成されていることからして異端なのだ。
 ダイが頭を痛めているのは、今回の呼びだしで下った命令が、
「カマラ人が大量に北セファーンに出没したから、捕獲してこい」
 というものだったからだ。
 それが自分たちの仕事だからしかたないのだが、よりにもよって、こんなときに北セファーンに行かなければならないとは。隊員たちのブーイングが聞こえるようだ。
「しかし、歪みなんて、まったくどうしちまったんだ。今までの〈干渉〉じゃそんな記録なかったのに」
 ぶつぶつ文句を言いながら、ダイは仲間の待つ作戦室へと向かった。呼びだしを食らった時点で集合をかけておいたのだ。
 ダイ自身はヌニェスではない。人口の一パーセントは大小の差を問わず第三の力を持つヌニェスだと言われているが、ダイはその点ではきっぱりはっきりノーマルだった。第三の力のレベルを測定する生命パルス偏差測定器にかかっても、常に0だ。
 第三の力のレベルは、対数的に0から5まで六段階に分けられ、1未満の人間はノーマルと呼ばれる。それでも、大抵0.01位は針が振れるのだが、ダイは潔いくらいに0だった。そのせいか、彼はヌニェスに対する比較実験の検体として、国防研究所や国防医科大学などに細胞を提供させられていた。
 その彼がヌニェスで構成されるスクランブル部隊にいるのは、部隊長にはノーマル士官が配属されるのが決まりだからだ。
「あっ、隊長、お帰りい」
 第八作戦室のドアを開くと、陽気な声が彼を出迎えた。彼の部下たちは三々五々集まり、ゲームをしながら待っていた。
 スクランブル部隊機動部は現在、二十六名で構成されている特殊任務部隊である。部隊長以外はすべてヌニェスであることが条件づけられている。世界各地から選ばれたエリート、ないしほかの部隊にいられない問題児の集まりだ。一望しただけでも、世界中の民族の顔が窺え、うち女は二人、これは軍全体の男女比と同じだ。
 機動部のほかに事務部もあり、そこは十一人のメンバーのうち室長以下八人はノーマルである。
 ダイは部下からカードを取り上げた。
「おまえら、手札が読めるのにカードなんかやって楽しいのか?」
「だから楽しいんですよ」
 小太りのル・トンミョンがにやにや笑いながら答える。ヌニェスでない彼には分からないだろうと言いたげな口元だ。彼らのこういった態度はいつものことだ。別に悪意はないと分かっているので、ダイはなにも言わず、彼らの頭をカードで叩いた。
「作戦室なんかで遊ぶな。ほかの連中も席を直して俺の話を聞け」
「へーい」
 聞き分けよく、スクランブラーたちは椅子を動かして整列した。
 ダイは壇上に登り、〈干渉〉の影響で欠席した五人を抜かす二十人を見回した。三十二になるダイよりほとんどが年下だ。最年少は去年の秋に入隊した十八歳のドナ・シャフィである。
「少佐、外務省の呼びだしはなんだったの」
 ダイが喋るより先にジャネット・倣(ファン)が尋ねた。柘音(チヲイン)自治区ザネーン市出身で、きりりとした黒髪のショートカットが小麦色の肌によく似合う少尉だ。鍛えられてすらりと引き締まった体は、彼女の負けん気の強さを示している。スクランブラーは第三の力を鍛錬することはあっても、基礎体力さえあれば筋力を付けなくていいことになっているのだ。
 相手がジャネットだと分かると、ダイは気が重くなりながら、
「今からそれを説明するところだ、ジャネット。俺の言葉を取らないでくれ」
「あなたが遅いからじゃない」
 ジャネットもむっとした様子で反論する。
「おまえたちがきちんと着席してないからだろうが」
「私はちゃんとしてたわ。あなたがしっかりしてないから、みんなに舐められるのよ」
 ジャネットに叱られて、ダイは顔を歪め、ついでに耳を押さえた。彼女の性格はもともときついが、特にダイに対してはすばらしい反応をする。それというのも、
「おいおい、夫婦喧嘩はそれくらいにしとけよ」
 ほかの隊員からヤジが飛んだ。どっと笑いが上がる。
 ダイとジャネットは夫婦である。ただし三年前までは。本部もそのことを分かっていて、ダイに部隊長を任命した。離婚直後の辞令だった。
「部隊の華」たるジャネットは、隊員たちに信頼がある。だから、その尻に敷かれているダイも本部の狙いどおり、いろいろな意味で彼らに受け入れてもらえたのだが、本人同士は口をきけば喧嘩をしているという有様だった。
 もっとも隊員たちに言わせれば、「犬も食わぬ夫婦喧嘩以外のなにものでもない」ということになるのだが。
 ジャネットは同僚たちを睨み、
「うるさいわね! あたしとこの人はもう夫婦でもなんでもないの!」
「倣さん、それはみんな分かっていますから。ウォーレンさんが困ってますよ、話を聞きましょう」
 いちばん前に座っていたグレン・ワタ・イプが、丁寧な口調でジャネットを宥めた。彼は今年で五十二歳になる、部隊では最年長の隊員だ。ドナとともに去年入隊したばかりの新兵である。
 彼は八年前の交通事故をきっかけに、第三の力が顕現したヌニェスだ。第三の力は後天的に備わるものではないが、それまで眠っていたものがさまざまなきっかけによって開花する例はいくらでもある。
 グレンに諭されて、ジャネットは渋々腰を下ろした。新兵とはいえど年配のグレンには、三十四の彼女も強く言い返せない。
 不機嫌なジャネットを隣席のドナが宥める。なにを言っているかダイには聞こえなかったが、年下の少女の必死な表情に、彼女の機嫌も少し直ったようだ。
 騒ぎが収まったので、ダイはホッとしながら話を始めた。
「外務省から出動命令が出た。行き先は〈干渉〉で混乱している最中の北セファーン自治区、任務内容は、『カマラ人が大量に出没しているから捕獲すること』」
「大量のカマラ人って、それってさっきの〈干渉〉のどさくさに紛れて渡ってきたってことですか」
 グレンの隣に座るヘンリテが訝って聞き返す。
「いや、以前から目撃情報はあったそうだ。北セファーンの警察が麻痺しているんで、俺たちに回ってきた」
「いいのかね、そんな大変なときに密入者なんか捕まえてて」
「北セファーンが怠慢だっただけだろ」
「あそこの区政府は腐ってるってよ。どいつもこいつも、金が動かないと働こうとしねえんだから。だから今回の救助活動も円滑にいってないんだ」
「でも、大量のカマラ人が密入していたとなると、俺たちの責任問題になりませんか」
 てんでばらばらに感想を言いあう中で、一見はエリートビジネスマンタイプのイーゴリ・キルヤスクが不安げに尋ねた。
 切りそろえた顎髭のイーゴリは、顔を青ざめさせて、
「彼らがただの移住希望者ならともかく、エルシア世界を乗っとろうとして入りこんだ工作員で、民族主義者を煽動して世界大戦時代に逆戻りなんてことになったら、全部俺たちの責任ってことですよね! うわあ、どうしよう!」
「イーゴリ、うるせえ」
 隣に座っていたワヒード・バシャルが、一人で喚くイーゴリをブーツで蹴飛ばした。
「ひ、酷いじゃないか、ワヒード」
「俺たちの責任じゃなくて、突入してくるのを感知できなかった基地のセンサーが問題なんだよな、隊長」
 ワヒードはイーゴリを無視してダイに尋ねた。
 世界間を転移するとき、界面を突入する際にわずかだが特殊な電磁波が発生する。それを世界各地にある軍の基地が察知して、スクランブル部隊に伝えてくるのだ。
 だが、センサー網にも隙間ができる。密入者はそこを縫ってくる。
 統一議会が発足してから三百五十三年、その間に異世界人が潜入し、内乱を起こそうとした事件はいくつかある。それを警戒して議会はほかの世界に倣い、スクランブル部隊を結成させた。
「ワヒードの言うとおりだが、だからといって俺たちの任務が変わるわけじゃない。分かってるな。
 それから、現在マチェスター市周辺に空間の歪みが発生しているそうだ。注意は怠るな、なにせリュシ族でも中に不用意に飛びこめなかったそうだ」
「リュシが動いてるんですか」
 トンミョンが嫌そうに言った。ほかの隊員たちも顔をしかめる。
「なら、事例丸ごと氾科研に預けちゃえばいいじゃないですか。なにもわざわざぼくたちが動かないでも」
 トンミョンのセリフは、なにも彼が怠け者だからの発言ではない。外務省系のスクランブル部隊は、リュシと相性が悪いのだ。
「あいつら自分たちの調査結果、俺たちには教えてくれねえもんな」
「教えてくれないならいい方だよ、俺たちの邪魔するんだぜ。やだね、あいつらと同じ仕事するなんて」
 ほかの隊員も愚痴をこぼす。ダイはしかつめらしい顔を作って、
「そんなこと言っている場合か。氾科研は歪みについて調べてるんだ、おまえらは自分の仕事をしろ。でないと査定委員会を呼ぶぞ」
「ずりーいっ」
 わあわあと非難の声が上がるが、ダイは無視した。彼らに議会への忠誠心はまったくない。
「ねえ、大量って言ったけど、どのくらい来てるの」
 隊員たちの文句を遮って、ひときわ大きな声でジャネットが言った。
「四、五人? 十人、二十人? カマラ人が大量に潜入しているなんて変よ。カマラじゃほとんどヌニェスが生まれないんじゃなかったの? どうやってこっちの世界に来たわけ? そんなに界渡り能力者が生まれたとでもいうの? それとも〈回廊〉を通ってきたの?」
「じゃ、〈回廊〉を渡り終えた端から捕まえてけば楽勝だな」
 皮肉屋のロッセリーニが揶揄し、どっと笑いが起きる。ダイは手で制した。
「だから、カマラ人を捕まえて聞きだすんだ。外交官絡みでエルシアに潜入したとなれば、〈扉〉の管理問題になる」
「きっと界渡り能力者がちまちまと一人一人抱えてきたのさ。ご苦労さまだなあ」
 再度笑いが起こる。
「みんな、まじめに聞けよ。俺たちは出動して北セファーンで待機、外務省と氾科研との調査結果を受けて行動することになる。出発は今夜二十二時、それまでに用意しておけ。以上!」
「ほーい」
 悪ふざけを続ける隊員たちに業を煮やして、ダイは強引に話をまとめた。隊員たちは返事だけはいつものように素直にし、立ち上がった。出発まであと三時間もない。それぞれ準備をしに出ていく。
「ジャネット」
 仲間とともに作戦室を出ていこうとするジャネットを、ダイは呼び止めた。彼女はさっきの喧嘩をまだ引きずっているらしく、仏頂面で元夫を睨みつける。
 ダイは多少緊張しながら、
「あー、その、なんだ、今回の出動は、メグを誰に預けるんだい」
「……私の母よ。いつもそうじゃない」
 ぶっきらぼうにジャネットは答える。二人の子供のマーガレットはまだ六つだ。養育権はジャネットが持っているものの、ダイも自由に娘と会うことが許されている。
 ダイもマーガレットの養育権を望んだが、ジャネットのように母親がフリンカムに住んでいるわけでもなく、彼女より家にいる時間が少ないので、法廷で争う前に諦めた。
 離婚した当初はダイは陸軍航空にいたので、「ジャネットが出動しているときは、自分がメグを預かれる」と考えていたのだ。よもやジャネットと同じ部隊に配属されるとは思わなかった。
 可愛い娘は心配だが、あまりうるさくするとジャネットに怒鳴られる。よって彼は卑屈な態度で尋ねてしまったのだが、ジャネットもジャネットで、幼い娘を置いてけぼりにすることに負い目があるらしく、いつもほどにはきつい口調ではなかった。
 ダイは義母を思いだし、安堵しながら、
「なら安心だな。お義母さんによろしく」
「不安なことなんてあるわけないじゃない」
 投げ捨てるように言うと、ジャネットは逃げるように部屋を出ていってしまった。
 ダイは大きく息をついた。




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