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 マチェスター市で動きがあったのは、五月二十日、アリーヤ皇太子が過激派に襲われた六日後のことだった。
 それまで統一軍は歪みに行動を制限されながら、地道に情報を集め、山狩りを続けた。トンミョンは一人も捕まえられないと嘲笑したが、やはり虱潰しに調べていった成果だろう、三日目辺りからゲリラが次々と逮捕されていった。
 彼らは山にひそみ応戦したが、軍の圧倒的な火力の前に屈服し、逃亡、或いは投降した。最後まで抵抗した者は掃討隊によって片づけられた。
 通常なら掃討と同時に一帯を包囲し、燻りだされたゲリラを殲滅するのが鉄則だ。逃げ延びたゲリラは民衆の中に潜り、再び捕まえるのは困難になる。だが、ゲリラ討伐軍に広いガランシア山地を包囲できるほどの人員はなかった。逃亡したゲリラは分散し、市井に潜伏してしまった。しかも、〈干渉〉の混乱を引きずる北セファーンで、ゲリラか民間人か区別するのは不可能だ。軍は物資の供給を強化して増員を考えたが、それはそれでまた別の問題にぶつかった。
 以前から被災者への救援物資がゲリラに奪われる事件が頻発していたが、最近は被災者自身も軍の物資強奪に積極的に関わっていた。
 ゲリラから救援物資を受けとった被災者たちの心は、むろんゲリラ側にあり、この大変な時期に戦争を起こそうとしている統一軍は敵だった。敵の物資を奪うことは、自分たちが潤い、しかもゲリラの役に立つ正義だ――この論理が大きな顔をしてまかり通っている。
 軍は敵、軍を派遣してきた統一議会も敵、というロジックができつつある。まさに民族主義団体の思う壺である。
 エルシア全土では、皇太子を襲撃した革命共同戦線に対する非難が続々と上がり、統一軍派遣賛成派が主流だ。だが、少なくとも北セファーンの人心は、完全にゲリラ側にあった。
 そんな、泥沼の様相を呈してきたとき、事件は起きた。
 最初はほんのささいな――いつでもきっかけは些末で下らないことだが――諍いだった。
 ゲリラに賛同する若者たちが、軍や統一議会に対する抗議として、都庁前広場で集会を行った。軍は主催者がゲリラと関連していると読み、広場周辺に戦闘車を三台、三個小隊を警備として配置した。それが若者たちの感情を逆撫でするのは、当然といえば当然の成り行きだった。
 議論が白熱するにつれ彼らは興奮し、一人が戦闘車に立ち退けと突っかかっていった。兵士たちはマニュアル通り、戦闘車に登ろうとした青年を引きずり下ろした。そして、捕縛された青年の仲間が、彼を助けようとドッと押し寄せたのだ。
 そこから広場はパニック状態に陥った。若者集団と軍はぶつかり、若者の一人が油をかぶって抗議の焼身自殺を試みたことから、興奮した若者たちは暴徒と化し、軍に襲いかかったのである。
 軍は極力応戦しないようにしていたが、兵士の一人が袋叩きにされて、発砲した。若者たちは逃げたが、彼らが逃げた先から戦車の一団が現れて、統一軍の装甲車に砲弾を撃ちこんできた。これに度肝を抜かれた兵士たちが、司令室に応援要請し、キャンプは騒然となった。
 よもやゲリラが戦車隊を抱えているとは!
 包囲された装甲車が視認したところ、少なくとも八台の戦車がいたという。今までの山狩りによって得られた情報では、敵の戦力は戦車まで装備できる――しかも八台も揃えることは到底できないはずだった。技術的にも、金銭的にも。しかも、型名不明、見たことのない型だという。オリジナルの戦車を製作するには、相当の予算と技術がなければ不可能だ。一個人でできる代物ではない。
 ともかく、孤立した三台の装甲車を救出する為、すぐさま応援部隊がマチェスターに乗りこんだ。ゲリラはその間に街を封鎖、マチェスター市の内と外で戦闘が開始されたのである。
 街の封鎖には大勢の市民が参加していた。軍は市民という刃向かってくる人質を前に、ゲリラと戦わなければならなくなった。
「まったく分が悪いぜ」
 単眼鏡を覗きこみながら、運転席のワヒード・バシャルは憮然と言った。彼が見ているのは、砂埃の巻き上がる戦闘区域だ。
「ありゃ軍に勝ち目ねえな。ただでさえ市民の心掴まれちまってるのに、戦力もそれなりにあるんじゃ、ムリムリ」
 自分とて軍人の一人であるのに、ひとごとのようにワヒードは分析する。後部座席で送られてくる情報を調べていたル・トンミョンが、まるまるした顔を歪めて、
「でも、市街戦だよ。街に降りたゲリラなんて、陸に上がった海亀みたいなものじゃないか」
「じゃあ俺たちは飛べないツバメさ。空の機動力がない今の軍が、地の利があるゲリラに勝てるなんて、後衛さんは本気で思ってるのかい?」
 ワヒードがからかい返す。トンミョンは頬を紅潮させ、なにか文句を言おうとしたが、助手席で地図を広げていたダイ・ウォーレンが止めた。
「おまえら、ここまで来て喧嘩するな。ゲリラがマチェスターに集結するのは分かってたことだ」
「そうそう、君たちが取り逃がした奴らがね」
 ここぞとばかりにトンミョンが嘲笑った。山狩りから逃亡したゲリラの行く先はマチェスター――それは追跡捜査で分かっていたことだ。
「ゲリラが山に隠れるのは、見つかりにくいし、奇襲が効くからだ。今のマチェスター市は歪みのせいで、ヌニェスの探査も上空からの襲撃もできない。山とどちらを選ぶとしたら、味方にも人質にもなる市民がいるマチェスターを選ぶのは当然だ」
「やれやれ、俺たちは飛べないツバメどころか、足のないナメクジがいいところか。手も足も出ねえ」
「ナメクジにはナメクジのやり方がある。トンミョン、情報は読みこめたか」
「ばっちりですよお」
「ワヒード、先に進むぞ」
「了解」
 ワヒードは単眼鏡を胸にしまうと、運転席に腰を落とした。そして車を動かす。
 三人は今、単独で荒野を横切り、マチェスター市を迂回しているところだった。目指すはマチェスターの西ゲート、ダラスル交差点だ。
 ゲリラと交戦している東ゲート、テレオゲートがどんどん遠ざかる。
 ダイは併走するマチェスター市の都市影を睨み据えた。その手にはいつでも応戦できるよう、ライフルが握られている。
 空は相変わらず真っ青で、雲一つなかった。荒野のアースカラーと蒼穹のコントラストが強くて、遠近感がなくなる。乾いた絵のような大地を、車はもうもうと土煙を上げて突っ走る。
 彼らは今、犯罪者だった。軍規違反、命令違反の現行犯だ。
 この突発的に始まった戦闘で、三人はそれぞれ違う命令を受け、それを無視して西ゲートに向かっていた。
 目的は一つ、彼らの本来の任務を遂行する為だ。
(カマラ人はマチェスターにいる)
 晩大林がもたらした情報が、彼らを行動に移らせた。異世界人がいるならば逮捕しなければならない。ゲリラ掃討は彼らの本来の任務ではない。
 そして、逮捕の真の目的は、この歪みの原因を突き止めることだ。
(カマラ人がこの歪みを発生させている)
 口にはしないが、三人とも同じ結論に至っていた。どう考えてもそうでなければおかしい。でなければ、こんなゲリラに都合よく歪みが発生するはずはない。そして、ゲリラにイレギュラーなメンバーがいれば、それが原因と考えるのは自然だ。
 だが、どうやって?
 その謎を解く為には、カマラ人を捕まえなければならない。ワヒードが言うように、歪みがなくならなければこの戦いに勝ち目はないだろう。
「でもいいんですかねえ。ぼくたち、軍警察に捕まりますよお」
 そう言いながらも、トンミョンの口調は弾んでいる。彼もイレギュラー活動が好きなのだ。いつもは飄然としているワヒードの方が、心配そうに、
「いいのかい、隊長は。俺たちゃどうせ鼻つまみもんだからいいけど、隊長は降格間違いなしだぜ」
「……まあ、いいさ」
 わずかな間のあと、ダイは答えた。決心が揺らいだわけではない。
 むろん、この行動に出る前に、ダイは司令部に歪みの原因を調べる為、自分の部隊をマチェスターに潜入させてくれと申請した。解答は、却下。理由は、歪みの原因を調べるのは氾科学研究所の仕事だから。すなわち芙蓉の宮の仕事に手を出すなと言うのだ。
 統一議会は芙蓉の宮との線引きをはっきりさせたがる。その意向を統一軍も引き継いでいて、他人の領域に侵犯しない代わり、相手に侵犯されることを極端に嫌う。だから、芙蓉の宮に関わりの強い外務省、そしてその配下にあるスクランブル部隊は本部に疎まれているのだ。
 芙蓉の宮への忌避感がスクランブル部隊の動きを封じている。それならばフリンカムに戻してくれればいいのに、それも外務省への体面を慮ってしない。
 ならば、自分たちで動くのみだ。
 氾科学研究所――リュシに任せきりにはしたくなかった。彼らも歪みに第三の力を封じられながら、それでも着実に成果を上げている。このまま放っておけば歪みの原因を発見するに違いない。
 だが、一体それがなんだったのか、真実が公表されることはないだろう。口当たりのいい、理解しやすい言葉で包み、人々を納得させるだろうが、そこに真実はない。
 そんな虚ろな公式発表で自分が満足できるとは、ダイにはとても思えなかった。そうするには彼らは深く関わりすぎていた。
 だから、自分たちの目で確かめなければならない。
 晩大林が訪れた夜、ダイとワヒード、トンミョンの三人は、同じ気持ちを抱いていることを確認し、マチェスター潜入計画を立てた。そして、実行している。
 決心は揺らいでいない。命令違反で軍を放逐されてもかまわない。ただ、気になることが一つあっただけだ。
「俺も出世街道から外れた人間だからな……そろそろ引退して、故郷に戻って店でも開こうと思ってるんだ」
「店? どんな?」
「喫茶店かな」
「隊長さんが喫茶店!」
 どっとワヒードとトンミョンが声を立てて笑った。
「射撃場の間違いじゃないんですかあ」
「ヴァナヴァラ一のスナイパーが喫茶店のマスター! いらっしゃい、お客さん注文は?」
「うーん、そうだねえ、法務省の官房長官を一人」
「撃ち方はどうします。ライフル? ミサイル?」
「迷うねえ。散弾銃にでもしとくか」
「おまえら、本気にしてないだろう」
 げらげら笑いながら囃し立てる二人に、本当は気があうんじゃないかと疑いながら、ダイは仏頂面で言い返した。すると、
「当たり前じゃない、あなたみたいな味覚音痴に喫茶店なんて、笑い話にしかならないわ」
 突如割りこんできた第三者の声――しかもよく聞き知った女声に、ダイは飛び上がった。振り返ると、すまなそうに笑うトンミョンの横に、副隊長のジャネット・倣少尉の姿があった。
 彼女は小銃を構えたまま、切れ上がった目でダイを睨み、
「なんて人なの、副隊長である私を置いて行動するなんて」
「トンミョン!」
「すみませんねえ、車を調達するときに見つかっちゃったんです」
 悪びれた様子もなく、トンミョンは謝る。ダイは憤然とした面もちのジャネットを睨み返し、
「なんで君まで来たんだ。キャンプから飛んできたのか」
「まさか。この歪みじゃ五十メートルジャンプがやっとよ」
 そう言ってジャネットが斜め後ろを指す。見ると、この車に併走する一台の車の姿があった。マチェスター市を監視していたダイのちょうど死角だ。
「……あっちには誰が乗ってる?」
「恵祐とヘンリテとヌクラよ」
「ほお。前衛と後衛のいい配分だ」
「ワヒード!」
 感嘆するワヒードをダイは一喝した。そして、苛立ちもあらわにばりばりと髪を掻き、ポケットを探す。
「はい、飴」
 嫌みのようにジャネットが愛用の喉飴を差しだしたので、ダイは仏頂面で奪い、口に放りこんだ。苦い薬の味が舌に広がる。それで少しだけ気が落ちついたので、渋い面もちで、
「一体なにを考えているんだ、おまえたちは」
「あなたと同じことよ」
 負けず劣らず、不機嫌そうに答えるジャネット。ダイは言い返そうとしたが、その前に、
「大体ね、歪みの謎が知りたいのはあなただけじゃないのよ。私たち全員が思ってたことなの。なのに一人でさっさと決めて、副隊長に一言も相談しないなんて、信頼問題だわ」
「じゃあ聞くが、残りの奴らはどうしたんだ? ロッセリーニは? ドナは? グレンは?」
 ダイが追及すると、途端にジャネットは返事に窮した。そこまでは理論武装していなかったらしい。しどろもどろに、
「か……彼らは、今後のことを考えて、置いてきたのよ。ロッセリーニやグレンには家族がいるし、こんなとこで路頭に迷わすわけにはいかないわ」
「ドナちゃんはシャフィ家の人間だしな。悪事に荷担させちゃ可哀相だ」
 けらけらとワヒードが笑う。ダイは頭が痛くなった。同じ理由でジャネットたちを置いてきたのに、どうしてこうなるのだろう。
「あのな、ジャネット。潜入ってのは大勢で行ったってしかたないんだ。特に君らはヌニェスで、歪みの中は体に相当負担が来る」
「なによ、足手まといだって言うの?」
「特にジャネット、君は射撃がド下手だ」
 ダイはきっぱり断言した。トンミョンが噴きだし、ジャネットに睨まれて慌てて顔を背ける。ジャネットの射撃音痴は部隊の中でも有名だ。
「俺が五年も教えてやったのに、どうしてそう進歩がないんだ。ほかの生徒はみんなそれなりになったが、君だけだ、自分を撃ちそうになるバカは」
「し、失礼ねっ。これでも自分の足を狙うのだけはしなくなったわよ」
「でも俺、この間殺されそうになったぜ。後ろで順番待ってただけなんだけどよ」
 ワヒードが揶揄する。射撃に関してはジャネットはまったく弁明の余地がないのだ。
 ダイは眉間にしわを寄せ、さらに、
「大体、メグはどうするんだ。もし俺と君が同時にやられたら、メグは一気に両親を失うんだぞ。親権を取ったのは君なんだから、君は責任を持つべきだ」
「!」
 ジャネットは悔しそうに唇を噛みしめた。きつい言い方をしたかとダイは一瞬後悔したが、娘のマーガレットのことを考えれば譲れない点だった。
「ジャネット、だから君は――」
「もう遅いわっ。私は帰らないわよ!」
 捨て台詞のように怒鳴ると、ジャネットの姿が掻き消えた。併走する車の方に転移したのだ。
「あっ、こら待て!」
 などと怒鳴ってみても、遅い。
「まったく、もう……!」
 両手で頭を掻きむしるダイに、ワヒードとトンミョンが気の毒そうに声をかける。
「まあまあ、少尉も言いだしたら引かねえ女だからさ」
「それにしても、お二人は仲がいいですねえ。なんで離婚したんだか分からないですよ」
「あれを見てよくそんなことが言えるな」
 恨めしげにダイは二人を睨んだ。だが、トンミョンがきょとんとした面もちで、
「あれっ。ジャネットは隊長さんが心配でついてきたんじゃないんですか」
「え……?」
 意表を突かれ、ダイは言葉を失った。ワヒードも運転を続けながら、
「なんのかんの言いながら、ジャネットは隊長のこと気にしてるんだぜ。あれでもうちの華なんだから、隊長、しっかり守ってやんなよ」
「……」
 ダイは黙ったまま、マチェスター市に視線を戻した。
 ジャネットが自分を心配してくれる――そのことに自分が喜んでいるのか、怯えているのか、よく分からなかった。

 西ゲートとは街に出入りする便宜上呼ばれているもので、実際に門やその類のものがあるわけではない。マチェスター市の西の玄関ダラスル交差点は、国道が交わり、近くに高速道路のインターもある交通の要だ。自治区北部や西部に向かうには、この交差点を通ることになる。
 もちろん、ゲリラがここを押さえないはずもなく、バリケードを組んで敵の侵入を拒絶していた。
 ダイたちはゲートを回避して潜入することにした。被災者もしくはゲリラに賛同する者ならば、容易く内部に入れることは分かっている。彼らは被災者に扮し、集合場所を決めて散開した。
 ダイは愛用の拳銃を胸に忍ばせ、埃っぽい通りを歩き始めた。少し行くと、沿道にアパートが立ち始める。戸建て住宅は見当たらない。ダイには都市外縁部の方が戸建てが多いように思われるのだが、ここら辺ではそうでもないようだ。
(あまり外に広がっても、沙漠になっちまうからか……)
 それでも人は都市に集まる。限られた土地で人を多く収容しようと思えば、やはり高層住宅にならざるを得ないだろう。だから郊外はアパートだらけになる。
 それが仇になった。地震のないこの地で耐震構造の基準は緩く、取り締まりも徹底されていなかった。
 沿道のアパートの半分は、一階部分から折れたり、途中の階が畳み潰れたり、無惨な姿を露呈していた。半壊全壊は免れた建物も、壁の一部が剥離したり、ひびが入ったりして、無事なものは一つもないように見えた。
 八階、九階建ての大きな建物が、よくもまあこんなに簡単に崩壊したものだと、ダイは半ば感心してしまった。それほどまでに世界と世界が衝突するエネルギーというのは大きかったのだ。改めて実感する。
 それでも、崩れたアパートの下にひしめくテントを見て、
(これが人災だったら、怒りのぶつけどころもあっただろうに)
 と暗澹たる気持ちになった。
(〈柱〉は支えきれなかった。いや、支えたからこそ、これだけですんだんだ。〈柱〉が支えるのをやめてしまったら、一体この世界はどうなってしまうんだ)
 通りにはあまり人の姿はなかった。数十メートルおきに一人、また一人と歩いているきりだ。テント村にいる人々も外には出ているが、通りには出てこない。昼間だというのに、ひどく静かだ。
〈干渉〉の翌日に通りかかったときは、行方不明者の捜索が行われたり、物資の確保に奔走する人々の姿があった。二、三日前までは、復興工事が急ピッチで進められ、大型土木機械が倒壊したビルを除去するけたたましい音が、街中に響きわたっていた。
 だが今は、工事はすべて中止され、街は正月でも来たように静まり返っている。しかも、空虚の静けさではなく、身を隠し、じっと災禍が過ぎるのを息を殺して待っている、そんな息苦しい沈黙だ。
 通りを進むにつれ、建物がどんどん密集していく。一階部分に店舗の入ったビルが増えてきた。住宅街から繁華街に入ったようだ。
 通りには瓦礫やガラス片、ときには建物の一部分が行く手を遮っており、ダイはそれらを迂回し、或いは登り越えて進んだ。そんな彼を、店舗の中でなにをするでもない人々がじっと見つめている。だが興味はないようで、不審な顔をする者も、声をかける者もなかった。ただ男が一人歩いているから見ているだけなのだ。
 ダイは耳を澄ました。風に乗って途切れ途切れに砲弾の音が聞こえる。連日の工事の騒音に慣れた市民には、緊迫した音には聞こえないのか。
 慎重に歩くふりをしながら、彼は辺りをすばやく窺った。歪みの元になるような、おかしなところはなにもない。ヌニェスならその体調と引き替えに、歪みの強弱が分かるはずだが。
(やはり誰かと組むべきだったかな……)
 わずかに後悔し始めたとき、通りに立ち塞がる三人の少年に気がついた。
 三人ともまだ十代半ばだろう。幼さの残る顔を赤くして、ダイを怒ったようなまなざしで睨みつけていた。その手におのおの小銃を構えており、額には揃いの赤いバンダナを巻いている。
(ジオラヘカタ)
 赤いバンダナは、北セファーン革命共同戦線に参加した民族主義団体の一つ、ジオラヘカタの印だ。ダイは憂鬱になった。
(あんな子供を駆りだすなんて……)
 子供が主義主張を持ってはいけないなんて、そんな愚かなことは言わない。子供は他者の意見に染まりやすく、また自分の意見も構築できないものだ。他者の意見を吸収し、裏切られ、裏切り、自分を模索する――そういった経験を子供のうちに積まなければ、他人の意見に染まりやすい大人になるだけだ。その方がたちが悪い。
 だが、子供に銃器を与えるとはなにごとか。
「おい、そこのおまえ!」
 横柄な口調で少年の一人がダイを呼んだ。ダイは息をつくと、渋い顔をして少年たちに歩み寄った。
「俺になにか用か」
「俺たちは革命共同戦線のメンバーだ!」
「この辺をパトロールして、不審人物を捕まえて犯罪を予防してるんだよ」
「おまえ、どこから来た? どこに行く?」
 高圧的な態度で質問するが、今ひとつ迫力に欠ける。まだ参加して日が浅いのだろう、銃を持っているというよりは、銃に持たせられている不安定さがある。
「俺は、メニュエから来た。こっちで部屋を探すつもりなんだ」
 ダイは用意していた答えを口早に伝えた。彼らと関わりあいになりたくない――そんな態度をちらちらと見せる。こんな下っ端の子供がなにを知っているとも思えないが、御しやすいのも事実だ。
 案の定、少年たちはゲラゲラと大声で笑いだした。
「おい、なんて呑気な奴がいるんだ!」
「間抜けなおっさんだな。マチェスターは今、戦場なんだぜ。こんなとこに越してくる気か?」
「戦場?」
 納得いかない様子でダイは聞き返した。少年たちは口元を緩ませ、蔑んだまなざしでダイを見返した。
「そうさ。俺たち北セファーン革命共同戦線と、統一軍の戦いさ」
「おっさんも分かってるだろ、今度の災害で、統一議会が俺たちになにをしてくれたか」
「なーんもしなかった! 俺たちが苦しんでるってのに、あいつらがやったことと言やあ、軍隊送りこんで戦争しかけてきただけだ!」
「俺らの税金使って、なんで俺らが攻撃されなきゃなんないんだ?」
「ってわけで、俺らは俺らの自由を勝ちとる為に立ち上がったのよ。統一議会から分離して、俺たちの為の俺たちの手による俺たちの国を作る為にな!」
 意気盛んに少年たちは口々に言い立てる。なるほど、民族主義の理念はきちんと浸透しているようだ。
 しかし、先に手を出してきたのが革命戦線だということは知らされていないらしい。知っていても、彼らにとっては大したことではないのかもしれない。
「世界を一つの議会がまとめるなんて、そんなの無理だったんだよ」
 赤毛の少年が吐き捨てるように言った。
「一つの自治区ぐらいの大きさでいいんだ。俺たちには『国』が必要なんだ」
「分かっただろ、おっさん。マチェスターは自由の戦いの最前線なんだ。死にたくなかったら、ここから引き返しな」
 そばかすだらけの少年が銃を振って追い払おうとする。だが、ダイは少しだけ怯んだ態度を見せながら、
「でも、妻が先に来てるんだ。サリダ・オコーナ美術館で待ちあわせてるんだよ」
 少年たちが面倒くさそうに視線を交わした。サリダ・オコーナ美術館は、暴動の起きた都庁と目と鼻の先にある。情報が正しければ、ゲリラの拠点となっている辺りだ。
「おっさん、あの辺りは立入禁止だぜ」
 小太りの少年が無愛想に言った。
「奥さんも近づけねえよ。さっさと帰んな」
「そうか……じゃあ、少し探して、すぐに帰るよ」
 大した情報は持っていないと踏んだダイは、話を切り上げ、三人から離れようとした。だが、
「待てよ!」
 赤毛の少年が止めた。少年はダイをまっすぐ見据えながら、
「ちょっと調べさせてもらうぜ」
 そう言って彼の体に触れようとする。ダイはとっさに少年の腕を捻り上げた。
「ジネ!」
 少年たちは色めき立ち、銃を構えた。そのまま撃ったら仲間に当たることを考えていないのかとダイは呆れながら、空いている手を広げ、
「なにもしないよ。ただ、俺は銃を持ってるんだ。いきなり撃たれたら嫌だったんでな」
「……」
「じゃあな」
 ダイはジネと呼ばれた少年を突き放すと、おもむろに歩きだした。最初はゆっくり、そして、次第に早く。
「ま、待て、この!」
 少年の怒号。次の瞬間、ダイは走りだし、路地に飛びこんだ。間一髪、銃弾が雨あられのように降ってくる。
「まったく、短気だな」
 コケにされたと腹を立てたのだろう。ダイは面倒だったが、このまま逃げるのもまずいと判断し、銃を抜いた。
 銃弾を避け、建物の陰から三発撃つ。弾はそれぞれ三人の脚に当たり、彼らは悲鳴を上げて倒れた。これで追いかけてはこれない。人相はばれたが、まあかまわない。
 道路に伏せ、情けない悲鳴を上げてもがいている少年たちに、
「撃たれる覚悟もないのに銃なんか持つからだ」
 そう呟くと、銃をしまってそのまま路地を歩きだした。


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