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 カマラ世界王都、ジョイワール――時間は〈干渉〉から四日前にさかのぼる。

「あら」
 針子仕事からの帰り道、いつものアクセサリー屋が戸を降ろしているのにグッディ・スループは困惑した。給料が入ったので、来週の水祭りにつけていく髪飾りを買おうとしたのだ。一月も前から目を付けていた、魚をあしらった銀製品である。
(どうしたんだろう。今朝は店を開ける準備をしてたのに……残念だわ)
 グッディはがっかりしたが、休みではしかたない。明日寄ればいい。
(でも、どうしたんだろう。まだ昼を過ぎていくらも経ってないのに)
 そういえば、通りにひしめく多くの店が戸を閉めている。雑貨屋やパン屋、八百屋もだ。開いている店もあるが、いつもなら歩道を埋めるほど出ている露店も今日はわずかで、通りは閑散としていた。心なしか、人通りも少ない。
(警察の手入れでもあったのかしら)
 狭い道に違法露店がひしめくので、時折警察が取り締まりにやってくる。露天商たちはそれを事前に察知し、蜘蛛の子を散らすようにあっという間に消えてしまうのだ。
 だが、それではきちんと店を構えている人々まで消える必要はない。
 水祭りの会合でもあるのだろう。グッディはそう判断して、砂埃の舞う乾いた通りを歩きだした。
 ジョイワールは王都の名に恥じない、カマラ世界最大の都市だ。乾燥した大地に湧く湖のほとりに発達してきた街で、現在、百万近くの人間を擁する。湖畔の王宮を中心にカマラ世界を統べるすべての機関が集中し、外に向かって上流階級、中流階級、下流階級、さらに外側には貧民層と、美しく住み分けされていた。上位地区は水の手、下位地区は山の手と呼ばれている。
 グッディの家は街の中心オウール広場から少し外れ、下町にある。中流の下というところだ。以前はもう少し湖の近く、つまり水の手に住んでいたが、今のところに移り住んでもう七年になる。十七歳の彼女にとっては、今の下町の方が慣れ親しんだ町だ。
 水の手にある工房から山の手に向かって歩いていたグッディだが、だんだんと閉じられている店が多くなっていき、不安にかられた。アクセサリー店の辺りではそれでも大部分は開いていたが、下町になるにつれ戸が閉められている割合が増え、家に着くころにはすべての店が閉店していたのだ。
(いやだ……なにかあったのかしら)
 よく考えてみれば、自分がまだ日の高い時間に帰ってくるのも妙な話である。あのがめつい工房の社長が、いきなり「今日は出かける用があるから、もう帰っていい」と言いだしたのだ。いつも、自分が死んでもミシンは止めるなと、口酸っぱく言っている社長がだ。
(ああ、嫌な予感がする。なにかしら。なにかあったのかしら……いいえ、これからなにかあるのかもしれない。なにか、とても大変なことが――)
 そんなグッディの不安を破裂させるように、ガシャン! と激しい物音がして、彼女は飛び上がった。
 動悸に胸を押さえながら振り返ると、誰かがパン屋のシャッターを蹴飛ばしていた。背格好や声からまだ少年のようだ。なにか喚いているが、グッディには聞きとることができなかった。公用語だけで二十八もあるカマラ世界では、隣町の人間と言葉が通じないと言われるくらい、言語が複雑化している。少年はジョイワールの人間ではないのだろう。
 その行動からいって、パン屋が閉まっていたことに腹を立てているのは明らかだった。グッディは安堵したが、少年があまりにもシャッターを蹴飛ばし続けているので、これはよほど腹が減っているのだろうと考え、顔を覆うショールを深くかぶり直すと、
「ねえ……」
 相手を刺激しないよう小さな声で、ボロの砂塵除けをかぶった少年に話しかける。振り返った少年を見て、グッディはさっきとは違う意味で心臓が高鳴るのを覚えた。
(異世界人)
 カマラ世界は全土統一が成された単一国家世界だが、広大な土地の大半は沙漠や高地で、地図にすら載らない小さな集落が点在するきりだ。だから、地方ごとに人の顔かたちも大きく異なるのだが、少年は明らかに「カマラ人」とくくる分類の人種とは違った。
 彼女より三つ四つ年下だろうか。鋭い黒曜石の双眸がぬめるような光を放っていた。小麦色に焼けた肌の色も、癖のない黒髪も、鼻の形や唇の形、顔の輪郭まで、似ているようで似ていない。カマラ人ではない。
 もちろん、カマラがブルファナ、イグド、オニ・パム・ドンナの三世界と協定を組み、移住や観光、商用などによる渡界を相互許可していることは、グッディも知っていた。異世界人を見かけるのは珍しいが、おかしなことではない。
 北の山岳地帯に行けば彼のような民族がいるかもしれない。だが、やはり空気が違う。異世界人と言った方がしっくりくる。
「……」
 少年は無言でグッディを睨んでいた。そのきついまなざしにグッディはひるんだが、相手が自分を警戒しているのだと気づき、心を落ちつかせ、改めて少年を見る。そこで初めて、少年がかなり整った顔をしていることに気がついた。
「あの、ねえ、言葉分かるかしら」
「……分かる」
 ぶっきらぼうに少年は答える。流暢なジャイカ語だ。グッディは安堵した。
「あの、その店は今日は休みなのよ……パンが欲しいなら、水の手――向こうへ行くといいわ。あっちは店が開いているから」
 グッディは自分が歩いてきた道を指した。少年が見やる。
「今日は商店街一斉休業か?」
「え? ごめんなさい、なんて言ったの?」
「今日はなんでみんな店を閉めてるんだ。祭りは来週だろ」
 少年は仏頂面で尋ねた。それはグッディも聞きたいことである。困惑した表情で、
「さあ、私も知らないの。祭りの準備をする為かもしれないけど……」
「……」
 少年は考えこんでしまった。カマラ世界に来たばかりで戸惑っているのだろうか。そのわりには、もう何年も住んでいるような流暢なジャイカ語だが。
「ねえ、あなた、イグド世界の人?」
 口を衝いて出た質問に、少年がぎらりと獰猛な視線で彼女を睨んだ。聞いてはいけないことを聞いたのかと、彼女は後ずさる。だが、少年の片方の口端が上がり、
「なんでイグドだと思う?」
 挑むように聞き返す。グッディはしどろもどろになって、
「え……だって、ブルファナの男性は青い布を巻いてるもの……オニの人は、肌が黒いし」
「ブルファナ人とオニ・パム人はよく街で見かける?」
「そうでもないわ。私はジョイワール刺繍の針子なの。だから、色んな地方の人が工房に来て、その中に異世界人もいるのよ」
「ふうん」
 自分で尋ねておきながら、少年は気のなさそうに相槌を打った。
 一体この子は何者なのだろう。グッディは興味を引かれた。商用渡界というにはまだ若すぎる。観光? いや、移住者かもしれない。この辺に越してきたのだろうか。
「あなた、この辺に住んでいるの?」
「……」
 少年は答えなかった。彼女をばかにする笑みが口元に浮かんでいる。見当違いなことを言ったのだろうか。
 グッディはあまり男と話すことに慣れていない。それは彼女だけでなく、ジョイワールの女ならば誰でもそうだ。初等教育が終われば家にこもり、親族や仕事の上司以外の男と口をきく機会はほとんどなくなる。外出するときもショールを頭からかぶって、なるべく顔を見られないようにしなくてはならない。たとえ相手が年下であろうと、男であれば臆してしまうのだ。
 だが、相手が戒律の異なる異世界人だったので、グッディは勇気を奮って言葉を続けた。
「おなかがすいているならうちに来ればいいわ。すぐ近くなの、なにか食べさせてあげる。父がいるけど、異世界人なら歓迎すると思うし……父は学者なの。世界渡海に興味があって……お茶ぐらいなら……」
 声が尻つぼみになっていく。言いながら、自分でなにを言っているのだろうと訝ったのだ。放っておけばよかったのに、家にまで誘うなんて。相手が異世界人なので興奮してのぼせているのだろうか。
 彼女の訝りを裏打ちするように、少年は喉を震わせて笑うと、
「ジョイワールの女はみんな、身も知らねえヤツを家に招待するもんなのかよ」
「!」
 グッディは一気に耳朶まで紅潮すると、身をひるがえした。恥ずかしかった。慎みのない娘だと思われただろう。いつもはこんなことしないのに。
「おい、待てよ!」
 少年が呼び止める。無視すればいいと考えつつも、つい足を止めて振り返ってしまう。
 少年は屈折した笑みを浮かべながら、傲然と佇んでいた。やはり立ち方が違う。そこらの、グッディが知っている近所の青二才の虚勢とは違う。
「おまえ、名前は」
「……グッディ・スループ。あなたは……」
 声が震えているのを気取られないよう祈りながら、グッディは聞き返した。少年はなにがおかしかったのか、再び笑うと、
「俺はジュン。グッディ、今日はもう家から出るな」
「え……?」
「またな」
 そう言うと、ジュンは砂塵除けをひるがえし、去っていった。グッディは呆然と、その後ろ姿を見送るしかなかった。

 家に帰ると、珍しいことに母親も帰っていた。台所で香辛料を摺っている母親を見て、グッディは驚き、
「母さん、仕事は終わったの?」
「ああ。なんだか今日は早く帰されちゃってね。まったく、これで給料が下がったんじゃやってらんないよ」
 ぶつぶつ文句を言いながら、母親ウルワー・ハスラは巨体を揺らして石臼を動かす。グッディは野菜を入れた籠を置いて、
「私も帰されたわ。お店も休みが多いわね、水の手の方は開いてたけど……なにかあったのかしら」
「さあね。誰か偉い人でも来るんじゃないか。まったく、能なしどもが遊び回るせいで、産業がストップしちまうんだ。あいつらはまったく世の中の構造ってもんが分かってないね」
 ウルワーお得意の「産業がストップしちまう」が出たので、グッディはこそこそと台所から逃げだした。あの文句が出てくると、延々とわけの分からない愚痴に付きあわされることになる。富裕層出身のウルワーは高等教育で経済を学んでおり、なにかと経済学ぶった発言をするが、グッディが聞いても首を捻ってしまうほどこじつけが多かった。
 狭い階段を上り、二階へ向かう。
(高等学校を出て、すぐ家庭に入ってしまったからムリないけど……)
 だから、グッディは初等学校だけで進学は諦めた。所詮女が学んでも無駄なのだ。もう少しいろんなことは知りたかったが、知って、それがなんになる? 知識だけで食べてはいけない。女が就ける職は制限があり、知識を必要とする職はほとんどない。
 そう、職に就けなければ知識は無駄なのだ。知識を得る時間、働いた方がいい。そうでないと――
「父さん、ただいま」
 二階を埋める本の山に声をかける。少し間をおいて、山の向こうでもそもそと影が動くと、ひょっこりと眼鏡姿の父親が顔を出した。
「ああ、お帰り。もう夕方かい」
「いいえ、今日は早く帰ってきたの」
 グッディはこの父親に目つきが似ていると言われる。一日中家にこもっているわりには家族中でいちばん浅黒い肌して、トウモロコシの髭のようだった髪は今は木綿色になり、口髭だけにその名残がある。広い額にはいつでも青い血管が三本縦に走っているが、別に彼は気難しがり屋ではない。顔からはみ出るほど大きな眼鏡の奥にある、優しい目を見れば分かることだ。
 学者、誰が見ても彼のことをそう言い当てるだろう。彼は見るからに学者だった。それがグッディが尊敬する父親、スループ・ウッディンだ。
 スループは小さな体を捻り、本の隙間から見える窓を覗いた。
「ああ、まだ日が高いね。どうしたんだね、こんなに早く」
「社長が今日はもう帰っていいって。母さんも帰ってきてるわ。ここら辺のお店も全部閉まってるし、なにかあるみたい」
 グッディが答える間に、スループは再び本に視線を落としていた。いつものことなのでグッディも気にせず、本の山をすり抜け、父親の前であぐらをかく。
 スループの周囲には開いた本と紙が散乱していた。数字がひしめく本はグッディにはちんぷんかんぷんだ。子供のころは父親の仕事を手伝いたいと考えていたが、算数でつまずいた。パズルのようなものだよとスループはかなり根気よく教えてくれたが、一次方程式で音を上げた。
(私にもこれが理解できればいいんだけど)
 切ない気持ちで数字を横目にして、グッディは話を続けた。
「そこでイグド人に会ったわ」
「ほう? 珍しいね、イグドの人間がサルンバール区にいるなんて」
 思ったとおり、本に没頭していたスループが話に乗ってくる。
「うちに連れてくればよかったのに。お茶でも出したよ」
「私も誘ってみたわ。でも、いらないって。あの子、変なこと言ってたわ」
「変なこと?」
「今日は家から出るなって……」
 少年のセリフをくり返してから、グッディは悪寒が走り、身を震わせた。いつもは他人に無頓着なスループも気づいたらしく、
「どうしたね、私の可愛い小鳥。なにか嫌なことでもあったかい」
「……なにか不安なの。悪いことが起きそうで……まるで沈没する舟に潜んだネズミのように、これから起きることに怯えてるみたい」
「おお、そうかそうか。さあおいで、私の可愛い小鳥」
 スループは彼女を抱き寄せた。不安があると父親の膝の上で休む、それが彼女の小さなころからの習慣だ。
 スループはグッディの髪を撫でながら、限りなく優しい声色で、
「おまえが不安になるのも当然なんだよ。世界は滅びつつあるのだ。だけど、それを口にしてはいけない。我々はすべての運命を受け入れなくてはならないのだから」
「それは分かっているわ」
 グッディは父親の胸にもたれて呟いた。そう、それは知っている。小さなころからくり返しくり返し、スループによって聞かされてきたこと。それのせいで彼は一度は王都を追放され、学会をも追われた。
 口にしてはいけないことも分かっている――スループに言われるまでもなく。
「そういった不安じゃないの。なにか、もっと……もっと身近な不安なの」
 もっと現実的な。そう付け足したいところをぐっと我慢する。
「町中がピリピリしている気がするわ。水祭りも近いのに、変に静かで……」
「ああ、私の可愛い小鳥。大丈夫だよ。すべては滅びるのだ。おまえも私も、この街も、この世界にあるすべてのものが滅び、消える。なにも悲しむことも不安になることもない。すべてが消えるのだから、心残りもないよ。さあ、安心しなさい、私の可愛い小鳥」
 髪を撫でる父親の老いた手を見つめながら、グッディは瞼を閉じた。だが、一度抱いた不安を消すことはできなかった。

 夕食が終わるころ、訪問者があった。ウルワーが玄関を開けると、近所に住むナトゥという男とその息子が立っていた。
 ナトゥは充血した目をぎょろぎょろと動かし、部屋の中を窺いながら、
「ウルワー、全員いるか」
「いるよ。なんの用だい」
 つっけんどんにウルワーは聞き返す。本来なら客の応対は男の役目だが、この家ではスループがそういったことに無関心なので、彼女が対応せざるをえない。ウルワーはそれが気に入らず、客に冷たい態度を取る。
 ナトゥの方もそれに慣れていて、淡々と、
「ウルワー、今夜は外に出ない方がいい」
「なんだって?」
「なんでもいいから、そういうことだ。スループもグッディも分かったな。なにがあっても外に出るな」
「待ちなよ、どういうことなのさ。なにかあるってのかい」
「わけは言えん。おまえさんも聞かない方がいい。誰に聞いたかも言っちゃいかん。いいな」
 ナトゥは一方的に言い渡すと、足早に去っていった。息子もそのあとに続く。彼らはそのまま隣の家を訪ねる様子だった。
 その様子を食卓から見ていたグッディは、不安が徐々に現実のものになっていくのを感じた。確かになにかが起きつつあるのだ。いつも近所の集会所ががなり立てている音楽が、今日に限って聞こえない。町は静まり返り、息をひそめてなにかが起きるのを見守っているようだ。
 不安の足音が近づいてくる。
「まったくなんだって言うんだろう」
 文句を言いながら食卓に戻ってくる母親の顔色も優れない。彼女も彼女なりに異常を感じとっているのだろう。なにも動じないのは、常に「異常」の中で暮らしているスループぐらいなものだ。
「ウルワー、そう怯えることはないよ。みんなも分かり始めたのだ、世界が滅びることに。それで不安になっているだけなのだ」
「ああ、そうかい。それでいつ世界は滅びるんだろうね」
 吐き捨てるようにウルワーは言い返す。乱暴に椅子に座り、夫の顔も見ずに夕食の残りを口に詰めこむ。
 そんな妻の態度も気にせず――或いはまったく無視して、スループは続けた。
「滅びは間近だよ、ウルワー。世界は崩れ、我々はすべて無に還る。〈真空の海〉に溶けるのだ」
「やめておくれ! そんな話聞きたくもない!」
 ウルワーが悲鳴を上げた。グッディは身を縮めたが、スループは彼女が悲鳴を上げたのは、滅びを恐れてのことだと勘違いしたらしく、憐憫の表情で、
「ああ、そんなに怖がることはないんだ。なにも残らないのだから、悔やむものは――」
「やめておくれって言っただろう! もう沢山だよ、滅びの話は! あたしたちをこれ以上不幸にしないでくれ!」
 スループの言葉を遮るようにウルワーは怒鳴り、耳を塞いで奥の部屋に走っていってしまった。
 グッディはそんな母親を咎めることも、また慰める為に追いかけることもできず、ただうつむいて、黙ったまま食事を取った。
 母さんは不幸な人なのだ。そう思う。
 裕福な商家に生まれ、きちんと教育を受け、将来を期待された学者と結婚した。彼女の前には夫が得る輝かしい名誉と地位と、それに見あうだけの幸せな生活が待っていたはずなのだ。
 彼女は結婚相手を間違えた。スループは彼女の手に負える人間ではなかった。彼女には荷が勝ちすぎていたのだ。
「可哀相なウルワー。あれは凡人だから、滅びが辛いであろうに」
 哀れみ深くスループは呟く。本心からの呟きなのだ。だから、ウルワーは怒り、嘆く。
 あの事件が起きる前まで、この夫婦はどんな暮らしをしてきたのだろう。グッディは考えてみたが、すぐにやめた。想像がつかなかった。
 食事を終えると、グッディは片づけをしてすぐに自分の部屋に戻った。二階は父親に占領されているので、母親と部屋を共用している。
 暗い部屋に入ると、ウルワーはベッドにうつぶせていて動かなかった。
「母さん? 起きてるの?」
 寝ているのではないと気配で分かった。だが、返事はない。グッディは悲しい気分になりながら、
「母さん、父さんは悪気があって言ってるんじゃないわ」
 悪気があった方がどのくらい心休まるか、グッディも分かっている。だが、月並みな慰めの言葉しか出てこない。
「……おまえは昔から、父さんの味方なんだものね」
 ぼそぼそと、くぐもった声でウルワーは言い返した。
「おまえも滅びの予言ってヤツを信じてるんだろうよ。父さんの言葉が絶対正しいって」
「母さん……私だって、いつまでも九歳の子供じゃないわ」
 グッディはうつむいた。いつまでも父親の話を鵜呑みにするほど子供ではない。
 父は尊敬する――だが、学者としてのその持論までも尊敬するということではない。
「母さん、ナトゥおじさんの話だけど」
 グッディは顔を上げて、話を切り替えた。
「なにかあるのかしら、今夜」
「さあね。いいじゃないか、うちには夜中に外をうろつき回る不良はいないんだから。さあ、おまえも寝ておしまい。明日はまた仕事だよ。明日もいつもの生活が来るんだ」
 ウルワーの口調はそう自分に言い聞かせているようだった。いつもの生活が来る。滅びも来なければ、昔の豊かで甘い時代にも戻らない、平凡な辛い日常が来る、それを黙って享受するしかないのだと。
 グッディはそれ以上はなにも言えず、黙ってベッドに横になった。
 瞼を閉じる前に、あの異世界の少年のことを思いだす。意志の強そうな目をしていた。彼の言葉はナトゥの訪問となにか関係があるのだろうか。
(もう一度会ってみたい)
「またな」、少年はそう言っていた。多分、それは正しいのだろう。予感があった。もう一度自分と彼は会う。
(そのときはもう少し、まともに話ができるといいんだけど)
 小さくため息をつく。今夜は眠れそうにない。
 不安を抱いて、グッディはまんじりともしなかった。

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