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 第一の爆破はフリンカムの西南、イリヤンナ地区の大型デパートが標的だった。
 イリヤンナ地区は大手デパートや有名専門店が集まった、フリンカム随一の高級商店街だ。環状高速道路を挟んだ反対側には高層アパートやホテルがひしめき、昼夜市民や観光客などで溢れ返る場所だった。
 五月九日、午前七時三分。朝靄がかかり、太陽がうすらぼんやりと白く見える中、どおおん! と大地を揺るがす轟音がメガロポリスに響きわたった。続いて爆煙。
 十三階建てのデパートは半壊した。
 通勤時刻をわずかに逸らした犯行は、デパートの社員、警備員、付近を往来していた通行人など、合わせて死者十一人を出した。爆破の規模の割には小さな被害ですんだが、その恐怖はフリンカム市民に深く刻まれた。

       ※

 同日、フリンカム時間午前八時、現地時間午前六時。北セファーン自治区北西部、ガランシア山脈の麓でキャンプを張っていたスクランブル部隊は、突然何者かの襲撃を受けた。
 薄明るくなってきた時刻、大気を切り裂く音とともにミサイルは落ちてきた。そして、針葉樹の森に着弾。衝撃波が生じ、爆風が土を天まで舞い上げた。
 落下地点のすぐそばにあったキャンプは、テントを吹き飛ばされ、その支柱にぶつかった隊員が二人、軽度の怪我をした。車はなんとか転倒を免れる。徹夜の哨戒組がシールドを張っていたおかげだが、第三の力は圧倒的な力――ミサイルの攻撃力を完全に食い止めることはできなかった。
「トンミョン!」
 真っ先に上がる言葉は、レベル5の防御系能力を持つル・トンミョンの名だ。呼ばれるまでもなく、彼は眠りから叩き起こされるや否や、ごろごろと風に煽られて転がりながらもシールドを張った。そのおかげで第二波はなんとか直撃を免れる。
「どこからだ!」
 テントと一緒に転がったダイは、愛銃を抜きながら怒鳴った。情報車に詰めていたオペレーターのミッチェル・ガーナが顔を出し、
「南南東です! 八二ミリ、弾頭識別タイプ――見たことのない型です!」
「ワヒード、全弾落とせるか! ワヒード!」
「やってみなきゃ分からん!」
「やれ! 誰か索敵しろ!」
「隊長、軌道計算できました! 敵の位置は南南東七二度三キロ、丘の向こうです!」
 怒号が入り乱れる。だが、二度目の襲撃なので、隊員たちもすぐに応戦体勢に入った。
 薄い灰色の空を切り裂き、白く長い煙を吐きながらロケット弾が飛んでくる。
「トンミョン、シールドを外せ!」
 ワヒードの怒号で、キャンプを覆っていた青く光る薄い膜が消滅した。放物線を描いて落ちてくる弾頭めがけて、攻撃系ヌニェスたちがいっせいに第三の力をぶつける。
 閃光がほとばしり、空中で弾頭が爆発した。衝撃波が大気を震わせ、爆風が木々を揺らす。
「後衛、キャンプに範囲を限定してシールドだ! 前衛、キャンプから離れて迎撃しろ!」
 ダイは隊員たちに指示すると、双眼鏡を手にした。
 三キロ向こうのなだらかな丘はブッシュが生え、視界はよくない。だが、その合間にキラリと光るものが見えた。まだ朝日は昇っていないから、太陽光の反射ではない。
(レーザー照準か)
 敵は完全にこちらの位置を把握している。となれば、できうるかぎり濃密なシールドを張って敵の照準をキャンプに引きつけ、前衛を遊撃手として別行動させるのがいちばんだ。有能なヌニェスが揃っているからこそできる戦法である。
「トンミョン、どのくらいまでなら保ちそうだ?」
「集中砲火、なんてことになったらおしまいですよ。まったく、奴らは金持ちですね、ミサイル一発いくらすると思っているんだか」
 眠っているところを起こされて不機嫌そうに、両手を突きだした姿勢でトンミョンは答えた。
 確かに相手は単なるゲリラとは思えないほど、ミサイルを雨霰と撃ちこんでくる。ワヒードたちが一発一発撃墜しているから、まだキャンプには余裕があるが。
(俺たちは野戦に慣れていない。いや、野戦訓練は基礎しかやってないに等しい。早く撤退しないと)
「ウォーレンさん、分かりました。この間と同じ強力な対ヌニェス妨害シールドを展開しています」
 索敵していたグレンが気が抜けるほど落ちついた口調で伝えた。この間は真っ先に襲撃者に殴られ、昏倒してしまう失態を演じたが、今回は自分の能力を遺憾なく発揮している。
「襲撃者の数はおよそ三十人、うち二人は確実にカマラ人です」
 グレンの言葉に、後衛としてキャンプを守っていた隊員八名の顔に、さっと動揺が走った。ダイも顔を強ばらせる。やはりカマラ人密入者は反体制団体に潜伏していたのか。
「一個小隊ってところですね」
 キース・マンティーナが、手の中の三次元マップモニターに浮かび上がるポテンシャル等高線を睨みながら呟いた。ダイもモニターを覗きこんだ。
 浮かび上がるポテンシャル地図には、中心に突出した高みがあるほかに、際立って高い座標が点々とあった。中心は自分たちがいるところ、つまりこのキャンプだ。点々と散らばっているのは、迎撃に出た前衛の隊員たちである。ジグザクに動いて、時折異常に突出する。第三の力の放出だ。
 そして、少し離れたところにも突出したポイントがあった。三キロ離れたところの「敵」の中のヌニェスだろう。そこから飛びだしてくるエネルギーの塊は、ミサイルの飛来を表している。
「ヌニェスがいるな。界渡り能力者か?」
「違うわ、界渡りはいない」
 白墨でキャンプを囲う魔法陣を書き終えたジャネットが口を挟んだ。彼女は強力な転移能力を持つ上に、百万人に一人と言われる界渡り能力者だ。近くに同じ力を持つヌニェスがいるとそれが分かる。
 彼女は目を鋭く細めて、
「敵の武装能力を見てくる?」
「いや、君は無茶しないでくれ。すぐに撤退するから」
「たまには私も前衛に出たいわよ」
 ジャネットはうそぶいた。ダイは笑って、
「ワヒードについてるヌクラと交信してくれ。ワヒードがいちばん敵に近い、目視で敵情監視させる」
「届くかしらね」
「ワヒードは妨害シールドの陣地内には入らないさ」
 届くとは彼女のテレパシーがヌクラに届くかという意味だ。グレンと違い、ジャネットの思念は妨害シールドに遮られてしまう。
 ワヒードは攻撃力は強いが、その反面、防御や精神感応の力が極端に低い。テレパシーも相手と接触していないとできない。だから、行動するときは後衛のヌニェスと組になることが多く、たいていの場合それは会話能力に失調があるベロワナ・ヌクラの役だった。
 すぐにジャネットが、
「装甲車両は見当たらないようよ。空中機動能力もなし。一般車両が八台、重火器がいくつか見えるけど、知らない型だって言ってるわ。軍の横流し品じゃないみたい――カマラ製かもしれないですって?」
「カマラ世界から持ちこんだっていうのか? そんな、どうやって!」
 思わず怒鳴り返したダイの声を遮って、ミサイルを迎撃した爆発音とは異なる、地鳴りを伴う爆音が轟いた。
「!」
 キャンプにいた全員が爆音の方角を見る。
 青みを取り戻し始めた空に、ブッシュの合間から煙が垂直に昇っている。
「地雷だ! ここはもう奴らに支配されてる!」
「いつの間に仕掛けたんだ? 哨戒は気づかなかったのかよ!」
「イーゴリの意識が掴めません!」
「パズスパだ! パズスパがいるんだ!」
 悲鳴と怒号が飛び交う。ヌニェスである彼らは、日常生活も軍事行動もすべて第三の力があることを基本にして行っている。索敵も哨戒も警備もだ。特に彼らは、対ヌニェス妨害シールドを透過できるほど強い力を持っているから、それに頼りきり、またそれでも充分だった。
 だが、パズスパが相手となると違う。第三の力と反応しないパズスパは、ヌニェスの索敵に引っかからない。忍び寄られれば、ヌニェスは彼らに気づけないのだ。
 おそらくそのパズスパは、マルキオ・マヨルカ。
(民族主義者め、手に困って異世界人と組むとは血迷いやがって!)
 ダイは心の中で悪態をついた。もちろん隊長である身分では、それを口に出すことは許されない。彼の怒りと怯えが隊員たちにさらなる混乱を呼んでしまう。
 しかし、反体制主義団体が明確に出てきたとなると、これはもうスクランブル隊だけで処理する事件ではなくなる。火力も違いすぎる。
 北セファーン入りする直前のオペレーションでの、イーゴリ・キルヤスクの発言を思いだす。小心者のイーゴリはとかく話を悪い方へと考える癖があり、原隊ではゲリラ掃討を行っていたせいか民族主義者と結びつける発言が多かった。だからあのときも誰も気に止めなかったのだ。
 そのイーゴリが真っ先に犠牲になるとは皮肉な話だった。
「レックス! 本部を呼びだせ! ここは反体制主義者に制圧されたので、交替部隊の派遣を要請、本隊は戦力の違いを理由に戦域を離脱する! グレン、前衛全員に帰投命令だ! ワヒードにイーゴリを拾ってこいと言え! ジャネット、恵祐、ガランシアの第五空軍基地まで転移の用意だ、全員帰投したら撤退する!」

       ※

 芙蓉の宮の侍従控え室で無数の機械に囲まれながら、辰斗は眉間にしわを寄せ、モニターに映る犯行声明文を眺めていた。クシェミンスキデパート爆破事件の犯行声明で、昼前のニュース速報で流れたものだ。
 犯人は過激派民族主義団体の一つ、北セファーン自治区を拠点とするサッカド同盟だった。
 世界各地にくすぶる民族紛争は、高じると統一議会に対する革命、分離運動になる。現在の世界統一制度を廃止し、多国家制度を取ろうというものだ。サッカド同盟もその旨を声明としてマスコミに送りつけ、統一議会の解散と統一の象徴たる皇帝制度の廃止を求めてきた。要望が受け入れられるまで爆破を続けるという。
「北セファーンでの被災者救助活動が遅れたのは、統一議会みたいな大きな組織が仕切ろうとしたからだ。もっと小さな、つまり昔の国制度だったら、もっとスムーズに行えた。地方分権としての自治区政府では限界がある」
 というのが彼らの主張だ。
 自分たちの国が欲しい。彼らの求める結果はいつでも一つだ。
 こういった過激派は「皇家は統一議会の象徴」という認識しかない。皇家が世界を支えるという役割は考慮されず、あまつさえ「〈柱〉などいてもいなくても〈干渉〉は起きる、支えが必要というのはでたらめだ」と主張し、皇家の不要性を訴えるのである。
 今回のサッカド同盟も同様だった。
「先日の〈干渉〉で北セファーンは甚大な被害を受けた。このことで〈柱〉はまったく役に立たない、不要なものであることが分かった。すなわち皇家は、我々を騙し、虚偽の義務と権利の上に君臨しているのである。そのような不当は断じて許してはならない。それでもまだ〈柱〉は必要だと主張するのなら、その正当性が認められる世界へと移り住むなりして、そこの皇帝となられるがよかろう。エルシアの民衆は今こそ、我々の世界に皇帝は必要はないと認めるべきである」
 統一議会は「〈柱〉がすぐに支えたからこそ、あれだけの被害ですんだ」と反論しているが、どうにも説得力がなかった。その証拠に辰斗のもとには、中枢委員会から「例の調査はどうなった」と矢の催促が来ている。委員会自体が疑惑と不安に駆られているのだ。
(どうなったと言われても、両陛下は奥の院に籠もられたままだし、父上も郁さんも正殿に戻ってこないし、なにをどう聞きだせというんだか)
 しかし、今回の犯人がシボーラ村でスクランブル隊を襲ったのとはまた違う反体制団体だというのが気になる。向こうはペニラーナ解放戦線という小さな田舎の組織だった。サッカド同盟もペニラーナ解放戦線も、統一議会から見れば象に立ち向かう蟻のごとき零細組織だ。彼らが共闘しているとしても、さほどの脅威にはならない。ならないが、テロというのは昨日決めて今日実行できるものではない。共闘となるともっと時間がかかる。
(今、この時期に行動を起こしたのは、偶然だろうか)
 よもや数カ月前から〈干渉〉を予知できたわけではあるまい。たまたま運よく〈干渉〉が起きたのだろう。或いは、議会が混乱しているのを好機と見て、出たとこ勝負で行動を起こしたか。そう考えるのが自然だ。
 自然だが、なにかが引っかかる。
「辰斗、戻ってこい」
 隣の皇太子の部屋から声をかけられる。ジェイクだ。辰斗は立ち上がり、侍従用扉から皇太子の部屋へと赴いた。
 アリーヤは窓辺の椅子に座っていた。その隣に仏頂面のジェイクが佇んでいる。
「どうだ、状況は」
「声明文の内容にさほど目新しいものはありませんね。目的は独立国家です。皇帝制度の廃止要求はおまけです」
「ふん、おまけで騒がれては大迷惑だ。私は宮内庁に行く、あとは任せるぞ。それではアリーヤさま」
 一礼するジェイクにアリーヤが頷く。ジェイクは辰斗に睨むようなまなざしを送り、そのまま退室した。
 爆破テロに関して宮内庁から再三呼びだされていたのだが、朝に登庁して以来無視していたジェイクも、とうとう行かざるを得なくなったようだ。それであの不機嫌さか。辰斗は大袈裟にため息をついた。
「まったく厄介な事態になりましたね。ジェイクの八つ当たりを受ける身にもなってほしいです」
 アリーヤがくすくす笑う。彼女は落ちついている。〈柱〉は自分たちが標的になっても動揺する人々ではない。
「声明文をお読みになりますか」
「読んだわ。辰斗も似たことを言っていたわね」
 思わず返事に窮する辰斗。頬が火照るのを覚える。
「そんな古いことを……あのころは、若かったんです」
 若かった。いや、若いというよりは幼かった。実際にまだ十代で、手前勝手な理想と表面的な正義感を矜持としていた。
(芙蓉の宮に閉じこめられているくらいなら、早くエフタの王子の元に行かれてはいかがですか)
 今思い返すと傲慢な言葉だった。むろん、早くお役目ご免になりたかったわけではない。エルシアで名のみの皇族として自由を奪われて生きるよりも、その方がいいと純粋に考えていた。
 だが、彼はなにも分かっていなかった。
 当惑する辰斗を見てアリーヤは笑う。からかわれているのだと分かっていても、彼女がこんな風に話しかけてくることは滅多にないので、それでまたどう返事をしていいのか分からなくなってしまう。
 アリーヤの前にいると、自分が幼い少年に逆戻りした錯覚に捕らわれる。純粋でまっすぐな気性の、羞恥を知る自分に。
 幸い、速報を知らせる音が侍従室から聞こえた。
「ああ、なにか新しい情報が入ったようですね。読んでまいります」
「ここでいいわ」
 戻ろうとする彼をアリーヤが止める。辰斗は滅多に起動させない壁掛けのモニターを点けた。無音情報を一読して、表情を険しくする。
「これは……」
 ニュース局に「密告」と銘打たれた投稿が送られてきていた。モニターにはフリンカム市の地図が映しだされ、そこに星形のマークが数カ所ついている。クシェミンスキデパートのほかに公園や美術館、駅、ハイウェイなどだ。
 爆破テロの標的だ。
「標的に関連性は……あると言えばありますか」
「そうね」
 人ごとのようにアリーヤは相槌を打つ。関連性――アリーヤの婚礼に伴うお披露目パレードの沿道という関連性だ。しかもこのパレード自体、宮内庁が勝手に企画しただけの、おそらくは却下される無意味なものだった。
 これこそ偶然ではあるまい。
(宮内庁に敵がいる、か)
 敵とは大袈裟かもしれないが、不届き者がいるのは確かだ。この関連性を人々が知れば、宮内庁は敵を飼っていると失笑されるだろう。そして、奴らの狙いがアリーヤ皇太子であると知るだろう。
(やはりアリーヤさまを狙ってきたか。いちばん弱いところを突いてくるのは当然といえば当然だが)
「どうなさいます、知らせますか。宮内庁もいずれは気づくと思いますが」
「なにもしなくていいわ」
 あくまでも素っ気なくアリーヤは答えた。世間のごたごたに皇家は口出ししないということか。たとえ自分が標的になっていても、その権限はないのだから、と。
 それは辰斗も分かっているが、顔を曇らせ、
「ですが、アリーヤさまが狙われていることを、一言ぐらい」
「必要ないわ」
 アリーヤの言葉が遮った。彼女は辰斗にやんわりとほほえみかけ、
「そうでしょう?」
 辰斗が守るのだから心配はないでしょう? そう言っている。
 辰斗は眩しげに目を細め、その場にひざまずいた。差しだされた皇太子の手を取り、その甲に口づける。
「もちろんです、我が君」
 たとえこの身に代えても。世界に代えても。



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