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〈干渉〉の被災者救助活動が一山越えた五月七日、辰斗が侍従控え室で一人で慣れない情報端末を操っていると、彼宛に通信が入ってきた。また中枢委員会が例の調査の報告を催促してきたのかとうんざりしたが、
「ん?」
 相手の名を見て思わず声を洩らす。発信相手は彼の従兄だった。医者になると出奔して以来、一族と絶縁状態にあったが、さすがに〈干渉〉のことが気になって連絡してきたのだろうか。一応受信してみる。
 モニターに「仲介」というメッセージが現れる。辰斗は眉宇をひそめた。アクセスキーを乱用するつもりなら、取り上げた方がよさそうだ。
 画面が暗くなり、人影が映った。精悍な男の顔だ。見覚えはないが、着ているものは紛いようなく軍服だ。
 相手は辰斗の顔を見て戸惑っているようだった。向こうも向こうで、こちらが誰か分かっていないらしい。
「どなたですか」
「私は統一議会軍に属する、対異世界侵犯措置部隊隊長、ダイ・ウォーレン少佐だが……失礼だが、あなたはどなただ」
 当惑を隠しきれない様子で、だがはっきりとウォーレン少佐は名乗った。その所属を聞いて、辰斗は内心感嘆する。どういうツテか分からないが、彼に接触してくるとは勇気のあることだ。
 よもや相手がリュシの若長とは思ってもいないだろう。辰斗は澄ました表情で、
「私はエルシア皇家アリーヤ皇太子殿下の侍従で、星辰斗と言います。ここは芙蓉の宮本殿です」
「ええ!」
 案の定、ウォーレン少佐は椅子から転がり落ちそうになるほど驚き、慌てて姿勢を直した。
「い、いや、失礼した。まさか、そんなところにつながるとは思わなかったから……少しあなたの時間をくれないだろうか」
 狼狽していたのはわずかで、ウォーレン少佐はすぐに真顔に戻って尋ねた。頭の切り替えが速い人物だ。
「いいですよ、少佐。どこにおかけになったつもりですか」
「古い友人に頼んだんだ。至急確かめたいことがあるから、氾科研にコネはないかと」
 少佐は苦い表情を見せる。頼んだ相手が悪かったようだ。
 辰斗は氾科学研究所経由で入手した軍の情報を反芻した。スクランブル部隊は先日、反体制主義者たちに襲われたという。異世界人を相手にする部隊なのに、とんだ災難を被ったようだ。
「私で力になれるならば、場合によっては協力します。どうしましたか」
「あなたは第三の力が効かない人間のことを知っているか」
「パズスパのことですね」
 辰斗は即答した。
 パズスパ。その存在はあまり世間には知られていない。南のパートリア大陸南東部にある村の名から、その名称は取られた。
 あたかもヌニェスに対抗するごとく、第三の力をまったく受けつけない体質で、筋肉の弾力性も反射神経の速さも常人の数倍である人間――それをパズスパと呼ぶ。力の顕現がはっきり分かるヌニェスと違い、パズスパは「少し頑丈な人間」だったり、「少し脚の速い人間」ですまされる場合が多いので、その数は統計上では極端に少ない。だが、潜在的なパズスパはかなりの数に上るだろうというのが、厚生省の公式見解だ。彼らが発見されるのは、運動選手のプロテストや大会で行われる遺伝子チェックのときに多い。
 パズスパはヌニェスにとって天敵だ。第三の力が通じないどころか、大半のヌニェスが苦手とする肉弾戦に適した体の構造を持つ。ある者は銃弾を受けても筋力で跳ねのけ、ミサイルの直撃を受けても即死しなかったという報告もある。一対一で向きあったとき、ヌニェスは圧倒的に不利だ。
 そのパズスパがどうしたというのだ。
「パズスパが北セファーンの村にいた」
 ウォーレン少佐も苦虫を噛み潰したような表情で答えた。辰斗は「ああ」と呟いた。
「あなたがたが反体制主義者に襲われたという報告なら、こちらにも届きました。その中にパズスパがいたんですか」
「そうだ。そのパズスパは、私の記憶が正しければ、おそらくマルキオ・マヨルカだと思う」
「マヨルカですか……!」
 辰斗は呻いた。マルキオ・マヨルカは有名なパズスパだが、その名を世間に知らしめたのはパズスパだからではなく、彼が統一議会打倒を目指す民族主義者だからだ。
 マヨルカは二年前まではハイネルンスト大陸南東部、ラプツエツ自治区で「緑の戦線」という組織を組み、ゲリラ活動を行っていた。自治区政府は統一軍とともに彼らをねじ伏せようとしたが、激しい抵抗とジャングルの脅威に阻まれ、苦戦を強いられた。
 マヨルカは天才的策士だった。統一軍は彼に何度も裏をかかれ、彼の掌で踊らされたが、やがて「緑の戦線」は内部崩壊を起こし、自滅してしまう。
 仲間殺しが行われ、マヨルカは姿を消した。ジャングルの露と消えたと言われていたが、二年のブランクを経て北セファーンに復活したようだ。
「厄介なのが出てきましたね」
「ああ。だから、マヨルカとパズスパの情報が欲しい。氾科研はパズスパについて研究しているはずだ」
「そうですね。あまりほかでは研究対象にされていませんし。いいでしょう、」
「頼む。代わりと言ってはなんだが、こちらの知っていることを教えよう。なにか教えられることがあればいいのだが……」
 相手が情報収集を得意とするリュシだと思いだしたのか、ウォーレン少佐は困った様子で視線をさまよわせた。しかし、こちらも渡りに船である、歪みの中の情報はどんな些細なものでも欲しい。
「あなたがたはカマラ人密入者を捜索していると聞きましたが、そちらの方はどうなりましたか」
「それは……ああ、いや、すぐに報告がいくと思うが、マヨルカに襲われたのと同時刻に、第二班がカマラ人を含む武装集団に襲われた」
「同時刻」
 辰斗は声を低くしてくり返した。
「交戦したんですか」
「いや、すぐに転移したので、交戦には至らなかった」
「カマラ人だと証明できますか。人数は」
「人数は十六人、部下の三人が敵陣内にカマラ人の意識を読みとることができた。少なくとも一人はカマラ人がいた」
「捕獲して敵の正体は確認しなかったんですね」
 辰斗が念を押す。ウォーレン少佐は不機嫌そうに唇を歪めたが、素直に認めた。
「そうだ。だが、離れたところにいた第一班と第二班が、偶然同時に別の組織に襲われたとは考えにくい」
「つまりあなたは、カマラ人が反体制主義者と手を組んでいる、そう疑っているんですか」
 辰斗の問いに少佐は頷いた。
「世界統一体制が崩れれば、密入者たちには有利になる。彼らを受け入れる国家が現れるだろうからな」
「やれやれ、こんな大変なときに面倒を起こさないでほしいものだ」
 辰斗は大袈裟にため息をついてみせた。少佐も彼に合わせて苦笑した。
「逮捕者の尋問は終わりましたか」
「今やっている。大人も子供も筋金入りの民族主義者のようだ、皆口が固くて困っている」
 ウォーレン少佐の言葉は、半分は本当で半分は嘘だ。ゲリラにはヌニェスによる精神探査の拒否権がない。口が固くても、頭は雄弁に彼らに答えを与える。
 それでも答えが得られないなら、ゲリラたちはクスリを用いているのだろう。麻薬物質を分泌中の脳の探査は、感応するヌニェスにとっても危険で、下手をするとアドレナリンの大量放出に耐えきれず、ショック死する可能性もある。
 だが、クスリだけで黙秘を続けることはできない。廃人になる覚悟があれば別だが。
「そういうことだ。もう少し詳しいことが分かったら情報を送ろう」
「ありがとうございます。マルキオ・マヨルカの資料はすぐに送ります。ウォーレン少佐」
「なにか」
「マヨルカとやりあったでしょう?」
 今までの事務的な口調をがらりと変え、辰斗は好奇心たっぷりに尋ねた。少佐は絶句し、それから頭をぼりぼりと掻いた。
「分かるか?」
「脾臓に傷がついていますよ。あと腰椎にヒビ、肋骨も損傷してますね。パズスパと戦って、よくそれだけですみましたねえ」
 辰斗は心から感心して言った。スクランブル隊の隊長にはノーマルが、しかも左遷に近い形で就くと聞いていたので、少佐がかなりできる男だと知って嬉しかったのだ。おそらく彼は相手の能力を嗅ぎとり、ぶつかる一瞬前に身を引いたのだろう。だから、それだけの損傷で助かった。逃げることを知っている軍人は強い。
「治癒能力者を送りましょうか。せっかくこうして知りあったのですから」
「それには及ばん。俺は治癒能力者の世話になるつもりはないよ。実はこの二日間、国防の衛研で治療ポッドに浸かっていたんだ。あとは自然回復を待つさ」
 気さくな口調で少佐も答える。国防省の衛生研究所には細胞の成長を活発化させ、自己の治癒能力を高める最新治療設備がある。
 辰斗が好ましく思ったのは、治癒能力者の使用を拒否したということだ。少佐はヌニェスの第三の力の本質を分かっている。
 世間の大部分の人間は、ヌニェスの治癒能力者は無限に対象を治癒できると誤解している。だから、治癒能力者を捕まえ、自分の怪我や病気を治せと強要する。
 だが、第三の力は命の力――それは治癒能力者も違わない。彼らは自分の命を削って、他人に与えることができるだけだ。だから治癒能力者は、その力があることを誰にも喋らないし、強要すれば脅迫行為と見なされ、犯罪になる。
 辰斗が送ろうとしたのは眷族の者であって、彼がリュシ族という閉鎖された序列社会のトップに立つ人間だからこその発言だ。眷族になら彼は死をも強要することが許されている。
「あなた方はこれからどちらへ?」
「北セファーンでの密入者捜索を続行するだけだ」
「救助状況はどうですか。軍は引き揚げの検討に入っているようですが」
「まだ早い」
 少佐はきっぱりと断言した。辰斗も被災現場を見てきただけあって顔をしかめた。
「そんなに混乱していますか」
「ああ、北の方は酷い。どの村でも火の手が上がって、焼きだされた住民がうろついている。孤立した村が多いから、被災者救助も遅れている。もっとも、その火も人為的なものでないと言い切れないが」
 意味深長なことを少佐は付け足す。つまり、彼らの目を攪乱する為、カマラ人ないし民族主義者が放火した可能性もなきにしもあらずというわけだ。
「分かりました。あまり無理をなさらないように。パズスパが動いているとなると、我々(・・)ヌニェスにはきつい」
「え……ああ、そうだったな」
 妙な表情でウォーレン少佐は頷いた。「我々」が誰を指すのか、すぐには理解できなかったようだ。
「では、お大事に――」
「待て、もう一つ聞きたいことがある」
 通信を切ろうとした辰斗を、少佐が呼び止めた。彼は顔を険しくして、
「カマラではクーデターが起きたばかりだったな」
「ええ」
「密入者は亡命者、或いは難民の可能性もある」
「ええ」
「クーデター政府の工作員の可能性は?」
 さすがはスクランブル部隊の隊長だ。ちゃんと事件の本質を捕らえている。辰斗はゆっくりと、言葉を選びながら、
「そちらの情報は、外務省から回ってくると思いますが」
「手違い(・・・)がありすぎて、欲しい情報はなかなか手に入らないんだ」
 辰斗の態度に苛立ったのか、焦燥を帯びた口調で少佐は言い返した。外務省の手の内にある彼らをよく思わない軍人も多いようだ。
 ダイ・ウォーレンはいい。頭は切れるし、軍人独特の横柄さがない。縄張り争いにも興味はなさそうだ。せっかく向こうからコネを欲しがってきたのだ。こちらとて情報源は多岐にわたってほしい。
「クーデターを起こした奴はどんな奴だ」
「貴族出身の青年将校です。その情報も一緒にお送りします。そうですね、ここのアクセスキーは渡せませんが、氾科研に私のボックスがあります。なにかあったらそこにメッセージを入れていただければ、こちらから連絡します」
「ああ、頼む。すまないな」
「大丈夫ですよ」
 辰斗は人懐っこい笑顔を見せた。
「私よりもあなたの方が大変でしょう。リュシなんかとコネを作ったら、情報局が嫌がらせにきますよ」
 少佐はなにも答えず、困ったように薄く笑った。その覚悟はとうの昔についていたようだ。
「私の一族の者も北セファーンで動いています。なにかあったら私の名を出してください。そうすれば収まります」
「しかし、そちらに迷惑がかかる」
「一族で私に逆らう者はいませんから」
 辰斗は素っ気なく言い返した。
「私が左と言えば右も左になります、気になさらないでください。でも、お仲間に私のことは言わないでくださいね」
「それは、もちろん」
 神妙な面もちで少佐は頷いた。
 ウォーレン少佐とのコンタクトを切ると、辰斗は椅子にもたれかかり、今の会話の内容を反芻した。北セファーンの状況はよくない。統一議会の不手際に苛立ってくる。
 歪みもいっこうに収まらない。中枢委員会からの矢の催促にもうんざりだ。
 自分はアリーヤの為だけに生きているのに、雑事に煩わされるとは。
(いや、これもアリーヤさまの御為なのだ)
 そう自分に言い聞かせ、さらなる雑事をこなす為に辰斗は背筋を伸ばした。

       ※

 芙蓉の宮との通信を切ったダイは、しばしモニターの前に座り、腕を組んでじっと考えこんだ。
 ドアが開いて、車の中に小麦色の肌の女が入ってくる。ジャネットだ。
「ジャネット。もう動いていいのか」
「もう二日も寝たわ」
 口を曲げてジャネットは答える。
 第二班が正体不明の武装集団に囲まれたとき、隊員たちを車ごと転移させたのはジャネットだった。彼女は強力な転移能力者の上に、百万人に一人と言われる界渡り能力者だ。
 ジャネットたち第二班は、敵の妨害シールドで第三の力を封じられたが、敵の増援が転移してくる一瞬の隙を突いて、彼女は仲間を次元の裂け目に蹴り入れ、自分も身を躍らせた。妨害シールドの欠点は、敵味方の区別なく第三の力を封じることだ。それを逆手に取った逃亡劇だった。その一瞬で索敵し、カマラ人がいることも突き止めた。
 おかげでジャネットたちは全員無事に逃げおおせ、十五人分の人間と機材をわんさと積んだ車二台分の質量を転移させた当人は、急激な力の消耗に二日間昏々と眠り続けたのである。奇しくも元夫婦が二人して、同じ時間だけ昏睡していたのだ。
 そして今朝、病院に送られたパブロ・ディボーを欠けた二十五人が、合流したばかりだった。
 彼女は映像の切れたモニターを覗きこんだ。
「どうしたの、氾科研とコネを取るつもりだったんでしょう」
「ひょんなことから、リュシとコネが取れてしまった」
 素っ気なくダイは答えてみたが、ジャネットは凍りついたように固まり、それから顔を引きつらせた。やはりお気に召さなかったようだ。
「どうしてそんなばかなことしたのよ、あたしたちがどんな立場にいるかあなた分かってるの!」
「分かっているさ」
 まなじりを吊り上げて叱咤するジャネットに、ダイは耳に栓をしたい気分で言い返した。
「でも、氾科研とコネが欲しいって言ったのは君らだろう」
「氾科研とリュシは違うわよ。ああ、もう、元皇子が指揮してるってのに、あたしたち完全に孤立してしまうわ。ただでさえ本部には嫌われてるのに!」
「それなら心配ないよ」
 嘆息とともにダイは言った。怪訝そうにジャネットが彼を睨む。
「もう孤立しているってことさ。ともかく、せっかく向こうも俺たちに興味あるようだから、とりあえずは彼と俺の間で文通でもするよ」
「誰よ、そんな奇特なことをしてくれるリュシは」
 仏頂面でジャネットが尋ねる。ダイは曖昧に笑った。いくら元妻とはいえ、彼の名を出すわけにはいかない。まあ、そのうちばれるだろうが。
「しかし、ファイス少将が元皇子だからって、リュシから情報をもらうくらいどうってことないだろう」
「大ありよ、アリーヤ皇女が皇太子になったとき、少将とリュシで随分やりあったんだから。もちろん表沙汰にはなってないけど、ヌニェスの間では騒ぎだったんだから」
「少将は柱力(ユマ)なしだろう。リュシに対抗できたのか?」
「できなかったから恨んでるんじゃない。敵よ、敵。敵の味方は敵だって覚えておきなさい」
 ジャネットに言われるまでもないことだが、ダイは口答えするのはやめておいた。代わりに、
「少将は本当に皇太子になりたかったのかな」
「なりたかったんじゃなくて、納得いかなかっただけでしょ。同じ柱力(ユマ)なしのアリーヤ皇女が皇太子になるなんて。頭が固いのよ」
「でも、意味がないだろ。皇帝は世界を支える為にいるんだから。世界を支える力がない人間が皇帝に就いたって」
「アリーヤ皇太子だって同じじゃない」
「いや、彼女には〈柱〉の婚約者がいるから……いや、そういうことを言いたいんじゃないんだが」
 言葉がうまくまとまらず、ダイは顔をしかめた。
 籠の中から逃げだした鳥が、再び籠に戻りたいと望むだろうか。〈柱〉という神を押しこめる為だけの牢獄に、神ですらない者が入りたいと? 考えられない。
 その牢獄に、あのリュシの青年が仕える皇太子は閉じこめられているのか。
 押し黙ったダイを、ジャネットは怪訝そうに待っていたが、
「まあ、今は望まれても少将は断るでしょうよ」
「そうか?」
「柱力(ユマ)なしが皇太子に就いてるから〈干渉〉が起きたなんて言われたらね。アリーヤ皇太子は気の毒よね、議会に押しつけられただけなのにいいように責められて」
「……」
「だからといって、リュシと仲良しこよしなんてぞっとしないわ。いい、誰にも言うんじゃないわよ、うちは外務省系なの。ノーマルさんには分からないだろうけど、ヌニェスにも派閥があるんだから!」
 不機嫌そうにジャネットは言い渡すと、車を出ていった。
「ノーマルさんには、か……」
 ダイは呟くと、椅子の背にもたれかかって車の天井を仰いだ。苦い記憶がよみがえりそうだった。

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