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 やってきたのは小太りの中年女だった。背負う荷物になぜか椅子が一脚混じっていて、ダイはワヒードにしょうもなさそうに笑いかけた。人はパニックに陥ると、妙なものに固執してしまうものだ。
 彼女は彼らのところまで来ると、大きな荷を降ろし、その上に座ってタオルで首筋の汗を拭った。
「やれやれ、天の助けだね! ちょいとあんたたち、あたしを乗せておくれよ。すぐ近くの村までなんだ」
 頼みごとをしているわりには横柄な口調である。ワヒードがにやにや笑いながら、
「オバチャン、わりいけど、俺たちは救済班じゃなくて特殊任務に就いてんだ。タクシーでも呼んでくれよ」
「なに言ってんだよ、軍人だろ。あたしたちの税金で暮らしてるなら、そんくらいしてくれて当然だね」
 ワヒードの言葉なんか聞く耳持たず、女はダイに指を突きつけて言った。ダイは物腰柔らかく尋ねた。
「どちらからいらしたんですか」
「ヨップクラック。マチェスター近郊の小さな町さ。まったく、あの地震で酷い目にあったよ、アパートが全壊しちまって。やっぱり安アパートはダメだね、今度から鉄筋のアパートに住むことにするよ。当面は従妹を頼ろうと思って、ここまでヒッチハイクして来たんだ」
「そんなに酷いことになってるんですか」
「そりゃ酷いのなんのって!」
 女はようやく愚痴をこぼせる相手を見つけたとばかりに、町を襲った災害について一気に捲し立てた。この辺は古い地盤で地震が少なく対策がなっていなかったこと、煉瓦積みのアパートが多く大部分が崩壊したこと、煉瓦の下敷きになったものの木の梁が彼女を奇跡的に救ってくれたこと、マチェスターでは救援活動が行われているが、彼女の町には給水車一台来なかったこと、などなど。
「ヒッチハイク中に聞いた話だと、北の町の方がもっと被害は酷かったようだよ。火が出たみたいだし。マチェスターは大きい街なんだから、災害対策もそれなりに整ってたんだ。軍はマチェスターよりももっと北の、震源地に近いところに行くべきだよ」
「震源地といっても、〈干渉〉の震源はよく分からないんですよ」
「ああ、そうかい。まったく軍ってのも無能なもんさね」
 今までの恐怖とストレスと鬱憤を晴らさんと、女はつっけんどんに言う。ワヒードはばかばかしそうに明後日の方を見ていたが、ダイは丁寧に相槌を打ったり、身に覚えのないことを謝ったりした。軍のイメージを悪くするのはよくない。
「ともかく、あたしを乗せてシボーラ村まで行っておくれよ。ほかの人たちはともかく、あんたらは暇そうじゃないか」
 決めつける女にダイは苦笑して、どう断ろうか考え巡らせた。だが、女が不安げに眉を寄せ、そわそわと辺りを窺いながら、
「それに、大声じゃ言えないけど、あたしゃ心配なんだよ」
「心配?」
「従妹のいるシボーラ村は、小さな田舎町なんだけど、最近、嫌な噂を聞いたんだ。シボーラ村の住人が入れ替わっちまったって」
 ダイはすばやくワヒードに視線を向けた。彼も無視するふりをして、しっかり聞き耳を立てていたらしく、小さく頷く。
 ダイは慎重に言葉を選びながら、
「その噂はいつ、どこで聞いたんですか。ええと」
「エイプリル、エイプリル・ファンドだよ。二週間くらい前だね、雑貨屋のジャンって奴が旅行者から聞いたんだ。もちろん、従妹のシェリーに電話して確かめたさ。そしたらシェリーはちゃんと家にいて、安心したけど、でも最近、得体の知れない奴らがいっぱいうろついてるって言うし、不安でさ……軍人さんが一緒なら怖くないだろ。だから送ってほしいんだよ」
 すがるようなまなざしでファンド夫人は言う。
 ダイは考えた。シボーラ村は北セファーン霊能庁が送ってきた、カマラ人目撃情報のリストには入っていない。単なる噂かもしれないが、確認すべきだろう。
「ちょっとお待ちください、仲間に都合を聞いてきましょう」
 ダイは人当たりのいい笑顔で言うと、ワヒードの肩に一瞬手を置き、すぐにほかの隊員たちの元へ走った。
 ワヒードにはテレパシー能力はないが、接触して彼に向けて思念を発すれば、それを読むことができる。肩に触れたとき、「この女を見張っていろ」とダイは命令した。ノーマルの彼にそれが伝わったか確認はできないが、ワヒードがなにも言わないところをみると、ちゃんと伝わったのだろう。
 車座になって銘々探査していた隊員たちも、ふらりと現れた女に興味を引かれていたらしく、彼が来るのを待っていた。
「みんな、あの女のことだが」
「ノーマルですよ」
 ダイの言葉が終わらないうちに、色白のル・トンミョンが面倒くさそうに答えた。
「ついでにカマラ人じゃない。純然たるエルシア人ですよ。なあ?」
 トンミョンの問いかけに隊員たちがいっせいに頷く。案の定、ダイたちの会話に聞き耳を立てていたようだ。
 ダイは手にしていた地図を広げた。シボーラ村のすぐ近くにはターゲットの町の一つがある。
「噂がある以上、シボーラも調査する必要がある。そうだな……隊を二つに分けよう。俺がシボーラを見にいくから、ジャネット、おまえはここに残って探査を続行してくれ」
「ちょっと待ってよ」
 すかさずジャネットが反論した。隊員たちの間に「やれやれ、またか」という空気が流れる。ジャネットは軍人としては有能だが、逐一ダイに反抗しなければ気がすまないのだ。
 彼女は仲間の呆れ返った顔など気にせず、不機嫌そうに、
「あなたが行ったところでなんの役に立つっていうの? これはヌニェスの仕事よ、あなたこそここで待機して、連絡役を務めるべきだわ。それがあなたの役目なんだから」
「そりゃもっとだ」
 巻き毛のロッセリーニが手を叩いて笑った。ダイが中間管理職としてこの隊に配属されたのは、周知の事実である。
 笑われたダイはさすがにムッとして、
「確かに俺には第三の力はないが、おまえらよりは人好きのするタイプだと思うぞ。おまえらだけで地元民と交わらせるとろくなことにならんのは、経験上よく分かってる。俺が行く、移動準備」
「りょおかーい」
 やる気のなさそうな、だらけた返事を聞き、ダイは女の元に戻った。
 ワヒードはにやにや笑いながら彼が戻ってくるのを待っていた。そんな部下にダイは頷きかけると、女に向かって、
「少しなら時間が取れます。私と部下がお送りしましょう。道々、その噂について詳しく聞かせてもらえますか」
「ああ、助かるよ、よかった! こいつが重くて重くて、死にそうだったんだよ」
 破顔一笑して、女は自分が座っている木の椅子をさすった。
「でも捨てられないんだよね、死んだ夫の形見なんだ。バカだとは思うんだけどさ」
「ちゃんとその椅子もお運びしますよ、ファンド夫人」
 ダイがそう言うと、エイプリル・ファンドははにかんだ、少女のような笑顔を見せた。

       ※

 小さな水色の家から出てきたのは、家によく似合った小柄な女だった。彼女は従姉を笑顔で迎えた。
「まあまあ、エイプリル、よく無事で! 心配したのよ」
 シェリー・ロック夫人は従姉を抱きしめたあと、後ろにいたダイたちに気づき、「まあ」と頬を手で押さえた。
「エイプリル、あなた、軍人さんをタクシー代わりにしたの?」
「そうよ、あたしも出世したもんでしょう」
 そう言ってファンド夫人は豪快に笑った。ロック夫人も穏やかに笑う。
(まったく、呑気なことだ)
 笑いあう二人にダイは呆れたが、災害に巻きこまれて住み慣れた家を失い、町を出ざるを得なかったファンド夫人の心中を慮り、なにも言わなかった。彼女にしてみれば、笑ってでもいなければやりきれないのだろう。
 複雑な心境で二人の中年女を眺めていたダイの肘を、ワヒードが引っ張った。耳元で囁くには、
「トンミョンから伝言。エルシア人だとさ」
 ダイは頷いた。精神感応力のあるトンミョンは車の中だが、ワヒードの後ろにいる黒い肌の巨漢、ベロワナ・ヌクラがテレパシーを受けとり、それをワヒードに伝えたのだろう。
 そのヌクラを見ると、がくがくと不自然に首を横に振りながら、
「ナ……ナニカ、気持チ、不安定……ガ、ノ、オ、オ……」
「なに言ってんだよ」
 ワヒードがヌクラの腕に触れる。
 ヌクラは筋骨隆々とした巨漢だが、臆病で、いつもびくびくとしている。幼少期に受けた虐待で他人とのコミュニケーションがうまくとれず、発声もままならない。だから、テレパシーで会話をするのが常だ。
「トンミョンが、この村にも空間の歪みの影響が出てるとさ。大きな歪みじゃねえが、霧が出てるみたいで、はっきり検索できねえらしい」
「補整できないか」
「そりゃ無理だわ。言っただろ、霧みたいだって。歪みの度合いが小さすぎて、逆にポイントが掴めないんだ」
「ワヒードはなにも感じないのか」
「俺はそーゆー繊細なコトは分かんないのよ」
 ぺろりとワヒードは舌を出す。攻撃専門のヌニェスである彼には、些細な歪みなど問題ではないのだろう。逆に、トンミョンのような情報収集専門のヌニェスには、大きな歪みの方が補正計算が楽なのだ。
 ダイは少し考えた。
「対ヌニェス妨害シールドが展開されている可能性は?」
「分かんねえな。でも、あんな感じよ。こんなときでなきゃ妨害シールドだって言い切れるんだが。なあ、ヌクラ」
 ワヒードに問われ、ヌクラは一瞬間を空けてから、うっそりと頷く。
「でも皆さん、出てきてくれたようだぜ」
 ワヒードが顔を動かさず視線だけで、彼らを遠巻きに眺めている村人たちを指した。
 ロック夫人の家は、百メートルもない村のメインストリートに面している。その前に軍の車が二台止まり、しかも軍服姿の男がわらわらといるのだ。村人が見物に来るのも当然だろう。
 ヌクラに手を触れたままのワヒードが、
「トンミョンから連絡。外に出てる奴らはみんなエルシア人。ヌニェスが二人、レベル1だから気にせずによし。あとは分からんとさ」
「まったく怠けた奴だ。ヌクラ、引き続き探査するよう、トンミョンに言ってくれ。ロック夫人」
 ダイは玄関先で従姉と話しこんでいるロック夫人に声をかけた。彼女はぽんと手を叩きあわせると、
「まあ、どうしましょう、玄関で話しこんでしまって。エイプリル、中に入ってちょうだい。あなた方もどうぞ、中でお茶でも」
「任務中ですので、おかまいなく。ところで最近、この村で変わったことはありませんでしたか」
「変わったこと?」
 ロック夫人は可愛らしく小首を傾げた。
「見知らぬ人間が大勢やってきたとか、引っ越しが多くあったとか」
「まあ、あなたたちのことみたいよ」
 そう言ってくすくすロック夫人は笑う。
「ご覧のとおり、ここは小さな村ですわ。どこの誰がいなくなっても、その日のうちにみんな分かってしまいますの」
「では、なにもないと?」
「先日の地震で村外れの小屋が倒れましたけど。人の住まない、古い物置小屋でしたから」
 重ねてダイが尋ねたので、ロック夫人は不安になったか、困惑ぎみに答えた。それを見たファンド夫人が慌てて、
「なんでもないんだよ、シェリー。あたしが妙な噂のこと言っちまったもんだからさ」
「噂ですって?」
 ファンド夫人が従妹に説明している間、ダイはワヒードに頷きかけた。その壊れた小屋を調べたら、この村の調査は終わりにする。
「ありがとうございました、ロック夫人。その小屋というのは?」
「あちらですけど、あそこにはなにも……」
「ファンド夫人もお元気で」
「ああ、ありがとうね。いい軍人さんでよかったよ」
 なにか言いたげなロック夫人を遮ってファンド夫人に別れを告げると、ダイは車についてくるよう手を振り、問題の小屋に向かって歩きだした。
 見物人の視線を無視して、ダイはまっすぐ前を見て歩きながら、隣のワヒードに、
「ワヒード、どう思う」
「あのオバチャンの早とちりだったってか?」
「うむ……しかし、こっそり住みついているかもしれん」
 少し行くと人家が切れ、背の高い杉林になった。本当に小さな村だ。
 林の中の道を行くと、建物の影が見えてきた。問題の小屋だろう。もともとは大型トラックの車庫かなにかだったようだが、崩れかけ、下手に近づくと二次災害を引き起こしそうだった。屋根が落ち、丸太とブロックが山と積み重なっている。人気はない。
 崩れた小屋の前で車も止まり、中にいた隊員たちも降りてきた。
「みんな、中を調査してくれ。痕跡があるかもしれん」
「了解」
 車に運転手兼見張りを残し、隊員たちは崩れた建物の中に入っていく。
「トンミョン、人の気配はあるか」
「ないですねえ。でも、死体ぐらいならあるかもしれませんよ」
 意地の悪い笑みを浮かべてトンミョンは答え、仲間に続いた。ダイはなにか言おうとしたが、車の陰から二人の少年少女が覗いているのに気づき、口をつぐむ。
 二人とも十歳ぐらいで、好奇心に目を輝かせて彼らを見ていた。村の子供だろう。
 ダイの視線でワヒードも子供たちに気づき、
「ノーマルだよ。エルシア人だ」
 ぼそっとダイの耳元で囁く。こんな小さな子供相手でも、彼らは自分の役目を忘れない。
「おら、ガキども、俺たちゃ見せもんじゃねえよ」
 ワヒードが子供たちを追っ払おうとしたが、二人は逆に駆け寄ってきた。少年の手にはバスケット、少女の腕には白い花束が抱えられている。
 二人は頬を紅潮させながら、
「これ、ロック夫人から」
「これも。お礼なんだって」
「えっ。ああ」
 ダイは面食らった。そして、世話好きそうなシェリー・ロックの笑顔を思いだす。彼女ならこういった気配りは日常的なことなのだろう。
 手を出しかけたとき、
(ウォーレンさん!)
 脳を叩きつける強い思念が、頭の中に飛びこんできた。
 乱暴な思念波は、物理的に頭を殴られたような錯覚を脳に引き起こす。ダイは目の前が一瞬真っ赤になり、立ちくらみを覚えてよろめいた。なんとか転倒するのだけはこらえる。
「っ……」
 ぐわんぐわん、と、まるで二日酔いで怒鳴られたように脳が振動し、ダイは額を押さえた。強烈な痛みをこらえながら、思念を集中させる。
(い、今のはグレンだな? 俺を殺す気か)
(すみません、ウォーレンさん。緊急の報告です)
 テレパシーの相手は、ジャネットの元に置いてきたグレンだった。ダイのことを「ウォーレンさん」と呼ぶのは彼しかいない。
「大丈夫かい、隊長」
 ワヒードがあまり心配してなさそうな声で手を貸してくる。むろん、それはダイにテレパシーが来たことを察し、接触することによって自分も聞く為だ。
 強い思念をぶつけてしまい、グレンが恐縮した気配があった。だが、すぐに報告を始める。
(車を囲まれました。人数は十から二十、対ヌニェス妨害シールドを展開しているようで、発見が遅れました、すみません)
 不穏な状況であるのにグレンは律儀に謝る。ダイは体を緊張させた。
(俺に謝ってどうする。相手の正体は? 武装状況は?)
(探査中です。でも、民間用にしては硬いシールドなので、なかなか思うようにいきません)
 グレンの言う民間用の対ヌニェス妨害シールドは、世間に広く普及されていて、ちょっとした町に行けば簡単に手に入るものだ。それはおもに、無許可の精神探査を防ぐ目的で開発され、公共の場所には必ずと言っていいほど設置されてある。これは世界統一後に発布されたヌニェス保護法の中の、「ヌニェスは許可なく他人の精神を探査してはならない。また、自分の精神を守る為に、機器、道具、及び第三の力でガードすることは人民の権利であり、自治体の義務である」という条文に基づいている。
 妨害シールドは電磁波を発生させ、特殊な場を形成する。この場に入るとヌニェスは第三の力をコントロールする脳幹部分に刺激を受けて、その力を封じられてしまうのだ。特に精神探査を行う部分に刺激がいくようになっている。
 だが民間用は、精神探査とテレパシー以外の第三の力にはほとんど効果がない。軍用ともなれば、最大で九十八パーセントの第三の力を封じることができるのだが。
(グレン、おまえでも接触できないのか)
(やっているんですけど、うまくいかないんです。ヌニェスがいるのかもしれませんね)
 グレンは恐縮して答えた。彼の特化されたテレパシーは軍用妨害シールドさえ透過するが、それができないというなら、ヌニェスがガードしている可能性が高かった。歪みの影響は、こうしてダイとコンタクトできている以上、考える必要はない。
(目視して相手を確認しろ、武装しているようなら臨戦態勢に入れ。敵の正体は必ず突き止めるんだ。あとはジャネットに任せる)
(分かりました)
 テレパシーが切れる。ダイは眉間に深いしわを刻んだ。
(第二班が囲まれた? 俺たちがスクランブル隊と知ってのことか?)
「おじさん、どうしたの。気分が悪いの?」
 花束を抱えた少女が黙りこんでしまったダイを覗きこんだ。彼は我に返り、
「あ、ああ、なんでもな――」
 言葉半ばで呑みこむ。ダイは目を瞠った。
 少女の花束の奥から、黒光りする金属の筒が見える。見慣れた形。拳銃。
 少女のそばかすだらけの愛らしい顔に、残忍な笑顔が浮かぶ。ニイッと笑う。
「すぐに治るわ。今すぐ」
 隣の少年がバスケットをワヒードに投げつけた。その手の中に、やはり拳銃が握られている。
 小さな両手でグリップを握りしめ、二人してダイの頭部を狙う。一瞬の、訓練された動き。
 時間がひどくゆっくり流れた気がした。
「隊長!」
 怒号と火薬の炸裂音が同時に響いた。弾丸が発砲される一刹那、ダイと子供たちの間の空間エネルギー密度が高くなり、光の楯という目に見える形が生まれる。第三の力だ。
 楯は弾丸を見事に弾き返した。跳弾の一方が少女の額をうがち、彼女は悲鳴も上げず倒れる。
 ダイはとっさに声のした方を振り返った。崩れた建物を調べにいったはずのトンミョンが、左手を突きだして仁王立ちになっていた。さすがはスクランブル隊きっての後衛、防御の力を出す反応速度は常人の三倍だ。
「第三の力!」
 少年が甲高い声で怒鳴ると、回れ右をして一目散に逃げだした。それと入れ替わりに、
「ミックが失敗した!」
「射撃!」
「撃て!」
 こだまが林に響きわたり、すぐに銃弾が雨霰と降ってくる。
「うへえっ」
 シールドを背に、ダイとワヒードはトンミョンに駆け寄った。トンミョンは二人を自分の背後に回すと、楯を半球に変形させて、自分たちをすっぽりと覆った。
「隊長さん、すっかりヘマしましたね。これは敵襲って言うんじゃないんですか」
 トンミョンがせせら笑って言う。自分のシールドを弾く銃弾なんかまったく気にしていない、余裕綽々の態度だ。
 ワヒードが両袖をまくり、手首に巻いていた赤い布をほどきながら、
「そいつをいうなら、敵の接近に気づかなかった後衛さんの手落ちじゃねえの」
「ぼくは歪みで探査できないって、前々から断っておいたぞ」
 ワヒードの皮肉に、トンミョンが白い頬をうっすらと赤らめて反論した。防衛と攻撃、それぞれの要たる二人は、あまり仲がよろしくないのだ。
 だが、今はそんな口論をしている暇はない。ダイは愛用の拳銃を抜くと、二人を促し建物の残骸の中に飛びこんだ。
 彼らが飛びこむと同時に、中にいた隊員のメル・ダシュプレフが鉄の楔を五つ、小屋の前に投げつけた。先端に札のついた楔は、きれいに並んで地をうがつ。その札をつなぐ線が青白く光を放った。第三の力による結界だ。
 弾丸が結界によって弾き返される。トンミョンもすぐさまメルの隣に座り、両手を複雑な形に組んで結界の補強に回った。
 ほかの隊員たちもすでに銘々、臨戦態勢に入っている。
「隊長! 無事ですか!」
「大丈夫だ」
 ダイは答えながら、崩れた壁から外を窺った。
 敵は林の陰から発砲していた。数はかなり多い。ちらちらと見え隠れする姿に見覚えのある者もいた。
 彼らを見物していた村人だ。
 第三の力――あの少年はそう驚愕していた。こちらがヌニェスとは予想外だったのだ。
(俺たちがスクランブル隊と分かっての襲撃じゃない。軍だから襲ったのか)
 だが、なぜ軍の部隊を襲う?
「トンミョン、あいつらが何者か分かるか?」
「えー、ぼくばっかり。パスさせてくださいよ」
 面倒くさそうにトンミョンは答える。だが、メルと彼が張っている結界は、小屋全体を覆う大きなものだ。口調は余裕たっぷりだが、ほかのことまで手が回らないのが本音だろう。
「ビスコ!」
「わ、分かりません、妨害シールドが硬くて読めないです。軍用です!」
「横流し品か? グレンと連絡を取れ!」
「了解!」
 ビスコは答えたが、すぐさま泣きそうな声で、
「隊長! グレンが捕まりません!」
「なんだって?」
 思わずダイは聞き返した。グレンは今、二つに分かれた部隊の連絡役として、全神経をこちらに向けているはずだ。呼ばれればいつでも答えられる状況にある。
 強力なテレパシストであるグレンと連絡がつかないということは、彼が自分に向けられた呼び声に気づかないほど深い眠りにあるか、重傷を負っているか、或いは第三の力で妨害されているかだ。機械は彼を阻むことはできない。
(向こうでも戦闘状態なのか?)
 ダイたちを襲った村人と、ジャネットたちを包囲した正体不明の集団は、おそらく同一の組織。示しあわせて彼らを襲った。なんの為に!
 閃光がほとばしり、爆音が轟いた。
「どうした!」
「手榴弾です! あいつら、照明弾だの焼夷弾だの、むちゃくちゃ投げてきます!」
 シールドを張っていたメルが悲鳴を上げた。特に焼夷弾の威力は凄まじく、エネルギーの楯に弾かれたあとで爆発し、劇的な高温で長い間燃焼する。一つ二つならともかく、立て続けて投げられては、熱を完全に遮断することはできないだろう。トンミョンの顔も歪んでいる。
「隊長、迎撃許可を!」
「しかたない、迎え撃て!」
 ダイは相手の正体を探るのを諦めた。待っていましたと前衛が攻撃を開始する。相手がヌニェスでないなら、彼らは負けはしない。
 バリアがいったん解かれる。
 ワヒードが両掌を広げた。腕に刻まれた赤い入れ墨が光を放ち始め、同時に掌に光が集まってくる。エネルギーの塊だ。
「チッ!」
 舌打ちするような掛け声とともに、ワヒードはそれを林から飛びだした男めがけて投げつけた。
 光の玉は男に直撃し、雫のごとく飛び散る。男は背中を真っ赤に火膨れさせて倒れた。
「きゃあ!」
 林の中から悲鳴が上がる。木陰に隠れていた数人の男女が、ふわりと中空に浮かび上がったのだ。彼らは急激に上昇し、そのままどこかに飛ばされていった。汪(ワン)恵祐(フェイオウ)の念力だ。
「ヌニェスだ!」
「ヌニェスがたくさんいるぞ!」
 襲撃者たちもようやく、こちらが普通の部隊とは違うことに気づいたらしい。ヌニェスに対抗するにはヌニェスしかない。それが一般セオリーだ。
「隊長、見ろよ」
 ワヒードが攻撃の手を止め、小屋の外に置いてきた彼らの二台の車を指した。村人が数人、車に乗りこもうとしている。
「あいつらの狙いは車だ、軍の情報を奪おうって腹だな」
 彼らの乗ってきた二台の車には、軍の暗号解読器が積んである。さらに第二班に置いてきた車には、それ自身が情報送受信基地にもなる、最新の通信システムが搭載されているのだ。奪う価値はある。
「あの車には誰が乗ってる?」
「運転してきたドナちゃん」
 ニッと、ワヒードが口の端を吊り上げた。ダイが口を開く前に、
「やめてください!」
 ドナの悲鳴が、肉声と思念波、両方のパンチで響きわたった。その音量と暴力的な思念の強さたるや、第三の力のシールドに守られたダイでさえ飛び上がるほどの痛みを伴うものだった。ワヒードたちも攻撃する集中力を奪われ、耳を塞いでうずくまる。
 ドナの能力を知る彼らでさえその有様だったのだから、さらに至近距離で、なんの抵抗力もない襲撃者たちはいちころだった。その暴力的な悲鳴が上がった途端、攻撃がやみ、ばたばたと村人たちが失神して倒れる。
「あいってえー……ドナの奴、加減ってもんをしらねえ」
 ワヒードが半ば呆れながら感心する。最年少の隊員ドナ・シャフィの第三の力だ。コントロールがうまくいっていないところが問題だが、強力な武器である。
 ダイもなんとか立ち直ると、気が抜けた様子の部下たちに、
「今のうちに敵を拘束するんだ。精神探査の許可を出す、警戒は怠るな!」
「りょ、了解」
「トンミョン、グレンと連絡は?」
「だめだめ、全然反応ないですよ」
 トンミョンも一息つきながら仏頂面で答えた。
 戦闘の最功労者ドナが仲間に連れられて、泣きべそをかきながら車を降りてくる。怪我はないようだ。だが、もう一台の車に待機していたパブロ・ティボーは、頭から血を流し、仲間に担がれて出てきた。軍服の腹部にどす黒いシミができてる。
「パブロはどうした!」
「撃たれてます! 倒れたときに頭を打ったようで意識がありません!」
 担いでいた恵祐が怒鳴る。ダイは駆け寄ると、血の気を失った残す部下を調べた。
「恵祐、南セファーン基地までパブロを連れて転移できるか?」
「陣形を描けば大丈夫だと思います」
「やってくれ」
 ダイの指示に従って、恵祐はパブロを降ろすと、地面に白墨で円形の図を描き始めた。陣形は呪文と同じく、能力者の意識を整える計画図のようなもので、決して陣形そのものに力があるわけではない。
 その間にダイは、パブロを見下ろしてがたがた震えている蒼白のドナに向かって、
「ドナ、よくやったな。おまえの力でみんな助かった」
「わ、私は……その……」
 二つに束ねた髪の片方が解けたのにも気づいていないのか、ドナが泣きそうな声でなにか言おうとした。それを遮るように、
「うわっ!」
 襲撃者たちを縛っていたビスコの悲鳴。とっさにダイは全身を緊張させ、愛銃を抜き振り返った。
 吹き飛んだビスコと、林の向こうへ逃げる男の背中が見えた。さっきのドナの攻撃の効果が薄かったのか。
「へっ、俺たちから逃げられると思ってんのかよ」
 ワヒードが歪んだ笑みを浮かべながら、逃げる男の背に向けて左手を突きだした。赤い鳥の入れ墨が再び光を放ち始め、同時に掌に力が集中して光弾が生じる。
 気合いとともに光弾を放射する。光の弾丸はまっすぐ男に向かい、龍のごとく大口を開けてターゲットに食らいついた。龍が男の動きを封じ、感電させる――と思われたその刹那。
 ぱあん!
 破裂音がして、皆が見ている前で龍が弾け飛んだ。
「なにい?」
 ワヒードが驚愕する。ワヒードは部隊でも最強の攻撃系ヌニェスだ。レベルも4、この上には世界最高クラスしかいない。
 そのワヒードの第三の力を跳ね返した?
「ヌニェスか?」
「ち、ちが、分かりません!」
「あいつを止めろ!」
 隊員たちが口々に叫び、逃げる男に向かって第三の力をぶつける。だが、男は攻撃の力も束縛の力もまったく受けつけず、無防備な背中を見せて逃げ続けた。
「みんな、やめろ!」
 ダイは怒鳴った。障壁となっていた味方の第三の力がやんだ瞬間に、拳銃を撃ち放つ。
 ダイの射撃の腕は確かだった。銃弾は見事男のすねにめりこんだ。男が弾かれて倒れる。
「効いた!」
 ダイは男に向かって走りだした。と思った瞬間、骨まで砕く九ミリ弾を脚に受けた男が飛び起きると、ダイに向かって走ってきた。
「えっ」
 驚く暇もなかった。男は光のごときスピードでダイの間合いに飛びこんでくると、肘打ちを繰りだしてきた。
 反射的にダイは拳銃で顔面を守った。相手の動きを見ての行動ではなかった。鍛えられた戦闘員としての勘がそうさせたのだ。
 男の肘が銃身を打つ。恐ろしい勢いで繰りだされた肘は、拳銃の引き金部分をあっさりと砕いた。
「!」
「ちっ」
 男の舌打ちを聞いた途端、腹部に熱いものを感じる。わずかに遅れ、激しい痛み。胃が潰され、彼は昼までに食べた物をすべて嘔吐した。
「お……お、お……」
 体を屈し、呻く。痛みのあまり悲鳴さえ出ない。体から離脱するように、意識が遠のくのが分かる。それをなんとかこらえる。
 膝蹴りをした男は彼にとどめを刺そうと、組みあわせた両手を振り上げた。だが、
「隊長!」
 ドナの悲鳴がして、銃声が立て続けにする。横目で見ると、ドナがライフルをこちらに向かって撃っていた。
 ふっと視界が揺らめいて、油膜のように世界が歪んだ。次の瞬間、目の前に恵祐の顔が現れる。
 恵祐が助けにきたと思ったが、それは間違いで、ダイが恵祐の力で彼の元に転移させられたのだ。
「隊長!」
「隊長! おい、しっかりしろ!」
 隊員たちの声が響く。ずーん、ずーん、と腹部から大きな波が打たれ、全身をもみくちゃにする激痛に耐えながら、ダイは力のない声で必死に、
「や……奴は……」
「あいつは逃げた! ヌクラが追う!」
「や……やめさせろ……あいつは、ダメだ……」
 ダイは呻いた。急速に意識が真っ白になっていく。
「ダメだ……おまえたちには、ダメだ……あいつは……」
 それだけ呟くと、ダイは無意識の海に沈没するのを感じた。




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