茶道速水流

宗達の活動

 宗達は、天明元年に岡山藩から茶道指南役として招かれ、以後同地を中心に速水流が広く流布します。一方多くの門弟を擁する京都では、聖護院宮盈仁(みつひと)親王の懇望で、宗達は宮の終生の茶の師となります。宮の兄の光格天皇(明治天皇の曾祖父)は、宮に「宗達という茶の名人に習われていることを嬉しく思う」とのお言葉があり、茶人宗達の実力や名声の程をがうかがえます。

宗達の茶道観

「茶道とは、茶を介して人と人とが心を結び、絆を深める礼式」

流祖 速水宗達
流祖 速水宗達

 茶道速水流の流祖 速水宗達は、茶道をこのように結論づけています。この場合の人とは、互いに人間として尊重できる人の事であり、茶事(茶会)の人々に秩序をもたらし、茶事を円滑に進める役割を果たすのが「礼」(敬意の表現)、と見なしています。これは「茶禅一味」に代表される精神修養的な茶道観と明白に一線を画すものです。「心の絆を結ぶのが茶道」という流祖の提唱は、無論現代に至るまで速水流に引き継がれています。

敬和清寂

 宗達は、茶道理念(茶道に対する根本の考え)を「敬和清寂」としました。「敬」を理念の根本に位置させることが茶の湯を成り立たせる本(もと)であるとします。「敬」は他者を敬い、かつ自身の内面が謙虚で慎み深い状態にあること、と規定し、この心境的様態があってこそ他者との親しみ深い交わり(「和」)が行えるとします。宗達がこの二文字に託したものは、心が動いて実践に至ること、茶の湯に即していえば、茶会を志して催し、人と交歓することに対する自然体の心構えです。
 また「清」は、世俗の塵にも濁らない無欲清浄の澄んだ心境をいい、「寂」も安らかな憩いの境地にあるという意です。この二語は、ともに他に煩わされないあるがまま、自然のままの心をいったもので「無為」にほとんど等しいものです(無心に非ず)。再び茶の湯に即していえば、現実生活の営為の合い間、閑あって心澄み安らかな折、自然に心を委ねたまま、自ずと茶を以て人と交歓しようとの心が今にも生じようとしている・・・、といったところでしょう。

宗達の茶道理論、点前、随筆などの著書

喫茶指拳編
喫茶指拳編
茶則
茶則

速水流の特色

 速水流の帛は十二単の襲の色目を基に考案された二色使いの鱗形、「小掛台」や「畳紙」を使う点前、聖護院宮の仰せにより考案された杓無しの点前「脱杓点法」などがあります。また、千家流の「七事式」に、「貴人付き花月」と「雪月花の式」を加えた「肄業式(いぎょうしき)」を考案しました。このうちの「貴人付き花月」も親王の命によって考案されたもので、親王から「花橘の式」と名付けられました。
 このように速水流では、流祖が習ったものと、流祖自身で考案したものがあり、習得するお点前の数が他の流派に比べてとても多いです。

 詳しくは、『千家の茶の展がり』(婦人画報社 平成7/11/20出版)をお読みください。

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