|
カラスはフィレンツェ5月音楽祭への出演と前後して、1950年から3年連続メキシコ市でうたっている。公演の記録と保存におよそ不熱心だったイタリアの放送局と違い、メキシコの放送局は彼女のステージの大半を78回転のアセテート・ディスクに録音した。カラスに限らず、それ以前から同市で上演されるオペラをさかんに録音していた。そのおかげで、若いころのジュリエッタ・シミオナートとジュゼッペ・ディ・ステファノが主演した《ミニョン》や《ラ・ファヴォリータ》などの貴重な上演記録が今日に残された。
これらメキシコ録音は、劣悪な音質と貧弱なオーケストラ演奏、低水準の共演陣にもかかわらず、カラス初期の貴重なドキュメントとしてLP時代から珍重されていた。それは、日の出の勢いにあった類いまれな才能の、まさにその勢いを論より証拠の形で教えてくれる最高の資料にほかならないからだ。ここには、のちに彼女の代表的レパートリーとなる4編、《ノルマ》《トスカ》《椿姫》《ルチーア》が初期の歌唱スタイルで、しかも内2編は複数の異なった上演で記録されている。特定の時期のカラスがこれほど多数、集中的に記録されたケースはほかにない。そして幸か不幸か、セラフィンやデ・サバタのような強力な統率力を持つ指揮者が同行しなかったために、カラスはみずからの力を無制限に発揮している。後年、彼女自身が述懐したとおり「山猫のような」歌である。その野放図な歌がもたらすカタルシスは、音楽よりもスポーツが与える感動に近いかもしれない。しかし、こうしたダイナミックな身体性は、かつて間違いなくイタリア・オペラの醍醐味の一つだった。その意味でも「メキシコのカラス」は、疾風怒濤時代の彼女を証言するかけがえのない記録なのである。
メキシコ最初の演目《ノルマ》はしかし、彼女ののちの名演に比べるまでもない不出来な演奏だ。前年のブエノスアイレス録音と同様、若いカラスの力が裏目に出た。過剰な情熱がベッリーニのカンティレーナにそぐわず、安全運転一本槍の凡庸な指揮に足を引っ張られたせいもあるが、第1幕フィナーレの三重唱など怒りの表現が空回りしている。登場シーンの威厳や大詰めの自己犠牲の崇高さも、十全な表現にはまだ数年の間がある。
第1幕はむしろ、相方のアダルジーザを演じるジュリエッタ・シミオナートの方が……
|