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デナリ南壁カシンリッジ登攀記

                    千種アルパインクラブ   西村 英樹

 デナリ南壁の中央に位置するカシンリッジは、リカルド・カシン率いるイタリア隊により1961年初登されたルートで、今なお世界中のクライマーを惹きつけてやまない。内容は岩、雪、氷と多岐に渡り、またその距離は長く、おまけに特有の強風が付き、技術はもちろん精神力も試され、クライマーを飽きさせることがない。

 このルートに挑戦しようと話が持ち上がったのが2005年秋。
メンバーは当初4人だったが様々な理由から結局群馬の名塚好子さんと僕の2人となった。期待と不安が入り混じる出発となったが、上空より見るアラスカの大地は僕の想像をはるかに超えるスケールで心が躍った。そしてカヒルトナ氷河に降り立つとなんとも言えない幸せな空気に包まれ、これから始まる冒険に思いを馳せた。

 ウエストバットレスで約2週間の高度順化を終えた我々は、カシンリッジを目指して5月28日北東氷河を遡った。穏やかな朝だった。‘死の谷’とはよく言ったもので、まるで地雷原を行くよう。ウエスタン・リブまでは順調に進むが、そこから先はヒドンクレバスに何度もはまり、落石も雨あられ。神経をすり減らした。比較的安全な氷河上にテントを張る。北東氷河を詰めるとカシンリッジに突き当たる。目の前に聳えるカシンリッジの大きさに圧倒されそうだ。しかし気持ちは落ち着いていて、自分の力を出せばたぶん大丈夫だろう、と気楽な感じだった。

5月29日 本格的な登攀開始。ルート中最大の核心とされるジャパニーズクーロワール。標高差300m。「どちらが先に行く?」と名塚さん。「栄光への1ピッチ目は僕が」と言ったはいいがアイスが下手な僕はすぐに後悔をすることに。出だしから堅い氷に苦しみ、ふくらはぎは悲鳴を上げっぱなし。

 計11ピッチを終了しカシンレッジに着いたのは23:30。テントがなんとか張れるそこにはずいぶん古いゴミが散乱していたが、狭いその空間に歴史を感じた。(3850m)

 5月30日 断続的に雪が降り続くなか高度感あるナイフリッジを行く。吹雪となり前がほとんど見えない。風が強く、寒さが厳しい。(4220m)

 5月31日 風は止んでいたが雪は降っている。停滞するかどうかの話し合いをする。
気温は低くなく技術的に難しいところが無さそうなので進みたい旨を伝える。遅い出発となる。氷河帯を一段上に越えなければならない。空身で名塚さん突破する。荷揚げ、フォローで続き、第一ロックバンドを目指し基部にテント設営。昨日よりは広く、ゆっくりできそうだ。
食事も済み、下山後の話をし、寝る準備をしていた矢先、雪崩が我々のテントを襲った。幸いその規模は大きくなく事なきを得たが、恐怖のあまりその場から逃げるように眼前の第1ロックバンドを登りだした。

 この時期は白夜なので一日中の行動も可能だ。しかし我々にとってこの夜間登攀は想定外で、このときが原因で名塚さんは凍傷になったと思われる。
AM7:00頃、疲労と寒さに耐えかねて狭い岩陰にテントをかっぶて休む。太陽が恋しい。名塚さんの指は白くなっている。その後、適当なビバークサイトを探しながら進むも見つからず、結局第2ロックバンド手前に無理やりテントを張り、ひたすら寝ることに努めた。

 6月2日 昨日の疲れからか寝すぎてしまった。第2ロックバンドは左から巻く形で進む。そのトラバースに3時間。スーパーハードなアラスカアイスの上にふかふかの雪がのっているので緊張する。アックス、クランポンはなかなか刺さらない。夕方より風が強くなり寒くて堪らない。第2雪田下の岩小舎にテントを張る。(5100m)

 6月3日 この後大きく右(南壁側)にトラバースし、第3ロックバンドの裏になる高度差300mのクーロワールに入っていく。上部は技術的には問題ないが強風の中、傾斜のあるアイスバーンを行くので気が抜けない。また、ここに来ての深雪のラッセルは疲れた体に堪える。耐え難いほどの猛烈な風だ。少しでも風が当たらない所を選んでテントスペースを確保するがもうどこも同じだ。テントは半分、空中に浮いている。座ってうとうとするだけだ。まともに横になって寝ることができたのは二日目まで。疲れが溜まっている。おまけに腹も減っている。しかし2人の気持ちは強く、常に前だけを見続けた。(5500m)

 6月4日 晴れ 一晩中猛烈な風に叩かれた長い夜が明けた。睡眠不足と高所の影響で足取りは重いが、ただひたすら上を目指した。高度が上がるにつれ、周辺の山々が目に飛び込んでくる。素晴らしい眺めだ。改めて地球の大きさを実感する。どこまで行けば着くのだろうか。目の前を見て、もうこれ以上はないだろうという所まできた。カヒルトナ・ホーンだ。

僕はピッケルを持った右手を静かに上げた。涙が出た。長いカシンリッジの登攀が終わった。

 長い間思い続けていたデナリをカシンリッジから、しかもアルパインスタイルで登ることができ、とてもうれしく思います。2004年10月10日、アンナプルナでの悲しい事故の後、僕はただただ強くなりたいと願った。亡くなられた佐藤さん、名塚さんに少しは強くなった姿を見せる事ができただろうか。

あれからもう2年が経ちます。愛知岳連の方々をはじめ多くの方々に大変なご心配とご迷惑をおかけしましたが、十分なご挨拶もできぬまま今日まで来てしまいました。この場をお借りしましてお礼を申し上げますとともに、今後もご指導いただきますようよろしくお願いいたします。

 今回の経験を活かしより良いスタイルでの登山を目指し、前に進んで行きたいと思います。