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生物科学研究所 井口研究室
Laboratory of Biology, Okaya, Nagano, Japan

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関連ウェブサイトは,文末に一括掲載

辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へ

ホタル祭りの背景: 観光用の移入蛍で絶滅した松尾峡の天然蛍


更新:

2017年,辰野ほたる祭りは,69回目を迎え,6月10日から始まった。今年も相変わらず, 地元のホタルを保護し増やしてきたと宣伝している(辰野町観光サイト)。しかしながら実際には,県外で購入した外来種ホタルを増殖させたきたのである。

このように,外来種ホタルを地元ホタルと称して観光客集めをする辰野町の姿は,昨年7月8日に放送されたTBSドラマ神の舌を持つ男,第1話殺しは蛍が見ていたのモデルにもなった。


Non-native fireflies intentionally introduced into Matsuo-kyo, Tatsuno, Japan: the loss of biodiversity

Yutaka Iguchi
Director, Laboratory of Biology

Last Updated:

Every year many tourists visit Matsuo-kyo (Fig. 1). in Tatsuno Town to watch fireflies (Genji fireflies*) twinkling. Most of them seem to regard them as natives, but vast numbers of non-native (alien) fireflies were intentionally introduced from the Kansai region and then released into Matsuo-kyo for the purpose of tourism several times in 1960’s (Iguchi, 2003). As a result, the non-native fireflies had a strong impact on native fireflies and made them probably go extinct (Iguchi, 2009).

The Tatsuno town government has already known this bad result, but hesitated to announce it officially. Moreover, the town government has tended not to announce even the fact of the introduction (e.g., see its web page).

Recent research suggests that non-native fireflies are spreading into other areas. However, the town government has not yet tried to protect native fireflies.

It does not matter to Tatsuno town officials and politicians whether fireflies are native or not. What is important for them is only to gain tourism income from the fireflies. Also see the web site: Tatsuno, an ecologically polluted town, defiled Matsuo-kyo Sanctuary for fireflies

Iguchi (2015) lectured on "non-native fireflies in Tatsuno" at Moriyama Firefly Museum located in Moriyama city where Tatsuno town purchased fireflies and brought them into Matsuo-kyo.

References

Iguchi Y (2003) History of the introduction of the Genji-firefly at Matsuo-kyo, Tatsuno-machi, Nagano prefecture . Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (an annual journal of the Japan Association for Fireflies Research) 36: 13-14 (in Japanese) .

Iguchi Y (2009) The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Biodiversity and Conservation, 18: 2119-2126.

Iguchi Y (2015) Tatsuno town has been rearing a vast number of non-native fireflies to attract tourists. Study meeting on environmental conservation activities. Moriyama Firefly Museum, Moriyama. 10 October 2015. Lecture in Japanese.

*Notes
Genji fireflies mean Luciola cruciata fireflies.

Fig. 1. This map shows Matsuo-kyo where a large number of non-native fireflies were intentionally introduced for tourism several times in 1960’s. Since then, they have been artificially bred.

図1. 松尾峡・外来ゲンジボタル移入(現・養殖)地


辰野町に人為的に移入された外来ゲンジボタル

井口豊 (生物科学研究所)
最終更新:

1. はじめに

長野県辰野町松尾峡(上の地図,図1参照)は,昔からホタルの名所として知られ,毎年「ほたる祭り」が開かれている。しかしながら,自然保護,生物多様性保全の観点から見ると,移入ホタルの大量養殖(図2)が大きな問題となっている。ここは,1926年に「ホタル発生地」として,長野県天然記念物に指定され,さらに,1960年に再指定された。ところがその後,1960年代に,膨大な数のゲンジボタルが他県からの購入や譲渡によって繰り返し何年間も放流された。

移入政策で天然ホタルが絶滅した辰野町松尾峡

図2. 松尾峡の移入外来ホタル養殖場.ほたる祭りに観光客が訪れる.ホタル類に関して言えば,辰野町は意図的に外来種を増殖させ,国内最大級の生態破壊を引き起こしている.

例えば,1961,62年には,滋賀県守山市で購入したゲンジボタル成虫から生まれた30万~40万匹の幼虫を放流している(井口,2003)。

辰野町は,守山市で大量購入したゲンジボタルを養殖し,それが増えると,新潟県南魚沼市の大月ほたるの里に対してホタルの移出もしているのである。 この問題に関しては,2015年10月10日に,守山市ほたるの森資料館において私が講演解説した(井口,2015 および次のブログも参照 辰野のホタル 町おこしと保護の課題 - 滋賀県守山市・環境学習会)。

現在の松尾峡で多くのゲンジボタルが見られるのは,このような移入事業の結果であり,地元のホタルを保護し増やしてきたというのは観光用キャッチフレーズなのである。このような偽りの観光用キャッチフレーズが生まれている背景には,ホタル移入の事実や弊害を知っていながら,それを人々に伝えようとしない朝日新聞のようなマスメディアの責任もある。

松尾峡は東日本一のゲンジボタル発生地と言われるが,今や「日本最大の外来ホタル養殖地」であり,生物多様性保全の観点からすれば,むしろ恥ずべき場所なのである。だから,ウィキペディアの松尾峡の項目に書かれたホタル移入の歴史と弊害を隠そうとする人が出てくるのである。

もちろん天然記念物指定以前,つまり観光用放流事業以前は,何万年あるいは,何十万年も前から松尾峡ゲンジボタルの遺伝子を受け継いだホタルが輝いていた。

今の観光客は松尾峡を訪れたとき,イルミネーションのごとく盛んに点滅するゲンジボタルに歓喜する。しかし,そこに元々住んでいた在来(天然)ゲンジボタルの明滅は,もっとゆっくりしたものであり(図3参照),しかも,光っていない時間が,光っている時間の2倍もある(井口,2012;ウェブ解説 辰野の在来ホタルFig.4)。個人的感想を言えば,辰野の在来(天然)ゲンジボタルの明滅には,きらびやかというより,静寂な感じさえ受けるのである。

松尾峡の外来種ゲンジボタルと鴻ノ田の在来種(天然)ゲンジボタルの発光パターンの比較は,fukuokadonax氏によってYouTubeに投稿された動画「辰野の蛍(養殖と天然)」を参考にすると良い。

2017年,辰野ほたる祭りは,69回目を迎える。しかしながら,この長い祭りの歴史の中で,天然ゲンジボタルは,すっかり移入ゲンジボタルにすりかえられてしまったのである。しかしながら,この歴史的・生物学的事実について,辰野町役場も,町議会も語っていないし,矢ヶ崎克彦・前町長も,全く語らずに2013年に任期を終えた。後任の町長・加島範久氏もまた,2017年現在,移入外来ホタルの関して,何も語らず,何の対策も講じていない。

辰野町観光サイトのウェブページを読んでも,「ホタルを守るために」実施したことが書かれているが,県外から観光用に大量移入したことは全く書かれていないのである。

図3は,私や福井工業大学の草桶秀夫教授グループが,松尾峡のゲンジボタルを,その上流3kmの岡谷市,辰野に残っている自然発生地,関西のゲンジボタルのそれぞれと発光周期や遺伝子を比べた研究結果である。移入ゲンジボタルは在来(つまり,松尾峡に本来住んでいた)ゲンジボタルに壊滅的打撃を与え,松尾峡には,すっかり在来ゲンジボタルがいなくなってしまった(日和佳政ほか, 2007; Iguchi, 2009)。

昭和30年代の天龍川水系で、特に岡谷辰野付近では元祖の蛍は生き残ることが出来ず、移入した在る種の蛍のみが生存できたと主張したYahoo!知恵袋投稿者がいたが,これは辰野町に都合良く解釈した誤解である。今述べたように,松尾峡より上流地域,すなわち諏訪湖に近い岡谷市の天竜川沿岸,川岸地区では,ずっと在来種ゲンジボタルが生息しているのである(ウェブページゲンジボタルの地理的変異と地質学的事件の関連参照)。そしてこのような松尾峡周辺地域のゲンジボタル生息状況を調査することもなく,それを増やそうとすることもなく,簡単だからという理由で,観光用に県外ゲンジボタルの移入に頼ってしまった町の歴史がある(井口,2010)。

したがって,現在の松尾峡のゲンジボタルは,生態系に悪影響を与える外来種であり,侵入種(侵略種, invasive speciesなのである。侵入種のデータベース Invasive Species Compendium には,松尾峡ゲンジボタルが外来種であることを明らかにした私の論文(Iguchi, 2009)が登録されている。

松尾峡が県天然記念物なのは,ホタル生息地として適している,という意味で指定(生息地指定)されている。しかし,天然記念物指定当時まで生息していた貴重な在来ゲンジボタルは,観光用増殖事業の結果,絶滅してしまったのである

このような移入種問題では,通常,遺伝的汚染(あるいは遺伝子汚染)と呼ばれる外来種と在来種の交雑が問題になる。しかし松尾峡では,これまで分かっている限り交雑は起きておらず,関西系の移入ゲンジボタルばかりが増えている結果となっている。この点は,2010年に志賀高原(長野県山ノ内町)で開催された全国ホタル研究会・第43回全国大会で,福井工業大学の草桶秀夫教授の研究グループが発表した(日和佳政ほか,2010)。

草桶氏は2010年3月に辰野町を訪れ,外来ゲンジボタル養殖地である松尾峡や在来(天然)ゲンジボタル生息地である鴻の田など町内のホタル生息地を見学した。彼が松尾峡を見たとき,「ここに,あれだけ大量の県外ホタルを移入したら,地元の天然ホタルは,ひとたまりもないだろう」と感想を述べたが,まさにそのとおりだと私も思う。

辰野町の移入外来種ゲンジボタルと在来種(天然)ゲンジボタル

図3. 第43回全国ホタル研究会全国大会(2010年,長野県志賀高原)の筆者発表のデータ
辰野(自然)ゲンジボタル生息地は,鴻の田

辰野町の移入ゲンジボタル養殖に関しては,以下のような問題点が挙げられる。

  1. 2015年時点,国内最大の移入ゲンジボタル養殖地である。
  2. 松尾峡下流への移入ゲンジボタルが拡散しているのに,なお増殖を図っている。
  3. 下流地域には多くの自然のゲンジボタル生息地がある。
  4. 町役場が公共事業としてやっている。

辰野のホタル増殖政策を巡っては,過去に,東京都板橋区のホタル飼育施設に,ホタルが欲しいと役場職員が陳情に行って断られるという異常な事態も起きているのである。

さらに大きな問題として,前述したように,新潟県南魚沼市の大月ほたるの里に対してホタルの移出もしているのである。

これらの点を考慮すると,辰野町松尾峡は,国内で最も大きな問題を抱えた外来ゲンジボタル養殖地だと言える。

2010年1月1日から,辰野町では改正ホタル保護条例が施行された。この改正条例には,ホタル採集の事前許可申請の徹底,無断採集者に対する厳罰適用などが盛り込まれた。

しかしながら,数年来,私たちが辰野町役場に提言してきた「移入個体群と在来個体群を区別しての保護」は全く盛り込まれなかった。 役場は,観光用に全体として増えれば,在来ゲンジボタルが減るのも仕方ない,という主張を繰り返している。

また,松尾峡のゲンジボタルは移入であることを公表した上で観光客に楽しんでもらうべきだ,という提言も却下され,昔からいたゲンジボタルを保護し増やした,という事実と異なる観光用キャッチフレーズを続けることに決めている。

この移入ゲンジボタル増殖ならびに観光客にはそれを公表しない,という政策は,町議会でも共産党の根橋俊夫氏を含む全員が,質疑することなく承認し,改正保護条例が成立・施行された。

私や草桶氏は,移入ホタル問題に関して、批判的なことばかり言っているだけでは何の進展もないと考えている。それで,私自身として,どのような対策が可能かという提言を辰野町役場におこなってきた。前述のように,移入の事実やその影響については,一部マスコミに報じられたが,提言については全く報じられていないため,以下に概要を記す。

2. 辰野町への政策提言

(1) 移入ゲンジボタルが、移入地である松尾峡から、どの程度拡散しているか調べ,定期的に記録に残す。

これは辰野町に限らず,またホタルに限らず,生態系の変化を歴史に残すという意味で重要なことである。  このような生態調査は,ゲンジボタル保護や利用の現状(祭も含めて)を変えるものではないので,実施しようと思えばできるはずである。

(2) 個体数を増やさない。

最近の松尾峡におけるゲンジボタルの延べ発生数は年10万匹くらいだが,これを3倍に増やす計画がある(井口,2010)。しかし、増やせば増やすほど,他地域に移入ゲンジボタルが拡散する速さも数も増すものと考えられる。

辰野町内では既に,松尾峡下流地域に移入ゲンジボタルが拡散していることが判明している(日和佳政・草桶秀夫,未公表DNA資料)。

また,辰野町は天竜川最上流部に近く,下流地域には多くの自然のゲンジボタル生息地がある(三石暉弥 1990,ゲンジボタル.信濃毎日新聞社)。それゆえ,松尾峡における大量の移入ゲンジボタル養殖は,将来これら生息地に大きな被害を及ぼす恐れがある。

したがって,最低限でも今より増やさない,さらに、出来るだけ個体数を減らし、どの程度まで減らしても観光に影響しないかアセスメントを行う。

(3) 移入された外来ゲンジボタルを最終的にどうするか検討する。

2008年7月28日の読売新聞夕刊ネイチャー面(13面)には,移入ゲンジボタルが問題となっている(あるいは,なっていた)地域として,辰野とともに,八王子の創価大学蛍桜保存会のホタルが取り上げられた。そして,蛍桜保存会では,移入ゲンジボタルを付近の在来ゲンジボタルに完全に取り替えた(本来の集団に戻した)ことが紹介された(井口,2009)。

この方法は,まさに「昔見たホタルの復活」という利点があるものの,当然のことながら,何年かはホタルがほとんど出現しない状態が続く。この様子は,この読売新聞記事に詳しく載っているので,読んで頂きたい。

蛍桜保存会の取り組みは稀有な例だが,「移入してしまったホタルをどうするか」という事例まで追いかけたのは,少なくとも私の知る限り,この読売の記事しかない。他の例をご存知の方は,是非私に連絡して下さい。

松尾峡の場合,上述のように,延べ10万匹という大量のゲンジボタルが毎年発生し,それが観光資源ともなっている。そのため,蛍桜保存会のような取り組みは,コストの面からも,観光の面からも,不利益が多いと考えられる。したがって,松尾峡のゲンジボタルをこのまま残し,それを活用しつつ,周辺の在来ゲンジボタルに対する影響をどう抑えていくかが重要となる。

例えば,町全体のゲンジボタルを一括して保護するのではなく,移入ゲンジボタルと在来ゲンジボタルを区別して保護し,両者の生息地の間には,あえて保護しない一種の緩衝地帯を設ける。このようにして別々に保護された移入と在来のゲンジボタル集団は,観光客に比較して観賞してもらうこともできる。

以上の提言に関しては,草桶氏もほぼ同意見である。

3. 提言に対する辰野町の反応

1の記録に残す点については,辰野町教育委員会が多少なりとも理解を示してくれた。さらに,3の移入と在来の両集団を観賞してもらうという案については,辰野町の信州豊南短期大学の森本健一教授からも賛同を頂いた。

しかしながら,残念なことに,町のゲンジボタルの保護,活用を実際に担当している産業振興課からは全く同意が得られていない。したがって,以上のような提言は検討課題にもなっていないのが現状である。

その理由のひとつとして,また最大理由として,これまで長期間,辰野町が移入の歴史に触れずに,自然のゲンジボタルを保護し増やしてきたかのように宣伝し,観光に活用してきたという事情がある辰野町観光サイト参照)。松尾峡ゲンジボタルが外来種であることを隠しながら,それを有料で観光客に見せるという外来種商法を辰野町は続けてきた。

外来種ホタルであることを隠してきたのは,観光客に対してだけでなく,辰野における地域ぐるみホタル保全活動をテーマに卒論を書いた大学生に対しても真実を示さなかった。

また,辰野町役場は以下のように考えてきたし,今もそう思っている。

ゲンジボタル移入は松尾峡だけであり,そこから町内他地域に人為的に移出しなかったから,周辺の在来ゲンジボタルには影響しない。

しかしこれは,ゲンジボタルの移動性や辰野町の自然(地理的位置,水系や水田分布)を考えると明らかな誤解であり,長い目で見ると周辺の在来ゲンジボタルに影響すると考えるべきだった。実際,移入ゲンジボタルが下流地域へ広がっていることは上述の通りである。

4. 生物多様性保全に違反する辰野町の現状と望まれる将来像

1993年に,生物の多様性を包括的に保全し,生物資源の持続可能な利用を行うための国際的な取り決めとして,生物多様性条約(Convention on Biological Diversity)が発効された。わが国も同年には本条約を締結しており,それを受けて,2008年6月6日には,生物多様性基本法が公布施行された。

国としてのこの方針に応じて,長野県でも長野県生物多様性概況報告書(長野県環境保全研究所,2011)が2011年に作成され,辰野町の移入ゲンジボタルも取り上げられた。そして,

辰野町に移入されたゲンジボタルは在来の集団を駆逐し、この地域特性を攪乱しているとの指摘がある(p.55–56)

と記載されたのである。
生物多様性基本法では,基本原則として

(第三条 3) 生物多様性を保全する予防的な取組を行い,事業等の着手後においても生物多様性の状況を監視し,その監視結果に科学的な評価を加え,これを反映させなければならない。 (筆者要約)

地方公共団体の責務として,

(第五条) 地方公共団体は、基本原則にのっとり、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関し、国の施策に準じた施策及びその他のその地方公共団体の区域の自然的社会的条件に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。 (筆者要約)

国の施策として,

(第二十四条) 国は、学校や社会における生物多様性に関する教育の推進、専門的人材の育成、広報活動の充実などにより,国民の生物多様性についての理解を深めるよう必要な措置を講ずる。 (筆者要約)

地方公共団体の施策として,

(第二十七条) 国の施策に準じた施策の推進を図る。 (筆者要約)

と記してある。

さらに環境省は生物多様性国家戦略2010を打ち出し,外来種の侵入防止・駆除・管理などに関して,国全体としての対策を示している。

この国家戦略の中で,ゲンジボタルに関して,特にその名前を挙げて,遺伝的・生態的多様性を指摘しているのである。特に注意して欲しいのは,ここで言う外来種とは,外国から入ってきた生物だけを指しているのではない,ということである。同戦略p.17に書かれたように,

外来種とは,野生生物の本来の移動能力を越えて,人為によって意図的・非意図的に国外や国内の他の地域から導入された生物

であり,したがって,辰野町松尾峡のゲンジボタルは,外来種そのものなのである。

辰野町では,役場が移入ゲンジボタルを大量飼育しているにも関わらず,それが在来ゲンジボタルに与える影響の評価もせず,対策も取らず,それどころか移入の事実や弊害を公表さえせず,生物多様性基本法に沿った生物多様性保全の責務を果たしていないのである。同法の趣旨からすれば,辰野町松尾峡は違法状態にあると言える。

辰野町が松尾峡のゲンジボタル移入を意図的に隠していることは,2011年1月17日に町役場で開催された生物多様性地域懇談会議事録を見ると,よく分かる。この冒頭では,

動植物の保護や、外来種の駆除が取り上げられている。地域での生態系を含む取組が注目されている。辰野はホタルの町ということでホタルの位置づけは重要な問題

と述べていながら,移入ゲンジボタルのことは,この会議で一言も触れてないのである。繰り返すが,松尾峡ゲンジボタルは外来種なのである。この町が,生態保全に対し,いかに美辞麗句を並び立て欺瞞的態度を取っているかが,よく分かる会議内容である。

この点に関連して,長野県大町市の牛越徹(うしこし・とおる)市長から,以下のようなメールを頂いた(2010年1月18日)。

辰野町では,ホタル養殖に行政が関与するのであれば,在来種保護は一層重要。解決に時間がかかっても勇気を持って方向を転換すべきだ。 (内容は筆者要約)

私も牛越氏に全く同感である。

移入と在来のゲンジボタル集団を区別するための調査,およびそれらの保護や利用には,地域住民の協力が欠かせない。また,そのためには,在来種保護の重要性を地域住民にPRすることも必要である。これは,黒田大三郎氏(環境省自然環境局参与)が,2010年の第43回全国ホタル研究会全国大会の講演で強調したことでもある。

いずれにせよ,町役場は情報をオープンにし,移入の詳しい経緯を公に明らかにするべきである。

これまで辰野町では,観光用ホタルとしてゲンジボタルが優先されてきた。そのため,ヘイケボタルの生息地であった水田や用水路は,いとも簡単に破壊され,ほたる童謡公園として,観光客用駐車場や遊具施設(図4)に変えられてきた。水田の維持自体は困難な時代なのかもしれない。しかし,そこに生息したヘイケボタル幼虫の何割かは近くに移動させるなどして避難させることが出来たのだが,そのような方策は全く検討されなかった。写真の金属遊具は,わざわざ緑地を潰し,大金(たぶん税金)を投入して,ホタル生息地に建設されたのである。

辰野町松尾峡ほたる童謡公園の金属遊具は,大金を投入し緑地を潰して建設された。

図4. 辰野町松尾峡ほたる童謡公園の金属遊具施設。写真左側が,ホタル生息水路であり,人が入らないように,縄が張ってある。ゲンジボタル幼虫は,蛹になるために,水路から上陸してくる。そのすぐ脇に作られた自然破壊の象徴的施設である。

しかも,この遊戯施設付近,パラグライダー愛好家の格好の着陸場所となっており,それを役場もずっと黙認してきた。その結果,最近起きたのがパラグライダーの女児激突事故である。いったい,何のための,誰のための公園作りだったのだろうか。

今や,ほたる童謡公園は自然破壊・生物多様性喪失の象徴とも言える。

ホタルを観光資源として利用すること自体には問題は無いし,私も賛成だ。しかし,生物多様性保護が重視される現在,例えば,「在来種保護の町」として売り出そう,というような創意工夫が,役場にも議会にも全く感じられない。依然として辰野町は環境軽視の古い町作りにとどまっている。

最近では,テレビドラマでも,生物多様性保全の問題が取り上げられるようになり,7月8日に放送されたTBSドラマ神の舌を持つ男,第1話殺しは蛍が見ていたの中で,ホタルの生態保全に関しては,私が監修した(番組終わりの字幕に,名前が出てくる)。ドラマの中で,県外で買ってきた外来種ホタルを地元のホタルと偽って観光資源とする町の姿は,辰野町がモデルとなっている。これに関しては,次のブログに詳しく書いた。

新しい時代の潮流に即した「エコタウンモデル」を構築するためには,ホタルを単なる見世物とするのでなく,それも見に来る人々に生物多様性保全を学んでもらい,意見を言ってもらうような仕組みを考えるべきだろう。そのようなエコタウン作りに,町外,県外から多くの人々に参加してもらい,ホタルが舞う時期以外にも,町を訪れてもらう仕組みを考えるべきである。

かつて朝日新聞オピニオン面「私の声」欄において,村上(2009)は,遺伝子汚染をもたらす安易なホタル放流に警鐘を鳴らした。さらに村上(2011)は,保全生態学の観点から,ホタル移入問題を解決するように訴えた。しかし残念ながら,全国ホタル研究会第44回岡山県かがみの大会(2011年)において,村上が,「役所にこの問題への対策を求めても無駄」と述べていたのが,辰野町の現状である。外来種ホタルで人を集め,外来種ホタルで金儲けをするという発想を,いつになったら辰野町は転換するのだろうか。

5.北海道沼田町の移入ゲンジボタル

北海道には本来ゲンジボタルが生息してないが,沼田町には辰野町同様に,人為的に移入したゲンジボタルが生息する。そのため,北海道外来種データベース(ブルーリスト)では,ゲンジボタルはC群に分類されている。C群とは,生態系への影響が懸念される外来生物である。

沼田町の場合も辰野町と同じく,観光用に移入したゲンジボタルであり,それを町おこしに利用している。日本経済新聞(8/15)によると,

北海道庁は本種を規制対象として検討し始めており,もしそうなれば,町への影響は大きい,町関係者は困惑している

とのことである。

しかしながら,沼田町のゲンジボタルもまた外来種であり,生物多様性基本法に則って,北海道庁の規制検討は当然の対応なのである。

ここで注目したいのは,日経記事に書かれた,沼田町の元町長(1983–1999)篠田久雄氏の発言である。彼は,沼田町に移入したゲンジボタルの保護条例を制定した当時の町長だった。篠田氏は,

町と専門家らが蛍との関わりを協議する場の設置を求める

と述べているのである。

一方,これとは全く対照的なのが辰野町の場合である。前町長・矢ヶ崎克彦氏は,松尾峡の外来ゲンジボタル問題を検討することさえなく,それどころか,この問題を一言も語ることなく退任した。また現町長・加島範久氏もまた,この問題を無視,だんまりを決め込んでいる。ただし,加島氏は,かつて辰野町役場の職員だったのだから,生物多様性軽視の町政の継続も当然の帰結なのだろう。

さらに辰野町の場合は,前述の通り,共産党を含む町議全員が,外来ゲンジボタル問題を無視してでも経済的な利益優先,という政策に全面的に賛成している。

生物多様性保全という現代的課題に直面してなお,アナクロな(時代錯誤の)体質を保持し,いつまでたっても変われない,悪弊に囚われた辰野町の姿がここにある。

6.上高地の移入ゲンジボタル

長野県松本市にある著名な観光地・上高地に生息するゲンジボタルも,辰野町松尾峡と同じく,県外から持ち込まれた外来種である(日和佳政ほか 2010,ウェブ解説 辰野町と上高地の移入ホタル問題)。しかも,松尾峡と上高地のゲンジボタルは,遺伝的に同系統の西日本型サブグループ3の人為的外来種であることが判明している(日和ほか 2010)。

このうち,上高地のゲンジボタルについては,2014年になって,環境省は駆除を検討し始めている(朝日新聞 2014年4月10日; 信濃毎日新聞 2014年04月09日)。

一見,何の害も与えないように見えるホタルであるが,それが外来種であれば,既存生態系に大きな影響を与える恐れがあり,駆除の対象となりうるのである。松尾峡に観光用に移入されたゲンジボタルによって,本来そこに生息していた在来ゲンジボタルが絶滅してしまったのは,まさにその例である。

参考文献

日和佳政・水野剛志・草桶秀夫(2007) 人工移入によるゲンジボタルの地域個体群における遺伝的構造への影響.全国ホタル研究会誌 40: 25-27.

日和佳政・大畑優紀子・草桶秀夫・井口豊・三石 暉弥(2010) 遺伝子解析による移植されたゲンジボタルの移植元判別法.全国ホタル研究会誌 43: 27-32.

井口豊(2000) 長野県辰野町におけるゲンジボタルの発光パターン.昆虫と自然 35: 30-32.

井口豊(2003) 長野県辰野町松尾峡におけるゲンジボタル移入の歴史について.全国ホタル研究会誌 36: 13-14.

井口豊(2006) 長野県辰野町におけるゲンジボタルの明滅周期について.全国ホタル研究会誌 39: 37-39.

井口豊(2009) ゲンジボタルの移入問題.全国ホタル研究会誌 42: 35-38.

Iguchi, Y. (2009) The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Biodivers. Conserv., 18: 2119-2126.

井口豊(2010) 長野県辰野町における移入ゲンジボタルについて.全国ホタル研究会誌 43: 23-26.

井口豊(2012) 長野県辰野町の在来ゲンジボタルの発光パターン.全国ホタル研究会誌 45: 30-34.

井口豊 (2015) ほたるの町 辰野(長野県)でのほたる育成の取組み.守山市ほたるの森資料館 2015年度 第1回環境学習会 講演: 2015年10月10日.

長野県環境保全研究所(2011) 長野県生物多様性概況報告書.

三石暉弥(1990)ゲンジボタル.信濃毎日新聞社.

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村上伸茲(2011)ホタル移植指針課題への取り組み — 市民活動団体への呼びかけのために—.全国ホタル研究会誌 44: 27-32.

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