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生物科学研究所 井口研究室
Laboratory of Biology, Okaya, Nagano, Japan

辰野の在来ホタル

辰野に元々住んでいた自然のホタル

  日本語解説はページ後半,辰野の在来ゲンジボタルからです。


更新:

在来種ホタル保護に関しては,保全生態学の立場から論じた村上伸茲(2011)の論文も大いに参考になる。

村上伸茲(2011)
ホタル移植指針課題への取り組み — 市民活動団体への呼びかけのために—.
全国ホタル研究会誌 44: 27-32.


Native fireflies in Tatsuno

Yutaka Iguchi
Director
, Laboratory of Biology
Last Updated:

As mentioned before, vast numbers of non-native Genji-fireflies (Luciola cruciata)were intentionally introduced into Matsuo-kyo (Fig. 1), Tatsuno town. As a result, the non-native fireflies had a strong impact on native fireflies and made them probably go extinct (Iguchi, 2009).

However, native Genji-fireflies survive in Konota (Fig. 1) and Watado (Fig. 7) in this town (Iguchi, 2000, 2009). They belong to the intermediate type (the Fossa magna type). Their type is totally different from that of the Matsuo-kyo population, the Western (slow-flash) type.

Iguchi (2012) showed that their interflash interval is about 3 s, including a flash duration of 1 s. This is the characteristic of the intermediate type (Ohba, 2001).

References

Iguchi Y (2000) Flash patterns of the firefly Luciola cruciata in Tatsuno-machi, Nagano Prefecture. Konchu to shizen (The nature and insects) 35(14): 30-32.

Iguchi Y (2009) The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Biodiversity and Conservation 18: 2119-2126.

Iguchi Y (2012) The flash pattern of the native Genji-fireflies (Luciola cruciata) in Konota, Tatsuno-machi, Nagano prefecture. Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (an annual journal of the Japan Association for Fireflies Research) 45: 33-34 (in Japanese) .

Ohba N (2001) Geographical variation, morphology, and flash pattern of the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Sci. Rept. Yokosuka City Mus. 49: 45-89.


辰野の在来ゲンジボタル

井口豊 (生物科学研究所
最終更新:

1. 辰野町・鴻ノ田

辰野の移入ホタルに解説したように,辰野町松尾峡には,多数のゲンジボタルが県外から繰り返し大量に移入放流された(井口,2003)。その結果,松尾峡では天然記念物指定を受けたときの在来ゲンジボタルは絶滅してしまい,系統も発光周期も異なる移入ゲンジボタル集団(周期2秒の西日本型)にすっかり変わってしまったことが判明した(井口,2006; 日和ら,2007; Iguchi,2009)。しかも,移入ゲンジボタルの拡散は下流まで広がりつつあることがDNAの研究から分かっている(日和佳政,未公表データ)。

しかしながら少なくとも,辰野町東部の山間地域,鴻ノ田には,在来ゲンジボタル集団が残存していることも分かってきた(井口,2006; Iguchi, 2009)。

両地域の位置を,次の Fig. 1 に示す。


より大きな地図で 辰野町に残る天然ホタルの里:鴻ノ田を表示 (View larger map)
Fig. 1. Location map. Blue area: Matuo-kyo; Orange areas: Konota. Click these parts for the explanations.
青: 松尾峡; オレンジ: 鴻ノ田. これらの部分をクリックすると説明がある.

鴻の田を下流側(西側)から見た風景を次の Fig. 2 に示す。

長野県 上伊那郡 辰野町 鴻の田
Fig. 2. Konota valley, Tatsuno, Japan.
辰野町,鴻ノ田.狭く曲がりくねった鴻の田の谷を,下流側から見た風景.

最近,この鴻ノ田のゲンジボタルの発光パターンを分析し,全国ホタル研究会・第45回大会(鹿児島県霧島市・霧島国際ホテル)で発表した(井口,2012)ので,その内容を紹介する。

まず,以下の Fig. 3 に,観測されたデジタル発光強度(赤点)の時間的変化を示した。青線は, gnuplotacsplines オプションを用いて,データをスプラインで平滑化した曲線である。約3秒の周期的な発光パターン(中間型またはフォッサマグナ型と言う)が見て取れるだろう。

Temporal changes in the flash pattern of fireflies
Fig. 3. Temporal changes in the relative intensity of flashes in L. cruciata at 20°C in Konota (after Iguchi, 2012).
鴻ノ田におけるゲンジボタル発光強度の時間的変化. 気温 20℃ (井口,2012より).

余談であるが,私のクワガタムシ論文(Iguchi, 2013)で, gnuplotMaxima を用いてデータ解析を行ったところ, Referee のひとりから,Rを使ったらどうか,と言われた。しかし,それに単純に従うのも面白くないので,再度 gnuplotMaxima を用いて解析をやり直し,受理された経緯がある。

gnuplot の良い点は,プログラムの一部やパラメータの値を変えても,たいてい,その変更部分だけ入力してreplot関数を使うと,簡単に変更されたグラフが見られることである。この論文でもそうだったが,様々なモデルを試してみるときに, gnuplot は非常に便利である。

話を元へ戻し,次の Fig. 4 には,発光持続時間と無発光時間を取り出したグラフを示した。

Flash sequence in the firefly L. cruciata
Fig. 4. Flash sequence obtained from Fig. 3.
Fig. 3 から得られた発光シーケンス

3秒周期の発光パターンを詳しく見ると,1秒光って2秒消える,というパターンであることが分かった。つまり,光っていない時間は,光っている時間の2倍もある。これは,大場信義(2001)が示した中間型ゲンジボタルの発光の特徴とも一致した。

なお,このグラフは, R の barplot 関数で描いた。これまた余談だが, R で棒グラフの凡例を書く時, barplot 関数の legend.text オプションを使う例がネット上では多く見られる。しかしながら,棒グラフでも legend 関数を用いたほうが汎用性が高いと思われる。このFig. 4でも legend 関数を使った。

蛍の名所と言われ続けた松尾峡でも,外来種ゲンジボタルの移入養殖が始まる前,すなわち天然記念物指定される以前には,このようなゲンジボタルが見られたものと思われる。

このようなホタルを大切にし,移入ホタルの影響を受けないような方策が望まれる。しかし,以前述べたように,移入という事実を公にしたくない役場によって,そのような方策の検討すら行われていない。これに関しては,次のウェブページ参照。

辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へ

鴻ノ田ゲンジボタルは,松尾峡ゲンジボタルように手厚く保護されているわけではない。そのため,写真(Fig. 5 および 6)のように,3面コンクリート張りの水路に産卵するメスも多い。このような卵は,ほとんど生育しないであろう。

Female firely laying eggs
Fig. 5. Female native firely laying eggs on the wall of a concrete drain
コンクリート水路の壁に産卵する雌ゲンジボタル
Female laying eggs
Fig. 6. Enlarged photograph of Fig. 5.
Fig. 5 の拡大写真

私の解説を受けて,在来種ゲンジボタル生息地を訪れる観光客も現われ始め,YouTubeに動画「辰野の蛍(養殖と天然)」も投稿された。しかし,外来種ホタルによる営利を優先する辰野町では,在来種ホタルの PR を行なっていない(辰野町への政策提言参照。

2. 辰野町・渡戸

辰野町においては,鴻ノ田以外にも,横川川沿いの川島(かわしま)・渡戸(わたど)地区(Fig. 7)にも,明滅周期の研究(井口豊, 2000)や DNA の研究(日和ら, 2007)から,鴻ノ田と同じタイプの中間型である在来ゲンジボタルが残存していることが判明している(Iguchi,2009)。


より大きな地図で 辰野町渡戸のゲンジボタル生息地を表示 (View larger map)
Fig. 7. Location map of Watado (blue area), where native Luciola cruciata survive. Click the part for the explanations.
渡戸の位置図(青色).その部分をクリックすると説明がある.

もちろん,これは調査時点の話であり,その後,ゲンジボタルを移入したり,他地域の移入ゲンジボタルが侵入してきた場合は,鴻ノ田でも渡戸でも,純粋な在来集団と言えなくなっている可能性がある。

このような外来ゲンジボタルの意図的または非意図的な侵入がないように対策を採ってほしい,最低限,生態変化の記録を町として残すようにしてほしい,というのが私の要望だが,「そういう対策はやりたくないし,やるつもりもない」というのが,辰野町役場の姿勢である。繰り返すが,辰野町役場は,そのような対策が出来ない,というのでなく,やりたくない,というのである。

在来種ホタル保護に関しては,保全生態学の立場から論じた村上(2011)の論文は大いに参考になる。しかし辰野町にとって,金のなる木ならぬ,金のなる虫であるホタルに関しては,保全生態などという言葉は,馬耳東風であるようだ。

3. 辰野町における各種ホタル分布と美濃帯の地層

松尾峡から横川川流域にかけては,美濃帯と呼ばれる地質帯区分になり,その地層は以前,「秩父古生層」と呼ばれる古生代の地層と思われていた。しかし近年になって,プレートテクトニクス的な研究が進み,これらの地層は,中生代の付加帯(付加コンプレックス)であると分かってきた(大塚,1989)。辰野町で,この地層の中の粘板岩を使って作られる有名な硯が龍渓硯(りゅうけいすずり)である。

横川川の下流~中流の渡戸付近まではゲンジボタルが多く,そこから上流の宿泊施設「かやぶきの館」まではヘイケボタルが相対的に多く生息する。さらに上流の支流「黒沢」の入り口から三級の滝にかけてはヒメボタルの生息地となっている。ここのヒメボタルは必見だが,周辺に人家は全く無く,クマも出るので要注意である。

このように多様なホタル類が見られる要因の一つには,前述の美濃帯の地層に石灰岩が多く含まれることも挙げられる。石灰岩の主成分である炭酸カルシウム CaCO3 は,これらのホタル幼虫の餌となる貝類(例えば,カワニナ Semisulcospira libertina)の殻の主成分でもあるからである。

この美濃帯の地層は,辰野町内では,東は天竜川沿い,ちょうど松尾峡まで分布する。松尾峡から天竜川上流方向,つまり,岡谷方向へと2kmほど向かった県道沿いにあるラーメン大学上平出店付近で天竜川を見ると,この地層が見られる。


より大きな地図で 天竜川沿い美濃帯の粘板岩を表示 (View larger map)
Fig. 8. Location map of the Mesozoic slate of the Mino belt observed in Tatsuno town along Tenryu River.
天竜川沿い美濃帯の粘板岩の位置図(赤色).その部分をクリックすると説明がある.
Mesozoic slate of the Mino belt along Tenryu River
Fig. 9. Mesozoic slate of the Mino belt observed in Tatsuno town along Tenryu River
辰野町と岡谷市境界付近,天竜川沿い美濃帯の中生代粘板岩

松尾峡の松尾峡のホタル養殖場の用水路の底を覗くと,どこから持ってきたかは不明だが,カワニ生育のため石灰岩が敷かれていることが分かる。

このように,ホタルの生態を地球の歴史の一部と考えて眺めると,非常に興味深いものがあり,それもまた「生物多様性保全」の根拠に一部となっている。最近では,生物多様性の基盤となる地形地質の多様性を理解するために,ジオ多様性(geo-diversity)と言う概念も生まれてきていることも知っておくべきである。

参考文献

日和佳政・水野剛志・草桶秀夫(2007) 人工移入によるゲンジボタルの地域個体群における遺伝的構造への影響.全国ホタル研究会誌 40: 25-27.

井口豊(2000) 長野県辰野町におけるゲンジボタルの発光パターン.昆虫と自然 35: 30-32.

井口豊(2003) 長野県辰野町松尾峡におけるゲンジボタル移入の歴史について.全国ホタル研究会誌 36: 13-14.

井口豊(2006) 長野県辰野町におけるゲンジボタルの明滅周期について.全国ホタル研究会誌 39: 37-39.

Iguchi, Y. (2009) The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Biodivers. Conserv., 18: 2119-2126.

井口豊(2012) 長野県辰野町の在来ゲンジボタルの発光パターン.全国ホタル研究会誌 45: 30-34.

Iguchi, Y. (2013) Male mandible trimorphism in the stag beetle Dorcus rectus (Coleoptera: Lucanidae). Eur. J. Entomol. 110: 159-163.

村上伸茲(2011)ホタル移植指針課題への取り組み — 市民活動団体への呼びかけのために—.全国ホタル研究会誌 44: 27-32.

大場信義(2001) ゲンジボタルの形態と発光パターンの地理的変異. 横須賀市博研報(自然) 48: 45-89.

大塚勉(1989) 美濃帯付加コンプレックスとその形成. 構造地質 34: 37-46.