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生物科学研究所 井口研究室
Laboratory of Biology, Okaya, Nagano, Japan

特異なゲンジボタル生息地,志賀高原・石の湯

国内最高地,国天然記念物指定の長野県在来種ゲンジボタル生息地
  上高地ホタルとの対比を巡って

  日本語解説はページ後半,温泉地・石の湯のゲンジボタル からです。


Genji firefly living in the Ishinoyu hot spring area, Japan: its unusual habitat

Yutaka Iguchi
Director
, Laboratory of Biology
Last Updated:

An overview of the characteristics of the Genji firefly in Ishinoyu

Ishinoyu (Fig. 1) is a hot spring area in the Shiga-kogen Plateau in Nagano Prefecture, Japan.

This area is also well known for the Genji firefly (Luciola cruciata) that lives at the highest altitude (about 1600 m).

Adults of this species there begin to emerge above an air temperature of 5 ゚C in May and continue to emerge until October (Fig. 2). This is probably because this habitat is under the influence of hot spring water. Therefore, the duration of adult emergence is far longer in this area than in any other habitats of this species. Surprisingly, adult fireflies emerge even when snow is falling.

For these reasons, Ishinoyu has been designated as a national natural monument since 2008.

Based on the DNA (Fig. 4, also see Hiyori et al., 2007) and flash pattern (Fig. 5, also see Iguchi, 2008) of L. cruciata in this area, I consider it to belong to the Fossa magna type.

Dr. Teruya Mitsuishi and members of Nagano Association for Fireflies Research have made great efforts to survey and protect wild L. cruciata there. The Association celebrated its 20th anniversary on March 19, 2013 in Nagano.

References

Hiyori Y., Mizuno T. and Kusaoke H. (2007) The influence of an intentionally introduced population on the genetic structure of a native population in the Genji-firefly Luciola cruciata. Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (an annual journal of the Japan Association for Fireflies Research) 40: 25-27. [in Japanese].

Iguchi Y. (2008) The interflash interval of the Genji-firefly Luciola cruciata in the central part of Japan.Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (an annual journal of the Japan Association for Fireflies Research) 41: 43-45. [in Japanese].


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Fig. 1. Location map of Ishinoyu, Shigakougen, Nagano Prefecture.
長野県 志賀高原 石の湯の位置.

Temperature and firefly abundance in Ishinoyu

Fig. 2. Seasonal variation in number of individuals of Luciola cruciata in Ishinoyu in 1986 (data from table 11 of Mitsuishi 1990)
1986年の石の湯ゲンジボタル個体数変化(三石,1990の表11のデータより)


温泉地・石の湯のゲンジボタル

井口豊 (生物科学研究所
最終更新:

1. 石の湯のゲンジボタルの特徴

石の湯(Fig. 1)は,長野県の志賀高原にある。 ここは,日本一高いゲンジボタル生息地(標高約1600m)であり,成虫の発生期間も日本一長い(5月から10月)という特徴がある。

Fig. 2は,三石(1990)の表11(p.52)を基に作成したグラフである。7月下旬から8月上旬に成虫発生数がピークになっている。ちょうど学校が夏休みに入る頃で,最近では見学に来る子供たちも多く見かける。

発生の開始時期の気温にも注目してほしい。ほぼ5℃くらいになると発生し始めている。 これは,東京の1月の平均気温と同じくらい。ここのゲンジボタルが,いかに低い気温(寒い時期)から発生を始めるかが分かると思う。 これは,生息地が温泉水の影響を受けているからと言われる。

このような理由から,石の湯は,2008年3月28日以来,特異なゲンジボタル生息地として,国の自然天然記念物に指定されている。このことをWikipediaの山ノ内町の項目に,志賀高原石の湯のゲンジボタル生息地(国指定文化財等データベース,文化庁)として追記したのは私である。

2013年の全国ホタル研究会・第46回北九州大会で私が発表したことだが,ここのゲンジボタル成虫の出現期間の最大の特徴は,10月に氷点下の気温になり,雪が舞うような気象条件下でも,ゲンジボタル成虫が出現することである(井口,2013)。国天然記念物どころか,ギネス級ではないか思う。

今年7月8日に放送されたTBSドラマ神の舌を持つ男,第1話「殺しは蛍が見ていた」は,県外で買ってきた外来種ホタルを地元のホタルと称し観光利用する町として,辰野町がモデルとなった。この番組でホタル生態については,私が監修した。これに関しては,以下のブログを参照。

その番組の始め付近で,ホタルが舞う季節なのに,雪が降るという場面があるが,石の湯では,まさにそのような光景が見られるのである。

なお,井口(2013)により,石の湯ゲンジボタルの成虫個体数の年間変動は,ガウス関数で近似できることが判明している。

石の湯が国自然天然記念物に指定されるまでには,相当の紆余曲折があったらしい。長野県教育委員会が,2005年以前にも,文化庁に国天然記念物指定を打診したが,「他と区別できる決定的な理由付けが必要」との理由から,指定されることは無かったようだ(信州・フレッシュ目安箱,長野県のゲンジボタルについて)。三石先生を中心とした長野西高校生物班の活動や長野ホタルの会の保護と調査があったからこそ,石の湯が国自然天然記念物に指定されたとも言える。ここのホタルの生態を考えると,彼らの活動は,まさに蛍雪の功という言葉がふさわしい。

2010年には,ここ志賀高原で,全国ホタル研究会・第43回全国大会が開催され,全国の多くの人々に,石の湯ゲンジボタルを実際に観察してもらった。

また,2012年のゲンジボタル鑑賞会には,阿部守一・長野県知事を招いた。下の写真(Fig. 3)は,そのとき,石の湯ロッジで行われた懇親会の様子である。写真の一番奥,中央の白い服の人物が阿部知事,向かって右側が三石先生である。

阿部守一・長野県知事が石の湯ホタル見学

Fig. 3. 2012年のゲンジボタル鑑賞会

ホタル祭でもあれば,ホタルを見に来る政治家は多いが,ホタル生息地というだけで見学に来る政治家は少ない気がする。しかしながら,ここ石の湯は,人寄せパンダならぬ,人寄せホタルの生息地になって欲しくない,というのが個人的希望である。

2. 志賀高原と上高地のゲンジボタル

志賀高原のゲンジボタルと上高地のゲンジボタルは,ともに高地の温泉地に生息する。このうち,上高地のゲンジボタルに関しては,2014年になって環境省が外来種として駆除を検討し始めた(信濃毎日新聞 2014年04月09日朝日新聞 2014年4月10日)。

一方,志賀高原のゲンジボタルも,明治時代以前に人為的に移入されたのではないか,という指摘が,インターネット上に現れている。

この問題の発端は,TBSの番組,噂の東京マガジンで
上高地 夏の風物詩 ホタルを駆除?
を報道したことによるらしい。

しかしながら,福井工大研究グループや私が,長野県内のゲンジボタルの遺伝的多様性を網羅的に調べると,Fig. 4 に示すように,大きく分けて3つのタイプのDNAが存在することが分かってきた(日和ら,2007,2010)。その上で,志賀高原ゲンジボタルは県内種(遺伝的在来種)であり,上高地ゲンジボタルは,本来,長野県に生息しない県外種(遺伝的外来種)であることが判明した。

長野県内のゲンジボタルDNAの3タイプ分布

Fig. 4. 長野県および北陸・関西におけるゲンジボタルDNAタイプ.長野県内には,3タイプ存在し,そのうち上高地と辰野町松尾峡は移入された北陸・関西タイプである(日和ら,2007,2010).

さらに,吉川ら(2001)の詳細なDNA研究により,志賀高原ゲンジボタルDNAのハプロタイプ(haplotype)は,志賀高原の周辺地域である長野市 松代,芋井,下水内郡 栄村と共通であることが分かった。志賀高原ゲンジボタルは,文字通り,長野県在来種と言えるのである。

さらに,私の研究により,志賀高原ゲンジボタルの明滅周期と気温の関係は,長野市の飯縄高原ゲンジボタルのそれと類似することも分かっている(Fig. 5)。

志賀高原と他地域ゲンジボタルの発光周期と気温の関係

Fig. 5.志賀高原と他地域ゲンジボタルの発光周期と気温の関係.志賀高原ゲンジボタル発光パターンは,飯綱高原のそれと似ている(井口,2008).

DNAと気温ー明滅周期関係を総合的に考えると,志賀高原ゲンジボタルはフォッサマグナ型(Fossa magna type(井口豊,2014a)に属すると言える。

このゲンジボタルは,これまで長らく,発光周期が4秒型(東日本型)であると考えられてきた(三石,1990)。しかしながら,これには気温の影響が考慮されていなかった。発光周期の回帰分析やDNA分析によって,このゲンジボタルが長野県在来の中間型(フォッサマグナ型)であることが判明したのである。

ただし,石の湯ゲンジボタルの詳しい明滅パターンの研究によれば,約 3.3 秒の主要明滅周期の間に,弱い明滅が認められ,これが今後の研究課題である(井口,2014)。

以前,石の湯には,「ここのゲンジボタルは4秒型」と説明する掲示板があった。しかし,それも撤去されたとの報告が,三石暉弥・長野ホタルの会会長によって,第47回全国ホタル研究会(2014年,福井県勝山市)においてなされた。

志賀高原と上高地のゲンジボタルについては,
上高地,志賀高原,辰野町のゲンジボタル:その駆除を巡って
も参照して欲しい。

なお,井口(2011)によれば,松尾峡と石の湯では,ゲンジボタル成虫の奇形(羽化不全)が発生する比率に,有意な差は認められない。

3. 三石暉弥先生

石の湯ゲンジボタルの研究および保護に尽力されている長野ホタルの会名誉会長三石暉弥先生Fig. 4)は,私の高校時代の恩師でもある。私の長野県内各地(石の湯や辰野町など)のホタル研究に際しては,三石先生に陰に陽にお世話になり,助言頂いている。

長野ホタルの会は,2013年に創立20周年を迎え,その記念誌も刊行した。それに関しては,以下の私のブログ記事も参照してほしい。

長野ホタルの会が創立20周年: 三石暉弥先生と生物多様性保全

なお,前述の三石先生の著書「ゲンジボタル」は,学術検索エンジン Google Scholar にも現れる。例えば,"三石暉弥" "ゲンジボタル" の二つのキーワードを使って,Google Scholar で検索すると,次のような結果がヒットする。

[引用] ゲンジボタル
三石暉弥 - 信濃毎日新聞社, 1990
引用元 6 関連記事 引用 保存

この引用元 6 と書かれた部分をクリックすると,主として,私の研究論文やウェブ解説であることが分かる。

もちろん,この著書「ゲンジボタル」は,Genji firefly あるいは Genji botaru として英語論文にも数多く引用されている。例えば,Iguchi (2007, 2009, 2010),Suzuki et al. (2002), Hayashi et al. (2003), Yuma (2007) が,それらである。

このうち,私の論文 Iguchi (2007, 2009, 2010) は,辰野町における外来種ゲンジボタル養殖の悪影響(井口,2014b,2014c も参照)やゲンジボタルの地理的変異の進化を扱ったものであり,この「ゲンジボタル」が大いに参考になった。なお,辰野町における悪質な外来種ホタル養殖問題は,Yahoo!知恵袋における私の解説「長野県辰野のホタル再考: 観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの」も参照して欲しい。

Dr. Teruya Mitsuishi (Fig. 6), Honorary president of Nagano Association for Fireflies Research, has shown great leadership to survey and protect wild fireflies in Nagano Prefecture.

井口豊と三石暉弥, Y. Iguchi and T. Mitsuishi

Fig. 6. 三石暉弥先生(右)と筆者,井口豊(左)

Dr. Teruya Mitsuishi (right), Honorary president of Nagano Association for Fireflies Research and the author, Yutaka Iguchi (left), Director of Laboratory of Biology.

参考文献

Hayashi, F. and Suzuki, H. (2003) Fireflies with or without prespermatophores: Evolutionary origins and life‐history consequences. Entomological Science 6: 3-10.

日和佳政・水野剛志・草桶秀夫(2007)人工移入によるゲンジボタルの地域個体群の遺伝的構造への影響.全国ホタル研究会誌 40: 25-27.

日和佳政・大畑優紀子・草桶秀夫・井口豊・三石 暉弥(2010)遺伝子解析による移植されたゲンジボタルの移植元判別法.全国ホタル研究会誌 43: 27-32.

井口豊(2001)山梨県北部におけるゲンジボタルの発光パターンと地理的分化の過程.全国ホタル研究会誌 34: 10-12.

Iguchi Y. (2002) The influence of temperature on flash interval in the Genji-firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Ent Rev Japan 57: 119-122.

井口豊(2008)中部地方におけるゲンジボタルの明滅周期について.全国ホタル研究会誌 41: 43-45.

Iguchi Y. (2009) The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Biodiversity and Conservation 18: 2119-2126.

Iguchi Y. (2010) Temperature-dependent geographic variation in the flashes of the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). J Nat Hist 44: 861-867.

井口豊(2011) ゲンジボタルの羽化不全について.全国ホタル研究会誌 44: 1-3.

井口豊(2013) 志賀高原・石の湯におけるゲンジボタル成虫の出現パターン.全国ホタル研究会誌 46: 26-28.

井口豊(2014) 志賀高原・石の湯におけるゲンジボタルの発光パターン.全国ホタル研究会誌 47: 11-12.

井口豊 (2014a) ゲンジボタルの地理的変異と地質学的事件の関連Laboratory of Biology web page(生物科学研究所ウェブページ) 参照 2014-02-25.

井口豊 (2014b) 辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へLaboratory of Biology web page(生物科学研究所ウェブページ) 参照 2014-06-12.

井口豊 (2014c) 辰野の在来ホタルLaboratory of Biology web page(生物科学研究所ウェブページ) 参照 2014-02-19.

三石暉弥 (1990) ゲンジボタル.信濃毎日新聞社.

Suzuki H., Sato Y. and Ohba N. (2002) Gene diversity and geographic differentiation in mitochondrial DNA of the Genji firefly, Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Molecular Phylogenetics and Evolution 22: 193-205.

吉川貴浩・井出幸介・窪田康男・中村好宏・武部寛・草桶秀夫(2001)ミトコンドリアND5遺伝子の塩基配列から推定されたゲンジボタルの種内変異と分子系統.昆蟲ニューシリーズ 4(4): 117-127.

Yuma M. (2007) Effect of rainfall on the long-term population dynamics of the aquatic firefly Luciola cruciata. Entomological Science 10: 237-244.

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