KATAOKA片岡直樹設備設計一級建築士事務所

〒112−0011

東京都文京区千石2−21−11−401

設備設計一級建築士

一級建築士

管理建築士

読売理工医療福祉専門学校
非常勤講師

2008グッドデザイン賞をデザイナーズマンション プラザレジデンス8の設計監理にて受賞致しました。

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大変遅ればせながら復興支援ボランティアに参加させて頂きました。
大変遅ればせながら復興支援ボランティアに参加させて頂きました。

東日本大震災から2年半以上が経過しています。

いまごろ?
おそっ と言われてしまいますが ,・・・

仙台に一時期生活していたことがあったので、東日本大震災は他人事でない震災です。


設計の納期に追われ忙しく、色々な行事が後回しになり、ボランティアに参加したいと思いながら2年半もすぎてしました。 なんとか2つのマンションの設計が終わり着工しました。

一息つけ、この機会にボランティアに参加をして、微力ながらガレキ撤去など何かお役に立てないかと思いボランティア募集を探しました。
2年たった今ではボランティアのニーズが変わり募集がほとんどありません。
あちこちのボランティアサイトを見ましたが閉鎖されています。
以前ボランティアに参加したことのある人のツテで、一緒に行けないかと思い、知人に問い合わせましたが、その人のツテでも無いとのことでした。
自分でサイトを探して宮城県山元町 おてら災害ボランティアセンターのサイト

東日本大震災 災害ボランティアセンター テラセン

 

テラセン:宮城県亘理郡山元町おてら災害ボランティアセンター


を見つけて問い合わせのメールをさせて頂きました。
ご担当の方より少ないながらもニーズはある。

メールのやり取りで、ガレキ撤去でなく津波で枯れた木の運搬作業などとのことで,

当日にならないと作業はわからないということでしたが、参加希望のメールを送らせて頂きました。

2013年9月28日(土)に、とりあえず一日参加させてもらうことにしました。
その日記です。

 

準備編 ボランテア保険に加入の巻

ボランティア参加の第一障壁になります。

 

事前に準備するものとして

1.事前にボランテァ保険は自分で加入してくる

2.作業着・軍手を用意

とのことでした。

 

自分は当日 高速道路(土日なのでETC半額でした)を使って車で参加させてもらう希望を出しました。

 

ネットで調べても、どこにも自動車保険のようにネットで加入などという便利なものはありませんでした。

東京都北区在住なので、

北とぴあ・NPOボランティアプラザという区民センターにボランテァ保険の申請書を受領しに出向き、

振込用紙を使って銀行窓口で保険料を支払い

区民センターで振込用紙と合わせて申請するという手続きが必要でした。

 

震災復興ボランティア日記 北とぴあ ボランティア保険加入手続き

 

連休明け21:00まで区民センターが営業しているとホームページにあったので

 

19:00ころ行きましたが・・・・・・・

 

北とぴあ・NPOボランティアプラザ

暗い(-_-メ)

 

やられた。(-_-メ)

 

がっくり来ます。(-_-;)

 

いろいろな団体のパンフレットやら申込書が陳列してあったので、せめて申込書だけでもと思い暗闇の中探し廻りましたがありませんでした。

警備員に見られたらほとんど泥棒状態です。(^^ゞ

 

次の日また出向きました。

 

北とぴあ 昼 申請のため再訪問

 

今日はやってます。

 

北とぴあ・NPOボランティアプラザ やってました 

 

今日こそは開館していました。

 

ボランティア保険加入申込書

 

やっとの思いで、複写式の ボランティア保険加入申請書 を目にすることができました。

 

ちなみに、一度手続きすると一年間有効だそうです。

 

みずほ銀行と北とぴあ

 

北とぴあ・NPOボランティアプラザをでたところにある みずほ銀行 で振込み。

また、北とぴあに戻り手続きします。

 

平日、仕事をしている社会人・サラリーマンには、仕事を抜け出して申請手続きするのは厳しいことです。

 

このボランティア参加の意思を挫く障壁は、ネット手続きができるようになれば取り除ける様に思いますが、窓口の担当の人にも尋ねましたが、全国どこにもネットでできるボランティア保険加入手続きはないとのことでした。

 

準備 編 用意したもの の巻

安全長靴

普通の安全靴でもいいかもしれませんが、自分はこれでよかったと思います。雨対策として長靴にしたのですが、晴れでも林の中を歩くのには突き上がる木の枝がスネに刺さるのを防いでくれました。けが防止にとても役立ちました。

 

安全長靴 セーフティーブーツ

 

踏みぬき防止中敷き

ガレキの中を歩くことを考えて踏み抜き防止安全長靴を買おうと思いました。

 

自分の現地での作業には特に必要性は感じませんでしたが、これもいると思います。あるに越したことはないいいものでした。林に踏み入る時の安心感が違います。

 

踏抜防止カップインソール

 

ゴム付き手袋

これはちょっと失敗しました。

手袋自体はとてもいいものですが、自分は腕が長いので、腕をもっとカバーできる長手手袋にすれば良かったです。

 

丸太を抱えて持ったりするとき、腕にささくれた木の皮がすれて傷だらけになりました。

 

プレスグリップ ゴム手袋

 

レインコート

当日はとてもよく晴れて使用しませんでした。

 

ボランティア持ち物 レインコート 雨具

 

作業着(上着)

作業着は安いやつですが持ってました。

 

ボランティア 持ち物 作業着 上着

 

作業着(ズボン)

コスト重視なので上下色が合っていません。(^^ゞ

 

ボランティア 持ち物 作業着 ズボン

 

作業着(半袖)

ボランティア 持ち物 作業着(上)半袖

 

リュック

作業現地に持っていくのを忘れました。

 

作業現場に持って行く飲み物を入れるのに絶対必要です。

 

当日、一緒にボランティアに来ていた方に、飲み物を分けてもらうという大失態・ご迷惑をかけてしまいました。(-_-;)

 

出発 編

2:00頃浦和料金所から高速道路に乗り白石へ

 

途中眠くなったらパーキングで何回も寝ました。

 

浦和料金所 下り

 

8:00頃白石料金所到着

 

実質走っていたのは4時間くらいでしょうか。

 

パーキングで寝過ぎました。(-_-;)

 

9:00の集合時間に間に合うか心配になってきます。

 

白石料金所 下り  2013/9/28

 

2年半がすぎた今となっては震災の影響は車窓からは感じられません。

 

白石市風景2013/9/28

 

高速道路を下りてからの風景はいたってのどかな普通の景色に見えます。

 

現地到着 編 テラセン到着 周りの風景 2013/9/28

 

何とか8:45到着

 

トラックがひっきりなしに通ります。 
ご住職に後で聞いたのですが、平日はもっとトラックが多いとのこと。他県ナンバー沖縄・三重ナンバーが列を成して通っていきます。

すごく違和感のある光景です。
国土交通省の旗をつけたダンプが、みな走っていきます。

護岸堤防工事の車両のようでした。10分ほどで40台近く行き来しています。

 

 

 

テラセンの前を行き交うダンプ 2013/9/28

 

テラセンの前を行き交うダンプ 2013/9/28

 

なにもありません。防風林がないので、異様に見通しが利きすぎています。

 

テラセン 周りの風景2013/9/28

 

写真左手が海側です。草が生えていますが、まわりには何もありません。

 

テラセン 周りの風景 2013/9/28 

 

写真正面奥が海側です。

ここは、自分の20年前の記憶では、

 

あたりは家や防風林があったはずです。

 

写真を撮り忘れましたが、あるはずの常磐線がなくなっていました。

 

山元町復興計画では、常磐線のルートが内陸側に移転する計画となり、海岸から500m程にある善門寺は常磐線の線路から海側にあるため移転対象区域となっているようでした。

 

後から調べてわかったことですが、

 

第1種災害区域:建築禁止

第2種災害区域:基礎の上端の高さ1.5メートル以上とした住宅は建築可

第3種災害区域:基礎の上端の高さ0.5メートル以上とした住宅は建築可

と条例が施行されているようです。

 

宮城県山元町災害区域図

宮城県山元町災害区域図

 

これは【災害危険区域】の指定

建築基準法 第39条です。

 地方公共団体は、条例で、津波、高潮、出水等による危険の著しい区域を災害危険区域として指定することができる。

 

2  災害危険区域内における住居の用に供する建築物の建築の禁止その他建築物の建築に関する制限で災害防止上必要なものは、前項の条例で定める。

 

により指定されたものです。

誠に残念ながら、一度指定されますと、そう簡単に変更できるものではありません。

 

現地でお話を伺っているとき、予備知識がないため、なんとなく話が見えてきませんでしたが、これを知ると、

ご住職や住民の方、が苦悩されている原因の一つがここにあるということがわかりました。仕方のないことのように思えますが、住まわれている方としては、人生を変えてしまうとても重い指定です。

 

ご住職やセンター長は、災害危険区域に指定され、社会福祉協議会の正式なボランティアや自治体の援助が受けられない区域で、残された人々のために奔走しているのだということがわかりました。

 

午前中作業 津波で枯れた屋敷林(居久根イグネ)の運搬 編 午後の作業 枯れた居久根(イグネ)の伐採 2013/9/28

 

一般人の私の目には枯れた木とそうでない木との違いは一見してわかりませんでした。 
なぜ、枯れたままの木をわざわざ倒さなければならないのかも、見ただけではわからなかったのです。 

 

ご住職の説明で、立ったまま枯れた木は倒れる危険があり、倒れた木が万が一道路を通る子供に当たったりしたら大変だからということを教わりました。 

 

枯れた居久根の伐採


亘理町ではこうした津波で枯れた木を倒す費用を自治体が出してくれるそうですが、山元町では、それがまだ予算としてついていないのだそうです。 
『そうなってからでは遅いので』と御住職はおっしゃっていました。 

 

センター長が枯れた木に脚立で登り、ベルトを掛けて、ご住職がウィンチで木を引っ張るのですが、目的の木は道路から離れていて安全な方向に倒すために、別の木にベルトと滑車を掛けて方向を調整していました。 

 

居久根(イグネ)の伐採 林の中からトラックに運搬します。

 

林業経験者の様な工具と手さばきで、チェンソーを使いこなし、木の根元に切込みを入れながらウィンチで引き倒していました。 


センター長とご住職が切り倒された木をチェンソーで玉切り(人が持てる程度の大きさにカット)して切られた木を私ともう一人のボランティアの方と2人でトラックに運ぶ作業をした。 
もう一人の人は新潟から来られて何回か山元町テラセンに参加された方でした。 
よく見ると枯れた木にはロープが回され目印がついていました。 

 

居久根(イグネ) 枯れた木と生きてる木

 

トラック一杯に積まれた居久根(イグネ)

午前中でトラック一杯に木を運びました。樹種によって同じ大きさでも重さがまったく違います。

 

 

まだまだ、たくさんん残っていますが、ここで午前の作業を終わりました。

 

午前中の作業 イグネの伐採 玉切り

 

遠くに白波がたっていて海岸線があるのがわかります。

堤防工事で何十台ものパワーショベルなどの重機があります。

 

地元の方の話を伺う 編

途中休憩で、新潟から来られたボランティアの方が、災害後建てられた小さな集会所にいた地元の方に話をされてました。 海岸線から1キロ近く離れたこの一体までは津波が背丈程度まで来たそうです。

 

家屋は一階が水没している。直して住んでいる人はいるが、リフォームに一千万円かかると聞いてあきらめる人もいるそうでした。 二年半たった今、遠くからの見た目はきれいな家ですが、よく見ると1階部分はガラスが割れていたり、外壁のサイディングが割れて中の断熱材と木下地が露出していたり、ブルーシートで一部が覆われていたり、色違いのサイディングで補修されていたり 家が残っていても住んでいる家、住んでいない家があります。

 

作業現場に来る途中、田んぼの中に何人かの人が列を成してクワを入れていたのを見たので、田畑のガレキ撤去のボランティアをしている団体があるのですかと尋ねました。 地元の人は、それがボランティアではなく、就業支援で自治体がお金を出して人を集めてやっているということでした。

 

その方の畑は、ガレキ撤去はテラセンに依頼しないで自力で作付けをしていました。小さな耕運機であれば大きな石に当たると耕運機が跳ね上がるのでわかるそうです。 早く植えたかったので、テラセンを待てなかったとのことです。

 

戻ろうとする気持ちが勝(まさ)るのでしょうか。

 

ご住職から伺ったお話し編

昼はコンビニで買っておいたおにぎりを、センター長・御住職・もう一人のボランティアの方・仙台在住のボランティアの方の話を聞きながらセンターに戻って食べました。

 

ご住職も長い復興作業に、終わりが見えないこと。


ボランティアが引き揚げた平日は疲れて何も手につかないことがおありになるとのこと。


いつまでも被災地と呼ばれることに抵抗があること。

 

ここは津波が襲った地域で、またいつあの惨劇が起こるかと思うと、自分の大事な寺なのに、ここに泊って行けとはいえないつらい思いがあること。

 

テラセンのある普門寺は海岸線に近く、復興支援を自治体等から受けられるエリアから外されてしまっていて行政の支援が受けられないこと。

 

お寺のお墓が流され、流された墓石を探して、ご住職自ら石を積みなおしたようです。

ご住職は、お金が無いからなんでも自分でやらなければならなかった。 パワーショベルもなにも重機も道具もいろいろな人々の支援で貸してくれる人が現われ、教えてくれる人がいたり。

 

『プロでなくても同じ人間なんだから努力すればできる』とおっしゃっていた。

 

年寄りだけが残り、檀家もこの土地から離れ、墓だけが残っていく現状、その墓をご住職が守ろうと孤軍奮闘する姿がセンター長をはじめ協力者がおおぜい現れたのだと思いました。

 

今作り直している堤防一本では防ぎきれないと思っていること。

 

ご住職の、またこの津波はいずれ来るという意識がとても強いことが印象深かったです 。

 

午後作業 藤棚吊替え 編 藤棚の支柱のつり替え 作業中

 

午後は、イグネを伐採した木で、地域のお宅の藤棚の支柱を交換するお手伝いをさせて頂きました。


藤棚の支柱が津波で流されて仮の単管パイプで支えをしてあります。

単管パイプの支柱でいいのではないかという考え、仮設住宅が用意されたから復興支援はとりあえず済んだという認識が被災していない自分にはありました。


しかし、ご住職がおっしゃっていました。


元の普通の生活に戻るまで支援は続ける。


単管パイプの藤棚の支柱では津波被害から抜け出せていないのです。
仮設住宅では、普段の生活からほど遠いものです。
いま、行っている支援はそういったご住職がおっしゃっていた普段の生活に戻るための支援だと身をもって認識できました。
味気ない単管パイプの支柱から丸柱の節の向きを好みに合わせながら調整し、風情のあるものへと変わっていきます。

 

 

藤棚支柱吊替え完了

 

お宅の方にリンゴやジュースをふるまって頂き、お話を聞く機会がありました。

以前の藤棚のある造園の写真を見せて頂き、池のある広い見事な庭園があったことがわかります。

 

普門寺 ご住職 坂野文俊さん

ご住職が重機や工具を操り

あるときは困っているお宅の木を運び

あるときは津波で流された壁をたて

あるときは電気配線を行い

あるときは防風林の枯れた木を切るためチェーンソーを持つ

 

その姿は、

千本の手を持ち、

どのような衆生をも漏らさず救済しようとする

千手観音のように

後光が射して見えました。 

◎教義実践、出会い大切に
 「我逢人(がほうじん=我、人に会う)」。宮城県山元町山寺の普門寺住職の坂野文俊さん(50)は、人との出会いから全てが始まることを表す曹洞宗の教えを、被災した寺で実践しようとしている。
 弾むような音色が、本堂に集まった約30人の聴衆を魅了した。12日夜に開かれた宮城学院女子大OGによるピアノコンサート。ピアノは富山県南砺市の楽器店から寄贈を受けた。
 寺にピアノ。ちょっとミスマッチだが、坂野さんは「ピアノがあることでコンサートが開けるし、子どもたちが弾きにも来てくれる。みんなが集まるきっかけになればいい」と言う。
 葬式や法事だけでなく、いつでもみんなが集う寺にしたい。25歳で住職に就いて以来、常にそう願ってきた。8年前には本堂の脇に60畳の大広間を設け、檀家(だんか)らに開放。いずれ文化講座やカラオケ教室などを開講しようと考えていた。「幸せに暮らす様子に、ご先祖さまが安心してくれる」。そんな思いがあった。 夢へ歩んでいたさなか、津波が襲った。寺院は1階天井まで冠水。建物は残ったが、本堂は泥水でぐちゃぐちゃになった。周囲の民家はほとんど損壊し、約260戸の檀家のうち60人ほどが亡くなった。
 檀家の役員会で、いったんは寺院の解体が決まったが、納得がいかなかった。震災から2カ月近く、たった一人で寺の修繕に汗を流した。「再興したい」。その一念が、大きな出会いを導いた。
 昨年5月上旬、男性がふらりと訪れた。「寺の再生を手伝わせてほしい」。全国各地で災害ボランティアに取り組む藤本和敏さん(43)=名取市=だった。突然の申し出に戸惑いながらも2人で黙々と復旧作業を続け、やがて藤本さんの紹介で、全国からボランティアが集まるようになった。
 藤本さんは昨年7月、境内に「おてら災害ボランティアセンター『テラセン』」を設立。さらに多くの学生らが集い、作業が遅れていた同町沿岸部のがれき撤去などに取り組んだ。坂野さんも寺をボランティアの休息や宿泊所として開放。今夏は庭に手作りの露天風呂も設けた。
 檀家も真剣に活動する学生らの姿に理解を示すようになり、一緒に作業を始めた。「若者と一緒に動くことで、被災した檀家が元気を取り戻している」と坂野さん。いつの間にか、寺の解体計画も消え去った。
 ことし8月、坂野さんは栃木県足利市のNPO法人の支援で境内に小さな図書館を設立。10平方メートル足らずのプレハブに小説や絵本、漫画など約3500冊が並ぶ。「墓参りに来た子どもたちに楽しんでもらいたくて」と坂野さん。休日になると、子どもたちが本堂に寝転がって読書にふける。
 今月7〜9日にも約90人の学生ボランティアが宿泊するなど、寺には常に多くの人が訪れる。「寺の本来担うべき役割があらためて分かった気がする」。一層の出会いを求めて、坂野さんは寺を守り続ける。

 

ほんとうに頭が下がる思いです。

 

徳を積まれたなんて立派な方なんだろうと思い感動しました。


河北新報で紹介されたご住職のページ←CLICK

 

私のヘタな文章より的確に書かれた記者の方の文面ですので、是非リンクをご覧頂ければと存じます。

観音様 お寺に砂で盛られた塚があり頂部に観音様が祭られています。
	この塚は収拾できず判別の付かない遺骨が入った土を盛っているそうです。

お寺に砂で盛られた塚があり頂部に観音様が祭られています。


この塚は収拾できず判別の付かない遺骨が入った土を盛っているそうです。


この観音様は被災後一度盗難にあっているそうで2体目とのとこでした。山元町では道路側溝のグレーチング蓋が149枚も盗まれる被害もありニュースになったそうです。

帰宅編

18:00頃テラセンのみなさんにお礼とお別れをして、

帰りに高速道路白石料金所そばのスーパー銭湯 ゆっぽ・白石やすらぎの湯
に入り汗を流しました。

 

スーパー銭湯 ゆっぽ・白石やすらぎの湯

スーパー銭湯 ゆっぽ・白石やすらぎの湯

 

土曜日のせいなのかけっこう混んでます。

 

スーパー銭湯 ゆっぽ・白石やすらぎの湯 土曜日混んでます。


吉野家の牛丼が食べたくなり、4号線を南下しながら探していたら、高速道路 福島西 料金所まで来てしまいました。

 

 

佐野ラーメン

佐野パーキングエリアで佐野ラーメンを食べて帰りました。

実は行きも食べていましたが写真撮り忘れました。

味は同じですが、何かが違う気がします。

 

佐野ラーメン 佐野パーキングエリア


浦和料金所

途中何度も睡眠休憩を取り、浦和料金所で高速道路を下りました。もう、24時回っていました。

浦和インター 上り 料金所

 

 

ご住職は「来て話を聞いていくだけでもいい。話し出したら止まらない思いがある。一年後でもどうなったか見に来るだけでもいいからまたいらっしゃい」とおっしゃって頂きました。

機会を見つけてまた参加できればと思います。

 

たった一日行っただけですが
行かなければわからないことをたくさん勉強させて頂きました。


ボランティア参加を受け入れて頂いたテラセンセンター長 藤本様 ご住職様には深くお礼申し上げます。